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婚約者に愛されない悪役令嬢が予言の書を手に入れたら  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!
side-B

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43.プレ・パーティー【side-B】


 プレ・パーティーにこっそり出席することにした。


 というのも深草楓の父の会社を狙う実業家、嵯峨野重利が現れるかもしれないという情報を掴んだからだ。


 今回も裏口からパーティー会場に入った。久我ヒカルの手引きだ。


 彼と知り合ってから半年以上たつだろうか。


 ヒカルは理想的な協力者だった。何事もそつなくこなすし、会話をしていても負担に感じない。


 気がつけば、ふたりは友達になっていた。


 もしかすると彼が一番の理解者かもしれない。


 とはいえ桜子はヒカルにすべてを打ち明けているわけでもなかった。


 今回の計画について、部分的に協力は頼んでいるが、全体の構想は話していない。予言の書を作成して妹をペテンにかけていることも、ほかの協力者が誰かということも説明していなかった。


 幼少期に遭った誘拐事件についても話したことがない。


 まぁ、あの事件は上流社会のあいだでは有名な話だから、耳聡いヒカルのことだ、把握はしているだろうけど。


 ヒカルは一を聞いて十を知るところがあるから、そばにいてくれると助かる。


 彼がいてくれるなら、今夜、何か不測の事態が起きたとしても、上手くフォローしてくれるだろう。それが桜子を少しだけ元気づけた。


 ……実はこのところよく眠れていない。


 強気で前向きな時と、弱気で後ろ向きな時――それらが交互にやって来て、思考を混乱させ、神経をさいなむ。身体がだるくて、頭が重い。本当はパーティーなんか行きたくない。ベッドで丸まって眠っていたい。


 けれどそういうわけにもいかない。お気に入りのドレスを着て、丁寧にメイクをし、弱い自分をその下に隠す。叫び出したい気持ちも、不安も、すべて見えないところに隠してしまえ。


 ――さあ、戦いの始まりだ。


 背筋を伸ばして、パーティー会場の裏口から中に入る。いつもどおりヒカルが手配してくれていて、警備員は桜子の顔を見ただけですぐに通してくれた。


 バックヤードを進み、倉庫として使われている一室に入る。


 金属棚にはモニター数台が置かれていた。即席に設置したせいで、コード類がごちゃごちゃと床に丸まっている。


 モニターに映し出されている映像は、パーティー会場のものだ。上部からのアングル、花瓶に取りつけてある低めのアングルなど、複数のモニターに同時に映し出されていた。


 倉庫の扉が開く音がしたので振り返ると、ウェイトレス姿の住吉忍が入って来た。


「いよいよだね」


 彼女はいつも自然体だ。軽く笑む余裕がある。


「そうね」


 それに対し、桜子も微笑んでみせた。……上手く笑えているといいのだけれど。


「緊張してる?」


「ええ、実は少し……いえ、かなり緊張しているかも。あなたは落ち着いているみたい。あがったりしないの?」


「あんまり。出たとこ勝負は慣れているから」


「うらやましい。私はいつだって、些細なことが気になって仕方ないの。ウジウジ悩んじゃうし、何かする前はナーバスになってしまって」


 小者よねと、我ながら呆れてしまう。けれど住吉忍はそんな桜子のことを笑ったりしなかった。


「それは悪いことなの? そんなことないと思う」


「忍?」


「あたしさ、ちょっと悪いことをする時でも、ほとんど罪悪感を覚えないんだ。だから緊張しないのかも。鈍感って、あんまりいいものじゃないよ。気をつけないと、下品になりかねない。それにさ――いざとなったらあたしより、あなたのほうが頼りになると思う」


「どうして?」


 住吉忍の言葉はあまりに意外だった。


 彼女は物思う様子で答えた。


「あなたは愛情深い人だから。大切な人のためなら強くなれる。私は……大切な人のために戦えるあなたが、正直羨ましいかな」


 そうなのか……しかし桜子は住吉忍の飄々とした強さが羨ましい。


 彼女みたいに自由に風を切って歩けたら。


 彼女みたいに機転が利いたら。


 彼女みたいに大胆に挑めたら。


 自分の人生は今みたいに惨めじゃなくて、もっと違っただろうか。


 あの時だって、妹をちゃんと護れたかもしれない。『私が忍だったら』と、つい考えてしまう。


 けれど先ほど言われたことは素直に嬉しかった。あなたのままで大丈夫だよと、背中を押してもらえたような気がした。


 不安でドキドキしていた心臓の音が落ち着いてきた。桜子は表情を緩め、住吉忍に告げる。


「私たちは良いチームになれる。今夜は力を合わせて成功させましょう」


「もちろん」


 住吉忍が粋に笑う。彼女は本当に人たらしだと思う。


「嵯峨野重利はまだ着いてないわね?」


 念のため確認すると、


「まだ」住吉忍が答える。「嵯峨野重利の荷物はすでに部屋に運ばれていて、部屋のキーは元町悠生がフロントで受け取ったから、今はやつが持ってる」


 元町悠生……中等部三年。嵯峨野重利の手下だ。鍵の手配という雑用までやっているのか。


 我々は今夜、嵯峨野重利がここで『誰と』会うのか確かめる。


 部屋を実名で予約しているため、秘密の逢瀬ではなさそう。期待は薄いかも。


 予言の書には『ヒロインが嵯峨野重利の不正を掴んだ』と記したが、それは嘘だ。


 現時点で住吉忍は彼の弱みを握れていない。それどころか好きな食べものすら分かっていない状態だった。


 彼に関する情報は驚くほど少ない。企業買収をして一箇所に留まらず転々と渡り歩く彼は、なんとも調べづらい相手であった。


 予言の書は九割が真実で、一割が都合の良い創作である。


 たとえば嵯峨野重利に関する弱点の部分が創作にあたる。桜子が掴んでいる情報は『深草楓の父の会社を狙う謎の実業家』――その程度だ。


 とにかく嵯峨野重利の荷物がすでに部屋に運ばれており、キーを元町悠生が持っているという。それならば。


「先に部屋に入りたい。荷物をあらためたいわ」


 問題は、どうやってキーを奪うかだ。


 鍵の奪取は自分ひとりで行ったほうがいいだろう。


 あとで問題になった場合、桜子の単独犯ならば、元町悠生と個人的にトラブルがあり、彼の部屋に入ったと言い逃れできる。元町悠生は女性関係が派手なので、彼と遊びたくてキーを盗んだと主張すれば、それなりに説得力はあるはずだ。


 となるとこれから元町悠生に接触し、気があるフリをして体に触れながら、鍵を奪わなければならないのか。


 うーん……色気がない自分にそれが可能だろうか。


 考え込んでいると、桜子の先の言葉を受けて、住吉忍が頷いた。


「部屋に入るのは良い考えだと思う。キーは私が盗るから」


 彼女の申し出に桜子は目を丸くした。



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