18.そのうち嵐が到来するかも?
仮面舞踏会を明日に控えて、学園全体がソワソワしている。
――着ていくドレスは? 合わせる靴は? 髪のセットは? 仮面のコンセプトは?
こういう遊びは自己プロデュースが上手いか下手かで成否が決まるから、皆、細かい部分にまで本当に気を遣う。
といっても別に義務感から嫌々頑張るわけではなく、単純に衣装選びが楽しいからこだわってしまう、というのが大きいのだけれど。
「衣装、決まった?」
女の子たちは顔を合わせれば、挨拶代わりにそんなやり取りをする。
前日なので、ほとんどの子はすでに決めているはずだ。
この問いかけの意図は、
「もちろん決まっているけど、あなたはどうなの?」
と尋ね返してもらうためであり、
「実は新しいドレスを買ったんだよね!」
結局これを言いたいがための、会話の呼び水なのである。
綾乃がもし「衣装、決まった?」と尋ねられたなら、「当日の気分で決めますわ」と答える。
これは本当よ。芸術家気質なので、当日のフィーリングで決めたいのです。
そういう会話を交わすのは嫌いではないのですが、誰も「衣装、決まった?」と尋ねてくれません。
……なぜかしら。
皆もっとフランクに質問してくれていいのに。いっぱい答えるのに。
アドバイスとか、ただでしてあげますわよ? そういうの得意です。
だけど誰も悪役令嬢には質問してくれないの……。
* * *
ところで。
本日、新しい予言の書が届いた――記念すべき二冊目だ。
届いたというか、前回同様、ロッカーに放り込んであったのだけれど。
今度のは冊子が薄いので、そのうちすぐに三冊目が届きそう。
一冊目はかなり詳細な内容だったのに、二冊目をざっと流し読みしたところ、わりと薄めの内容だった。
薄めなのだけれど、妙に不安を煽ってくるのは、相変わらずというか……。
「危ないから、気をつけて!」という警句が妙に多い。
ちなみに一ページ目には、こんなことが書いてあった。
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リニューアル~!
お久しぶりね、いかがお過ごしかしら?
首尾は上々、なんて、もしかして甘いことを考えていたりする?
全然、まったく、そんなことないからね。
まだ状況は一ミリたりとも良い方向には進んでいないよ。
気を引き締めていきましょうね!
それで早速だけれど、今日の出来事を予言しておきましょう。
――あなたはとんでもないトラブルに巻き込まれつつあります。
でもさ、今現在、あなたの周辺は無風状態でしょ?
危険の『き』の字もないんだけどー、なんて思ったでしょ?
違うんだなー。
あなたが今感じている平穏って、まやかしだからね。むしろ台風の目にいる――そう考えて。
平和なのは今だけ。もうね、周囲をグルグルに囲まれちゃってるよー。脱出は難しそう。
そのうち嵐に巻き込まれますから、心にしっかり防寒着を着込んでおいて!
凍えるような出来事が待っていますからねー。
じゃあ、頑張って!
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難しい顔で予言の書を閉じたところで、こちらに歩いて来る夏樹の姿に気づいた。
……嵐に巻き込まれるって、このこと?
夏樹の顔色をこっそりと窺ってみるが……ポーカーフェイスで気持ちを読み取れない。心臓がドキドキしてきた。
……どうしよう? 逃げたくなってきました……。
さっと周囲に視線を走らせ、現状を確認――結果、自身の迂闊さに絶望することになった。
ああ、私ってお馬鹿さんかもしれません……!
中庭という見晴らしの良い場所で、ベンチに腰かけているだなんて。
この状況で今すぐ立ち去ったら、夏樹を見て逃亡したのが丸分かりだわ。
せめてこれが人の多い場所だったなら、あとで夏樹に「僕を見て、逃げた?」と責められても、「あら、気づかなかっただけですわ。大体、私が夏樹を見て逃げるわけがありません」と言い逃れられるのに。
彼――やって来ていきなり、別れ話とか切り出さないですよね?
それとも、このあいだのことかしら。
うう……車で寝てしまった件を思い出すと、変な汗が出てきます。
先日、姉が深草楓に調理実習で作ったマフィンを手渡すことになった、例のイベント――夏樹の家の車に乗る破目になったのは、あれが原因だった。
綾乃は姉がマフィンを渡すところが見たくて、あの日高等部に見学に行き、それを夏樹に見咎められた。そして放課後、紫野家の車に乗せられたのだが……夏樹から尋問(?)されているうちに、緊張が度を超してしまい、車中で眠ってしまったのだ。
そのおかげで、あの場はなんとか乗り切ることができたのだが、彼はあの件でまだご立腹かもしれない。どうしましょう……これから怒られたり、とか?
……詰んだかもしれません。
好きになったほうが負けとよく言いますけれど、あれは真理を突いていると思います……。




