表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者に愛されない悪役令嬢が予言の書を手に入れたら  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!
side-A

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/98

27.仮面をつける


 ついにこの日がやって来た――仮面舞踏会、当日。


 嬉しいことに、今日は姉の桜子が衣装選びを手伝ってくれるそうで……。


 ああでもない、こうでもないとドレスを次々手に取る桜子を眺め、綾乃は恒例の質問を口にした。


「お姉様も一緒に出席しませんか?」


 白いワンピース姿の桜子が、首を横に振って答える。


「絶対に行かないわ」


 顔も声もスイートなのに、答えが安定の塩対応……。


 桜子の癖のない髪が、光を反射してキラキラ輝いていた。ここは室内なのに、美少女って自家発電で発光できるのかしら。


 姉の美しさを眺めていると、綾乃はなんともいえない悲しみを覚える。


 美しい宝石であっても、ずっと宝石箱にしまわれていては、その輝きを誰も見ることができない。こんなのって理不尽だわ。


 これが本人の自由意志ならば、別に構わない。けれど幼少期の誘拐事件が尾を引いているとするなら、それは――……


「お姉様は、少しは楽しんだほうがよろしいかと思います」


 綾乃が思い切ってそう訴えると、桜子は控えめに微笑んでみせた。


「私はいつだって楽しんでいるわ。ただ、あなたとはその方向性が違うだけ」


「そうですか……」


 そう言われてしまうと、これ以上は踏み込めない。


「それで――今日はどんなふうに楽しむの?」


 桜子が悪戯に微笑みを浮かべ、気分を変えるように綾乃の瞳を覗き込む。


 綾乃はにっこり笑ってみせた。


「夏樹とは現地で落ち合う予定なのです」


「へぇ、現地で? どうして?」


「せっかくの仮面舞踏会ですから、どちらが先に相手を見つけられるか、ゲームをしようかと」


「勝てそう?」


「圧勝だと思います」


 夏樹は目立つから、数秒で見つけてしまうかもしれない。


「……まぁ、そうかもしれないわね」


 桜子は考えを巡らせてから、一着のドレスを手に取った。


「――これ、どうかしら」


 桜子が選んだのは黒のドレスだった。ワンショルダーで、右肩が大胆に露出されるデザイン。スカート部分はフレアで、適度にボリュームがあってキュートだし、前側がミニなのに、後ろが膝下まで届く長さになっていて、遊び心がある。


 今夜の趣向にぴったりだわ、と綾乃は思った。


「これにします」


「髪はどうするの?」


「それなんですけど……髪はアップにして印象を変えてもいいのですが、どうせなら今夜は別人のようになりたいと思っていますの」


 綾乃の要望を聞き、桜子がキラキラした顔で頷く。


「じゃあ、ウィッグを使う?」


「いいですね」


「だとすると……普段しないような髪型がいいかな?」


「となると――ショートか、ボブか」綾乃は少し迷ってから決めた。「では、ミディアムボブにしようかしら」


「任せて」


 桜子は足取りも軽く部屋を飛び出して行った。実は彼女、ウィッグをたくさん所有しているのだ。


 桜子はウィッグを持って光速で戻って来ると、


「髪はドレスのあとね」


 と言いながら、そわそわした様子で視線を素早く動かす。おそらく頭の中で支度の段取りを決めているのだろう。桜子は凝り性なので、綾乃の支度を手伝う時は、芸術家の目になる。


 ――綾乃が実際にドレスを着てみると、小悪魔的で溌剌として見えて、今夜の催しに良くマッチしていると思った。


 そして桜子が見繕ってくれたミディアムボブのウィッグは、緩く癖がついていて、着用してみると意外なほど綾乃に良く似合った。


 少し退廃的で、いかにも気まぐれで……いつもと違うのに、それでいて紛れもなく綾乃自身を現している。


 桜子の手で綾乃の目元に濃いアイラインが引かれた。仮面で顔の大部分は隠れてしまうが、これは大事な儀式だ。


 メイクをすることで、女の子はまったく別の自分になる。


 いいえ――別の自分ではなく、もしかすると、隠れていた本当の自分が顔を出すのかも。


 鏡の中の綾乃は、強く、激しく、挑発的で――それでいてひどく孤独で、何かを渇望しているように見えた。


 桜子は真剣な眼差しでメイクの仕上げをして、やがて出来栄えに満足した様子で、綾乃の背後に回った。


 ――視界が一瞬遮られ、仮面が綾乃の目元を覆う。


 白地に金と銀の繊細な文様飾りがついた仮面は、華美で気品があって耽美だった。


 桜子は慎重な手つきで仮面を取りつけると、ウィッグに指を入れ、完璧な状態に整えてくれた。


 ――鏡に映る、あの子は誰? 綾乃は心の中で問いかける。


 両肩に温かな感触――桜子の両手が綾乃の肩の上に置かれた。


 鏡越しに微笑む桜子と目が合った瞬間――彼女の落ち着いた声が、ある一節を唱えた。


「素顔で語る時、人はもっとも本音から遠ざかるが、仮面を与えれば真実を語りだす」


 ――オスカー・ワイルドですね。


 互いに視線を絡ませ、綾乃はしっかりと頷いてみせた。


「――お姉様、行ってまいります」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ