45.またしても久我奏!
嵯峨野重利の客室前に着いた桜子は、カードキーを挿し込み、鍵を開けた。
そのまま扉を押し開こうとしたところで、斜め後ろから伸びて来た手が、桜子の手に重なる。
やましいことを今まさにしようとしていた瞬間に、死角から手が出て来たのだ――心臓が止まるかと思った。
重ねられた手の甲から、相手の二の腕、肩、顔と滑るように視線を上げていく。
――ああ、もう、またしても久我奏か!
それにしても、とんでもない至近距離だ。
今視線の高さが同じなのは、相手もドアノブに手をかけていて、自然と前かがみになっているせいだろう。こちらが高いヒールで底上げしているとはいえ、相手のほうが背はずっと高いのだから。
奏が瞳を細め、囁くように問う。
「ここで何をしている」
何を、って……そんなの正直に答えられるわけがない。
顔を顰め、浅く呼吸を繰り返す桜子を、冷静に見つめる奏。情けをかけて解放する気はないらしい。
「……おい、日本語喋れないのかお前」
「喋れるわよ、失礼ね」
動揺を隠すため、奏を睨みつけてやる。本当に忌々しく感じているから、目力はかなり強くなっていると思う。
するとなぜかこちらを見つめる奏の口元に笑みが浮かんだ。
理解不能……なんなの? 訳が分からないわ。
この男は女子に軽蔑されるのが好きなのかしら? もしかして変態?
「何を考えてる。どうせ失礼なことだろう」
野生の勘なのか、こちらの心中を言い当ててきたので、この時ばかりは桜子も素直さを発揮して、心のままに告げてみた。
「あなたって変態? って考えてた」
「……一応確認するが、変態の意味は正しく理解しているよな?」
「ええ。変態って性的倒錯者のことでしょう?」
どういう訳か奏は盛大にダメージを受けたらしい。
そっと身を起こし、頭痛をこらえるように額を手で覆っている。
「大丈夫?」
「変態とか言うなよ……ひどくないか? 俺、何もしていないぞ」
「ごめんね。根が正直で」
「この女」チ、と舌打ちする久我奏。「それで……お前が元町悠生の取った部屋に入ろうとしているのはなぜだ」
……ん? 思わず眉根を寄せる。
「ここは元町悠生の部屋じゃないでしょう? 嵯峨野重利の名前で予約してある」
「キーは元町悠生が受け取っているだろ? つまりこの部屋は元町悠生が使うってことだよ」
「え?」
「面倒事を押しつけてくるボスの金で、ホテルに女と泊まる――悪知恵の働く小悪党がいかにもやりそうなことだ」
なるほど……! その発想は桜子にはなかった。
確かに言われてみると、そのとおりかも。
元町悠生と嵯峨野重利は誠意で繋がっているわけではない。互いに利用し合うという関係だから、仲違いせずにやっていられるのかもしれない。
「さっすがぁ、女たらし同士だから、考えも分かるんだね」
素直に褒めたら、嫌な顔をされた。
「あんな三下と一緒にすんな、俺はそんなケチな真似はしねえ。――で? 元町悠生でも、嵯峨野重利でもいいが、お前はなんでここにいるんだよ」
ああ、そこに話が戻るの? 面倒だな……うんざりしかけたところで、奏を追い払う言い訳を思いついた。
「あのね、男性の部屋に女性が入ろうとしているのだから、理由は決まっているでしょう? 私がキーを持っている時点で、察してくれない? これ以上邪魔しないでよ」
奏が鼻で笑う。
「おい、冗談は休み休み言えよ。時間の無駄だ、とっとと吐け」
え……何この人……すごく嫌な感じ。




