14.深草楓の敵対者
ここ最近ずっと、元町悠生という男子生徒の動向が気になっている。
――予言の書によると。
深草楓ルートは、『彼の父親が没落するのを防ぐ』というのがメインテーマになっている。ヒロインが上手く対応しないと、彼の父親の会社が買収されてしまう。買収を画策しているのが、嵯峨野重利という実業家だ。
その嵯峨野重利の手先が、ここ成藍学園中等部に通う、元町悠生という男子生徒なのである。
元町悠生は中等部三年生なので、綾乃の一学年上にあたる。
その実業家がなぜ中学生と懇意にしているかというと、元町悠生を情報屋として使っているからだ。
良家の子息・子女の弱みを掴むには、目端の利く同年代の人間から情報を得るのが、一番手っ取り早い。
その役目に、元町悠生はまさにうってつけである。……ではなぜ彼が適任なのか?
それは彼が品行方正な生徒ではないから。
生徒が羽目を外したい時は、まず彼にコンタクトを取る。無茶なお願いでも柔軟に叶えてくれるので、一部のやんちゃな生徒には人気があるらしい。
それにしても……と綾乃は眉根を寄せる。
あんな怪しい相手に頼みごとをする生徒は、どういうつもりなのだろう。その人たちはこれっぽっちも想像していないのでしょうね――この場限りの秘めごとのつもりが、後々もずっと自分の人生に付きまとい、暗い影を落とすかもしれないことを。
今がよければいい。とりあえず楽しければいい。
慎重な綾乃からすると、あまりに軽率だと感じる。
とはいえ。
清く正しく生きてきたのに、悪役令嬢として忌み嫌われ、現状私は破滅寸前の大ピンチなわけで……そうなると、慎重さってあまり意味がないのかしら? 結局は本人の運次第、ってこと?
やっていられないわ……。
ついむくれてしまいそうになるけれど、自分を憐れんでいても何も始まりませんものね。少しでも事態が好転するように、打てる手は打っておきましょう。
――ということで、元町悠生の秘密を探ることにしたのです。
授業が終わるとすぐに荷物をまとめて、日傘を掴んで教室を飛び出す。
ちなみにこの日傘は夏樹にプレゼントされたものだ。出会った日に「壊れるたびに、新しい日傘をプレゼントする」と約束してくれたのだが、壊れていなくても定期的にプレゼントしてくれる。
それがまた、その時の気分にピタリとマッチしたデザインなのよね……。
たとえば、『最近はパステルが好き』と思っていたら、ポップでキュートなものを贈ってくれたり、『今はしっとりした大人っぽいものが好き』と思っていたら、蝶の柄の大人可愛いデザインのものを贈ってくれたり。
最新のプレゼントは、シックな黒に、白いフリルがついた、ゴシックロリータふうの日傘だ。なんとなくこれを持っていると、気が引き締まるというか、勇気が出る。
――三年の教室が並んでいるフロアに着いたところで、廊下の先を歩く元町悠生を発見した。小柄で真面目そうな女子生徒を伴っている。
ふたりが角を曲がるのを見て、足早にそれを追った。
あの先は北側の階段室だ。非常用の役割でついているので、人がほとんど通らない。
角まで来てそっと奥の様子を窺うと、半階上がった階段の踊り場で、ふたりが言い争っているのが見えた。
……言い争っているといっても、女子生徒のほうが一方的になじっているのかしら?
「元町君、いい加減にしてよ! 私の弟を顎でこき使っているみたいだけど、そういうの、やめてくれないかしら」
ミス・クラス委員という称号を贈りたくなるような、優等生然とした話し方だ。
この感じだと、元町悠生とは水と油なんじゃないかしら。属性が正反対のカップルも存在するけれど、このふたりに限っては、反発がロマンスに発展する気配はなさそう。
元町悠生は目の前にいる女子生徒のことを、石ころ程度にしか思っていない……そんな感じがする。
彼は身だしなみがきちんとしていて、一見すると、いかにもな『悪』という感じはしない。しかしそれはあくまでもパッと見の話だ。
服を着崩していなくても、表情を穏やかそうに取り繕っていても、膿んだような気配は隠しきれていない。
目を見れば分かる。あれは危険な男だ。
彼には少し繊細な雰囲気もあって、そこがまた性質が悪いのかも。ただの暴力的なお馬鹿さんだったら、彼は今の地位を築けていない。
甘い顔立ちに、トロリとしたあの個性的な瞳――あれで何人の女の子を騙してきたのか。想像するだけでゾッとする。
ミス・クラス委員があの男を相手にして、一体どれだけやれるか、だけれど……。
「じゃあ弟の代わりに、姉のあんたが俺の相手をしてくれるのか」
元町悠生は薄く笑むと、想定外の行動に出た。いきなり彼女を壁に押しつけ、キスをしたのだ。
これを見た綾乃は難しい顔で額を押さえた。
……困りましたわね。
選択肢はふたつだ。
A.放っておく
B.介入する
さて、どうしましょう? ミス・クラス委員を助ける義理はない。
とはいえ、見てしまったわけだし……。
間の悪さを呪うしかない。
綾乃はため息をひとつ吐いてから、足を前に踏み出した。




