表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者に愛されない悪役令嬢が予言の書を手に入れたら  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!
side-A

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/98

19.耳たぶに関する考察


 近づいて来る夏樹を待つわずかなあいだに、先日の車中での出来事が、走馬灯のように脳裏に浮かんだ。


 恐ろしさのあまり指先がすっかり冷たくなっている。強心臓で知られる綾乃であるが、このままでは緊張のあまり、心臓が止まってもおかしくない。


 今さら悔やんでも遅いのだけれど、どうしてあの時、紫野家の車で寝てしまったのだろう。


 その直前、夏樹に色々尋問されたことは、ほとんど記憶に残っていない。


 脳があれを『悲惨な体験』に分類して、深層心理の奥深くに沈めてしまったのかもしれない。


 それはまあいい……怖いからそのまま沈めておこう。


 問題は、尋問の『あと』だ。


 体調が悪いからと断りを入れて、目を閉じ、それから――……




   * * *




 枕が硬いわ、と綾乃は思った。


 自分の好みはフワフワしていてボリュームのある枕なのよね。そしてひとつじゃ足りなくて、二、三個は欲しいの。並べて使えば、寝返りをいくら打っても平気だし、寝苦しい夜は抱き枕にしてもいいし。


 だからこの枕は失格ね。


 でも硬い枕が好きな人は、「これが理想の枕だ」と評するかもしれないわ。


 そう――初めに気に入らない点を述べてしまったけれど、それは個人の感想ですものね。この枕が悪いわけじゃない。これはこれで暖かいし、その点は好ましいと思う。


 それから、なんでしょう……先ほどからくすぐったいのよ。なぜかしら?


 髪が少し引っ張られるというか、痛いわけではないのだけれど、不思議な感じ。


 髪の毛に触れているということは、きっと美容師さんね?


 クルクルと指先に巻きつけるようにして、毛先を弄ばれているような――ちょっと美容師さん、そんなことをして遊んでいたらだめですわよ。


 いつもお世話になっている美容師さんは、四十代の落ち着いた雰囲気の女性で、こんなふうにふざけたりしなそうなんだけど……。


 けれど今日は悪戯モードですわね。


 ん……うん? 今度は側頭部が温かくなった。


 気持ち良いー……。


 もうこのままずっと寝ていられる。


 もっと撫でてー……。お願いー……。


 幸せすぎて口元が緩んでしまう。


 するとなぜか、戯れのように触れていた手の動きがピタリと止まった。


 もう終わりですの? 起きたくないなー……。


 いやいやをするように枕にしがみつく。


 ……しばしの静寂。


 絶対に起きませんわよ。こうなったら我慢比べですわ。


 ふたたび指の感触が髪の上を滑り――……首を覆っていた毛束がふわりと掬い上げられてしまった。


 掬った髪をそのまま背中のほうに流したらしく、首の辺りが涼しくなって、途端に心細くなる。


 このタイミングで、急激に意識が浮上した。


 え……ちょっと待って。


 確か……ええと、確か、少し前まで夏樹と一緒に車に乗っていたような? 後部座席に並んで座っていて……それで、ええと……目を瞑ったのよね。


 それから……どうしてなの、そこからの記憶がないわ。


 うん……? 記憶もないのに、自分の部屋に戻れたということですか?


 現状、ベッドで寝ているわけですものね。だってほら、こうして横になっているのですから、ベッドにいるという認識で合っています。合っているはずです。枕もこのとおり、ちゃんとあるのですから。


 ……でもこの枕は、好みの硬さじゃないのです。


 ……というかこの枕、私のものじゃないような?


 ……あら? そもそもこれは枕で合っています?


 小さく息を呑む綾乃。


 怖すぎる。これ以上深く考えてはいけない気がする。


 混乱している綾乃をからかうように、誰かの指が、なんの脈絡もなく耳たぶをキュッと摘まんできた。


 ひゃあーん、な、何が起きているの!


 結構しっかり摘ままれている。綾乃は思い切り眉をひそめ、顔を真っ赤にして震え始めた。


 ふたたび気まぐれのように指が動き、今度は耳たぶを揉み始める。


 この頃になると綾乃の意識はだいぶはっきりしてきて、耳たぶを揉んでいる『誰か』は『夏樹』であると理解していた。


 おそらく、こういうことだ――車中で寝入ってしまい、そのまま横に倒れ、図々しくも夏樹の膝を拝借したのだ。


 それは本当にごめんなさい。申し訳ない気持ちでいっぱいです。


 でもね。それはそれ、これはこれよね? この行為に一体なんの意味があるというの……?


 ――耳たぶの硬さを目安に――……


 不意に、最近読んだテキストが脳裏に蘇った。


 姉の料理下手を解消すべく、料理のテキストを何冊も読み込んだのだが、お菓子関連のレシピの中で、不可思議な表現を何度か目にしたのだ。


 それは『耳たぶくらいの硬さ』に生地を仕上げろというものだった。パン作りかお団子作りかうろ覚えだけど。


 もしかして……夏樹は最近お菓子作りにはまっている?


 それで『耳たぶの硬さってなんなのだ』という疑問を抱いたのではないかしら?


 気持ちは分かります。だって私も首を捻りましたもの。


 それを確かめるべく、私の耳に触れていますのね?


 几帳面な夏樹のことだから、自分の耳たぶの感触と、他人の耳たぶの感触の違いを調べている? ええと、だけど、調べてどうするのかしら?


 なんてことを考えていたら、耳にフッと息がかかり、低く艶のある声が降ってきた。


「綾乃……二分前から狸寝入りしているの、バレてる」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ