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婚約者に愛されない悪役令嬢が予言の書を手に入れたら  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!
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33.ヒロインとエンカウントした結果……


 住吉忍は迷いなく通路を進んで行く。


 いくつか角を曲がり、ふと気づけば、いつの間にか小劇場直結のホワイエに立っていた。


 すでに中では公演が始まっているらしく、この場所は閑散としている。幕間の休憩まで人が出て来ることはないだろう。


 円柱の横に設置してある長椅子に、少し距離を空けて並んで腰かける。


「劇場の中のこと、よくご存知ですのね」


 綾乃の問いに耳を傾けながら、彼女は太腿の上で手を組み、足を少し開く。ジーンズにジャケットというラフなスタイルに、その気取らない態度が合わさって、妙に格好良く見えた。


 住吉忍が端的に答える。


「ここでバイトをしているから」


「そうでしたか」


 ケータリング以外にも色々やっているのね……この情報は予言の書にはなかった。


 彼女はふと何かを思いついた様子で、口の右端を上げて、悪戯っ子のような笑みを作った。


「さぁ、ここでひとつ問題です――桜子さんに渡ったオペラのチケットですが、手配したのは、誰でしょーか?」


 ……まさか、あなたが?


 綾乃は衝撃を受けた。


 いえ――人気のチケットを住吉忍が手配できたことについては、何も不思議じゃない。彼女はここでバイトをしている上に、いわゆる幹事タイプだ。そういった面倒な手配を抜かりなくこなしそうである。


 綾乃が驚いたのは、住吉忍が『ヒカルのために』わざわざチケットを取ってあげたという点だ。


 ……これはヒロインがヒカルルートに乗ったということなのかしら?


 ふたりがそこまで親しくなっていたなんて、思ってもみなかった。自分の脇の甘さに背筋がゾッとする。


 住吉忍がヒカルルートに乗ると、夏樹がとばっちりで死ぬ……予言の書にはそう書かれていたから、絶対に潰さないといけないルートなのに。


 でも、待って――住吉忍は苦労して取ったチケットを、『ヒカルがほかの女性とデートする』と知っていて、彼に二枚渡したわけだ。ヒカルのことが好きなら、そんなことをするかしら?


 ということは、ふたりは親友みたいな付き合い?


 考えを巡らせていると、


「綾乃ちゃんてさ、あたしのことを知っているよね。かなり前から、あたしの動向をものすごく気にしている」


 住吉忍が笑みを浮かべてそう言う。


 綾乃は思わず目を瞠った。


「なぜそう思うのです?」


「え、だって分かるよ。さっきあたしがいきなり抱きついても、変質者扱いしなかったし、『とうとう来たわね』みたいな顔してた」


「……それは、先日の仮面舞踏会でお会いしているので」


「誤魔化さないで」住吉忍の笑みが深くなる。「先日の仮面舞踏会で会ったから、あたしのことを気にしていた――それなら、すぐになじるはずでしょ? 『あなたは夏樹とどういう関係? 彼にちょっかい出さないで』って」


 確かにそうだ。仮面舞踏会で、綾乃と夏樹が揉めていたところに、住吉忍は強引に割り込んできた。


 あの時、彼との仲を裂くような行動を取った住吉忍――今日ここで再会したのだから、普通に考えれば、綾乃は彼女を問い詰めるはず。


 ……失敗した。突然のことで、どう振舞うべきかまで頭が回らなかった。


 住吉忍が続ける。


「あなたはあたしのことを警戒しているけれど、今はまだ流れを読んでいるところ――違う? 何かのきざしが現れるのを待っているのかな? 自分ではコントロールできない事態に巻き込まれているから、行動が中途半端なんだね。うーん……あなたって意外に腹芸ができないタイプかな? 大丈夫? これから結構ヘビーな話するけど」


 この人、何者? 綾乃は眉根を寄せる。


 得体が知れない。もしかして、彼女が転生者? 予言の書の作者は、まさか――。


 綾乃は住吉忍をしっかりと見返した。


「お気遣いいただかなくて結構ですわ。お話があるなら、遠慮なくどうぞ」


「一応言っとく……最初からギクシャクしちゃって、ちょっと残念かな。あなたとはお友達になりたかったんだけどね」


「それはこれから伺うお話次第です」


 綾乃は深呼吸をして、気持ちを切り替えた。


 ここでまずしなくてはならないこと――それは観察だ。彼女は綾乃より一枚も二枚も上手うわてのようだ。けれど相手も人間である以上、どこかに穴はあるはず。


 彼女は右の口角を粋に上げ、キラキラした瞳でこちらを見つめ返した。


「あたしね、あなたのことはよく知ってるんだ」


「なぜ私のことをご存知なのですか?」


 住吉忍が成藍学園に入ったのは高等部からだ。高等部に入ってまだひと月もたっていない彼女が、綾乃のことを知っているのは不自然である。


 住吉忍が真顔になり、瞳を細めた。


「綾乃ちゃんに関心があるというよりも、紫野夏樹のことをよく知っているから、それキッカケかな。彼と関わっていると、婚約者であるあなたのことも視界に入る」


 胸がズキリと痛む。紫野夏樹のことをよく知っている――彼女の口からそう語られると、たまらなく不安な気持ちになった。


 綾乃の瞳が揺れたのに気づいたのだろうか。住吉忍は初めて少し困ったような顔つきになった。


「あー……別に今夜は、あなたをいじめようってつもりはないんだな。ちょっと話の運び方を失敗したかも」


 小さく舌を鳴らし、視線を逸らせて前髪をかき混ぜる。


 彼女の髪は下ろすと肩くらいの長さなのだが、今日もまた黒ゴムでひとつに束ねており、竹箒のようにぴょんと毛先が飛び出している。


 無造作にかき混ぜたせいで髪が乱れたが、そんな無頓着なところも魅力的に映った。


 ただ、どういう訳か……綾乃は違和感を覚える。


 余裕たっぷりなのかと思ったら、実はそうでもない? 彼女も綾乃同様、少し緊張しているのだろうか……けれどなぜ?


「どうして私と話をしたかったのですか?」


 綾乃は率直に尋ねていた。嘘も駆け引きも必要ない――なぜかそう思えて。


 住吉忍はため息をひとつ吐き、改まった態度でこちらに向き直ると、実に意外な台詞を口にした。


「それはね――あなたが純粋に、紫野夏樹のことを想っているからだよ」



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