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婚約者に愛されない悪役令嬢が予言の書を手に入れたら  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!
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20.この遊び、続ける?


 羞恥の極み。今なら恥ずかしさで死ねる。


 寝たふりをしていて、それを相手に見抜かれていたなんて。


 綾乃は閉じた瞼にキュッと力を入れ、込み上げてくる衝動をこらえた。これからどうすべきか分からないし、泣きそうになる。


 目を開ける勇気がない。居たたまれない。


 ……そしてなぜか、夏樹が耳を揉むのをやめてくれない!


 ねえ、これ、耳たぶの硬さを今調べたとしても、実際にお菓子作りする時には忘れてしまいますよね? 直前に調べないと、意味がないのでは?


 それになんだか……あの……耳に触れられていると、背筋がゾクゾクして、おかしくなりそうなので、やめてほしいのですが。


 この状況で目を開けられる? ――絶対無理!


「まだこの遊び、続ける? 僕は別に構わないけれど」


 夏樹の楽しそうな声。


 もしかして……夏樹って意地悪ですの?


 昔の彼ならこんなことは絶対にしなかった。それは断言できる。


 彼はいつも優しかったし、こちらを尊重して慈しんでくれた。仲の良いお友達にそうするように、誠実に付き合ってくれた。


 けれど一年前に関係がギクシャクしてからは、急に冷淡な態度を取るようになって、手を握ることさえしなくなった。


 ……それなのになぜ? 手は握らないけれど、耳たぶは揉むのですか?


 夏樹がどういうつもりでこんなことをしているのか、まったく分からない。


 混乱のあまり目を開けられないでいると、夏樹がやっと耳たぶから手を離した。


 よ、よかったー! 解放された。これで助かったー……。


 と思ったら、彼の左手がこちらの脇腹をこすりながら下りてきた。そして綾乃の左手を取って、そっと手を絡ませる。指と指を交差させる恋人つなぎだ。


 訳が分からず、綾乃は恐々と息を吐く。


 するとそのタイミングを狙ったかのように、


「……寝ているなら、ネクタイが苦しいよね」


 夏樹がそう言って、空いている右手で綾乃のこめかみに触れた。


 ツツ……と指が滑り、耳の近く……頬……首筋……襟元……と、段々下に向かって、優しく触れていく。


 羽毛が肌を撫でるような感触に、背筋がざわつく。


 とうとう彼の右手がタイを掬い上げたのが分かった。衣擦れの微かな音を、耳が一生懸命拾おうとしている。けれど心臓の音のほうが大きい。


 目を閉じていて視界が利かないせいか、この世界にふたりしかいないみたいに感じられた。


 ああ、もう、だめ……! もう限界。


 綾乃は声を震わせながら降参した。


「ほ、本当は、起きています……ごめんなさい……」


 思い切ってそうっと目を開けたら、初めに彼の膝が見えた。


 ……絶望した。


 やはり夏樹に膝枕してもらっている……視覚で確認すると、ダメージがとてつもない。


 加えて夏樹の左手がこちらのお腹に回されていて、抱え込まれているような体勢である。手を繋がれたことに一番狼狽してしまったけれど、全体的なふたりの絡みもかなり際どいものになっていた。


 夏樹が綾乃のネクタイを指で弄びながら、低い声で囁く。


「……綾乃は僕の前でもぐっすり眠れるんだね。緊張感がないのかな」


「そんなことないです。むしろ緊張のあまり……」


 眉間に皺を寄せ、視線を彼の膝に固定しながら呟きを漏らす。


 へえ、と夏樹が笑った。


「緊張しているわりに、まだ寝転がったままだよね。もしかして、僕を試している?」


 ……試す、とは? 夏樹が禅問答のような、不可解な問いをしてきた。


 どういう意味でしょう? 膝を拝借しているので、怒っているのは確かだろう。


 彼は「こちらの忍耐力を試しているのか?」と問うているわけですね。


 綾乃はすっかり怖気づき、腰が砕けてしまった。取り繕うように呟いた台詞は、ひどく弱々しく響いた。


「あの、すぐに起きます……」


「ひとりで起きられる?」


 撫でるように優しい声なのに、若干の悪意を感じるのはどういう訳でしょうか。


 夏樹の意地悪モードに触発され、綾乃の中に少しだけ反抗心が湧き上がった。


 大きめの声を頑張って出してみる。


「お、起きれまふ……!」


 か、噛んだー!


 一番大事なとこで噛んだ!


 綾乃はプルプルと体を震わせながら、肘をシートにつけて、一生懸命起き上がろうとして――……


 力が入らなくて、一回失敗。タコのような軟体動物になったみたいだった。


 夏樹の膝の上にヘニャリと墜落した綾乃は、「もう誰か私を殺してー!」と内心絶叫しながら、根性で背筋に力を入れ、ふたたび上半身を起こした。


 潰れるような変な落ち方をしたせいで、胸やお腹を打って痛いし、何より恥ずかしいし。


 羞恥のあまり、両耳が千切れそうなほどに熱い。


 綾乃のお腹に回していた手を、夏樹がさりげなく解いたのが分かった。


 もうこれ以上はひとことも漏らすまいと決め、なんとか体勢を整えた綾乃は、窓際いっぱいに体を寄せて座り直した。


 ちらりと横目で窺ったら、夏樹は口元を手で押さえ、窓の外に顔を向けている。


 き、気まずい……。


 色々やらかしてしまった自覚はもちろんある。


 耳に、何度も、何度も、噛んでしまったあの台詞がリフレインされる。


 ……「起きれまふ」「起きれまふ」「起きれまふ」「起きれまふ」……


 髪をかきむしり、絶叫したかった。


「起きれまふって、なんだー!」



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