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44.信用できない密偵


「キーを盗るって、そんなこともできるの?」


「ここだけの秘密ね」住吉忍は軽くウィンクしてみせる。「元町悠生って、大事なものはジャケットの右ポケットに入れる癖があるんだよね。胸の内ポケットに入れられるより、ずっとすりやすいよ」


 ということは、気づかれないようスリ取る気なのか。


「呆れた。あなたがどこかの国のスパイだったとしても私は驚かないわ」


「そうだね、将来そっちの道に進むのもいいかも。卒業後はCIAに願書でも出してみようかな」


 住吉忍は軽口を叩きながら、桜子が渡したボールペンを胸ポケットに挿した。ペンには小型カメラが内蔵してあるので、彼女がこちらを向くとモニターのひとつに桜子の顔が映る。これで忍の視界とほぼ同じ光景がモニターで確認できる。


 忍はイヤホンも装着し、最終確認として監視モニターにざっと視線を走らせた。


「ターゲットはどこかしら?」


「ねえ」桜子はモニターのひとつを指差して、眉をしかめる。「ちょっと気になるんだけど、ほら、ここ……元町悠生が女の子と話し込んでる。さっきからずっと同じ子とね。しかもなんだか険悪な空気じゃない?」


「確かに女の子のほうが一方的に詰め寄ってる感じ? 別れ話がこじれたかな」


「相手の子、誰か知ってる?」


「いいえ。中等部の生徒みたいね。……何か問題があるの?」


 モニターから視線を外し、こちらを見つめる住吉忍の瞳は訝しげだ。


 彼女の言いたいことは分かる。元町悠生は女癖が悪く、異性関係のトラブルが絶えない。この程度のことなら気にする必要もないのでは? そう考えているのだろう。


 けれど違うのだ。桜子は腕組みをしながら不機嫌に呟きを漏らした。


「……彼女の情報を、私が掴んでいないことが問題なの」


「どういうこと?」


「私はいくつか情報源を分けているんだけど、元町悠生の調査を任せている人間が、ちょっと信用できないのよね。おそらく情報を全部私に上げてないんだわ」


「信用できない人間をどうして使っているの?」


「信用できないからよ」


 訳の分からないことを言って申し訳ないのだが、そうとしか答えようがない。


 住吉忍には計画の大分部を話してあるが、意図的に伝えてないこともあった。


 信用している、していないという問題ではなく、これ以上はさすがに話せないということもあるのだ。


「計画の成否を左右するような重大事はちゃんと話してほしい」


「今は時間がないから――この件は保留にして」


 とりあえず今は目先の問題を片づける必要がある。


 桜子はスマートフォンを取り出して藤森七美にかけ、すぐに用件を伝えた。


「南の壁側を見て――花が飾ってある台の陰――ええ、そう、元町悠生がいるでしょう? 一緒にいる女の子は誰?」


『あれは山ノ内小百合よ。同じ学年の子なんだけど、ちょっと前に鼻を整形したって噂がある』


 さすが藤森七美だ。ついでのゴシップをつけ加えるのも忘れない。


 山ノ内――か。その名前になんとなく聞き覚えがあった。大物ではないけれど、確か……小売業を手広く営んでいる、最近上り調子の会社を経営している一族じゃないかしら?


 気になるわね……。桜子は山ノ内小百合の存在を心に留めた。


 そして元町悠生をスパイさせているあいつにはお仕置きが必要だろう。


 こそこそ隠れて何か画策しているのは気に入らない。


 桜子は電話の向こうにいる藤森七美にお願いした。


「元町悠生を人前に引っ張り出したい――可能かしら?」


 住吉忍がキーを盗るには、壁際に引っ込んでいられると困る。元町悠生と山ノ内小百合は今、人目につかない花台の陰にいるのだ。


『お安いご用よ。二分待って』


 電話が切れる。このやり取りを聞いていた住吉忍はすでに歩き出しており、倉庫の扉前で振り返った。


「じゃあ行ってくるね」


「よろしく。色々ありがとう」


「どういたしまして。あたし、あなたと知り合ってから、人生楽しいから」


 彼女の笑みは本当に心から楽しんでいるように見えた。


 やっぱり敵わないわね……忍を見送ったあと、桜子もイヤホンとマイクを装着し、監視カメラに視線を固定する。


 会場に潜入した住吉忍に指示を出さなければならない。


 モニターを確認すると、藤森七美が会場を縦断し、もうすぐ花台の所まで着くというところで、チャラそうな男子生徒の首根っこを捕まえて喧嘩を始めた。


 どこをどう見ても完全な言いがかりなのだが、七美の迫力がすごいので、誰も突っ込めずにいる。


 男子生徒はすっかり呑まれているらしく、ただオロオロするばかりだった。


「どういうつもりよ、心当たりがあるでしょう! 謝るのが先じゃないの? あたしを怒らせて、ただで済むとは思ってないわよね!」


 演技とは思えないすごい剣幕だ。


 考えてみるといきなり誰かに責められたとして、『自分は清廉潔白です』と胸を張れる人は案外少ないのではないだろうか。


 相手の男子生徒はすっかり冷静さを失い、やってもいない罪を認め、弁解しそうになっていた。


 七美が巧みに男子生徒を小突きながら花台のほうへ向かって行くので、壁際で話し込んでいたふたりは移動せざるをえなくなった。


 水を差されたというか、話す気が削がれたのだろう。


 山ノ内小百合は忌々しげに元町悠生を睨みつけると、ひとりその場を去った。


 元町悠生のほうはせいせいしたと言わんばかりの顔で、一拍置いて奥から出てきた。七美たちの争いに巻き込まれないように、巧みに紛争地から距離を取って、会場内を移動して行く。


 桜子は複数のモニターを目で追いながらマイクに語りかけた。


「そのまま真っ直ぐ――水色のドレスの子の右を通って――そう、一時の方角――」


『見えた、行くわ』


 住吉忍はしなやかな身のこなしで人混みを縫って進んだ。


 あと三メートル、二メートル――


 彼女は酔いの回った保護者の背中をトンと押し、元町悠生の左半身にぶつけた。接触でひと悶着あった瞬間、するりと元町悠生の右横を通り抜け、そのまま足取りを緩めず、出口のひとつに向かう。


 手の動きは速すぎて目視できなかった。笑みが浮かぶ。


「やったわね」


 次は私の出番だ。足早に倉庫を出る。


 しかしまさかこのあとで久我奏に絡まれるとは、この時は予想もしていなかった。



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