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婚約者に愛されない悪役令嬢が予言の書を手に入れたら  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!
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22.ほかの男の名前を口にしてはいけない


 強制わいせつ罪というワードの強さに、一瞬、自分がどこにいて何をしているのか分からなくなった。


 ええと……先の警告は、誰のどんな行為に対して?


 まさか夏樹に言っている?


 それで肝心の発言者であるが――それについては顔を見るまでもなく、声で誰なのかは分かっている。


 ――振り返ると案の定、ベンチの後ろに友人の藤森七美が立っていた。


 右手はベンチの背もたれに置き、左手はくびれたウエストに当てている彼女……どう見ても、堂に入った悪役令嬢そのものである。


 友人ながら、その押しの強さにはいつも驚かされる。


 そういえば……彼女と友達になったきっかけは、


「あなたってすごい権力者なんですって? 私が何か困ったことになったら、泣きついてもいいかしら」


 と声をかけられたことだった。


 そのアプローチがあまりに露骨で馬鹿馬鹿しかったので、なんとなくツボに入ってしまい、


「構いませんわよ」


 と答えたのが、付き合いの始まり。


 七美は子供の頃おんぼろアパートに住み、貧乏暮らしをしていたらしい(※本人談)。


 七美は卵かけご飯を食べながら、


「絶対に成り上がってやる!」


 と固く心に誓ったそうだ。肉好きの彼女は壁にステーキの絵を貼り、それを眺めて米を食べ、反骨精神に磨きをかけていった。


 ところが数年前、母がエリート敏腕弁護士と再婚。それにより見事セレブの仲間入りを果たした。


 弁当屋で働いていた七美の母が、今の再婚相手をゲットした際は、母子は強めのハイタッチを交わしたあと、がっちりハグをして感動の涙を流したという……。


 貧乏暮らしは二度とごめんだと言ってはばからない彼女は、上昇志向の塊であり、典型的なマウンティング女である。


 ……こう冷静に分析してみると、結構ひどい人間のように感じられるが、綾乃は七美のことが好きだった。


 欲望に忠実という点では親近感が湧くし、彼女は自分を偽って良く見せようとはしないので、そういうところがいさぎよいと思う。


 それに意外なようだけれども、彼女は一度も綾乃を利用したことがない。


 あのパーティーに連れて行けとか、誰々を紹介しろとか、そういった下世話な要求をしてきたことは一度もないのだ。


 当初は利用させてもらうと言って近づいて来たのに、実際はその逆で、綾乃が困っていると絶妙なタイミングで助けてくれることが多かった。


 ……とはいえ今回は、なぜ割って入ったのだろうか?


 夏樹は綾乃の手を握ったまま、冷ややかな視線を七美に送った。


「目障りだ、さっさと消えてくれ」


「あら、奇遇ね――私も今、同じこと考えてた」


 七美がにっこり微笑んで言葉を返すのだが、目はまったく笑っていない。


 目が笑っていないのは夏樹も同様で、綾乃はふたりの背後にドス黒い炎の幻影を見た気がした。


 夏樹が冷ややかに告げる。


「これ以上ここに居座る気なら、警備員を呼ぶけど」


「う、け、るー。ていうか、警備員を呼ぶのは私だから」


 七美は鼻で笑ったあと上体をサッと起こし、背筋を伸ばして、とんでもない大声を出した。


「ねぇ、ちょっと! 警備員さーん、どこにいるのー? 早く来て頂戴! 学園内にケダモノがいますよー!」


 近くにいた綾乃は鼓膜が破れるかと思った。


 中庭は閑散としているが、無人というわけでもない。遠くのほうで生徒数名がギョッとした顔でこちらを見ていた。


 幸い警備員は近くにいなかったようで、七美の一声で駆けつけて来ることはなかったのだが……。


 七美の無茶苦茶なやり口に、思わず顔を顰める綾乃。


「……七美、ケダモノがいるって何?」


 すると七美が口をへの字に曲げた……あんた何を呑気な、という顔だ。


「いるじゃないの、ケダモノが」


「どこに?」


「この学園で一番不埒ふらちやからを思い浮かべてごらんなさい」


 不埒な輩……綾乃の脳裏に、階段の踊り場で女子生徒にキスしていた元町悠生の気だるげな顔が浮かんだ。


 それでついポロッと、


「それってもしかして、元――」


 と深く考えずに口にしかけたところで、この場に夏樹がいることを思い出した。


 急ブレーキを踏むように、ピタリと口を閉じる。


 あ、危ない……! 


 彼と一緒にいる時は、ほかの男性の名前を口にしてはいけないのに、うっかりしていた。なぜ口にしてはいけないかというと、以前夏樹にそうお願いされたからだ。彼の嫌がることは極力したくないので、可能な限りそれに従うようにしていたのだが、たまに気が緩んで失敗する。


 けれど先ほどは上手く回避できた気がする。かなり早い段階で口を閉ざすことができた。


 上手く回避できた……はずよね?


 成功したはずなのに、夏樹が口元に笑みを浮かべ、冬の湖よりも冴え冴えとした瞳をこちらに向けた時、綾乃はなんとなく自身の失敗を悟った。


「元――何? 途中でやめないで、最後まで言ったら?」


 あら? ええと……助けて七美……。


 淡い期待を抱き、ベンチ裏にいる彼女に視線を向けてみたところ、七美は「処置なし」と呟いて、そっぽを向いてしまった。


 見捨てられたー!


 ガガーン……ショックを受ける綾乃。


 助けは期待できない……なんとかして自力で生還するのだ。どうしたらこの場を切り抜けられる?


 そうね、とにかく……元町悠生の名前は絶対に出してはいけない。


 夏樹の前でほかの男性の名前を口にしてはいけないルールもあるし、何より、先日の問題行動を知られたくない。一学年上の男子生徒を跪かせ、その頭部を壁に叩きつけた……なんてことを夏樹に知られた日には、確実に終わる。


 結構ピンチだわ。なんとかして誤魔化さなくちゃ。


「いえ、あの、私、モト……じゃなくて、モントリオールと言おうとして、口ごもってしまったのです」


 これでどうだ!


「モントリオールって何?」


 かぶせ気味に問われる。それは、ええと……


「モ、モントリオールはカナダの都市の名前です」


「知っている――それで? 君はモントリオールのケダモノ『とも』親交があるんだ?」


 なんという刺々しさ……綾乃は視線を泳がせながら呟きを漏らす。


「あ、いえ……モントリオールにケダモノの知り合いはおりません」


「だけどこの学園にはケダモノの知り合いがいそうだよね――何人か」


 凍る。今は四月なのに厚めのコートが欲しい。


 ……というか夏樹はどこまで掴んでいるのだろう? 


 若干涙目になる綾乃をいたぶるように、いじめっ子モード全開の夏樹が、綺麗な顔で言い放つ。


「最近、綾乃はよく台詞を噛む……『起きれまふ』だっけ」


 蒸し返してきたー!


 悔しさのあまり両手をグーに握りしめたものの、反撃の糸口がつかめずに、綾乃はただ涙目でプルプル震えることしかできなかった。



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