赫鬼の右腕
大栄都の外れ 鬼仁城 屋上
紅い衣を持とった鬼が酒をあおっている
「閻<えん>様 お体にさわります
お酒はほどほどに」
「稲荷<とうか>か
うむ 月がきれいであったゆえな
それより 鬼石の適合者は大栄都にいるのだな」
「はい ここ数日中には接触できるかと」
「そうか ようやくか
我が右腕が」
大栄都 拾伍番通り
人々は菓子を食い
屋台は人だかりで賑わう
その通りの中程にある団子屋に少年が座り込んでいた
全身から脱力している
「蓮さん ですよね
ご注文のお団子を
うわっ」
団子屋の鬼の少女が下駄を机の角に引っ掛けて体勢を崩す
「ったく」
蓮と呼ばれた少年が少女の首襟と帯を掴んで倒れそうな体を支える
「ゆとりが足りねぇな」
「蓮さん ありがとうございます
ちゃんと団子とお茶は無事ですよ!」
「おっ おう
すげぇな
でも焦るな ゆとりを持てよ」
「はい」
すっと蓮と少女の手が触れ合った瞬間
ゴウッと蓮の意識の内に嵐が吹き荒れるイメージが流れ込む
「今 のは?
それにお前の首元の石光ってないか」
「あぁ これは鬼石と言って
時々光るんですよ」
「そういうものなのか」
「はい ごゆっくり」
少女は店の奥へと戻る
鬼の少女(やっと見つけた 赫の力の適合者)
「どうしたんだい? 稲荷
あの男に口説かれたり?」
「ち 違いますよ
少し世間話を」
団子屋の女主人に聞こえないように蓮は団子をかじりながらぼやく
「口説いてねぇっての
女の尻追いかけるなんざ
ゆとりが足りねぇ」
蓮が団子を平らげたところで
「お主が大栄京都ゆとり屋だな」
「おーおー 武士様が2人か
こりゃどういうご要件で」
「貴様っ!」
「やめんか」
武士2人は後ろからの殺気で身を竦ませる
老人がすっと前に歩み出た
武士2人の肩にそっと手を置く
それに合わせて武士2人の顔から汗が伝う
「少しばかり町の案内をしてくれんか?」
「引き受けた」
「話が早くて助かるの」
老人と一緒に大栄都の名所を回る
馬競所 馬の走りの走順に賭ける
「馬の早駆けを賭ける
ただの賭場だな」
「お馬さんかっこいいのぉ」
七番通り 嗜好品と矢場 全国各地からの衣料品まですべて揃っている
「何でもあるの わしの好きな鮒ずしもあるの」
「おぅ 近江出身か じぃさん」
「まぁそこら辺じゃの」
伽羅倶梨<からくり>劇場
「全部勝手に動くとは聞いたが
まさかこれほどとは...」
「あぁ 最近は帝国の魔具<ガイスト>ってのも一部取り入れて
進化してるらしいな
操ってる人がいないとか」
「それはすごいな
やはり小栗の再任は不可避か」
「?
なんだじいさん」
「いや何でもない」
鬼目神社 参道
「こ こんなところがっ!?」
神社の参道で曲独楽 曲芸師 居合抜き
さまざまな曲芸師が人を集めている
「あんたみたいな武士には馴染みがないだろうが
こういう大道芸ってのは割りと人気がある」
「そのようだの
お主に頼んで良かった」
「そりゃどうも
まぁ一文も負ける気はないけどな」
「心配せずとも
ちゃんと払うがのぉ」
夕刻に差し掛かり
老武士は共を引き連れて戻っていく
蓮(今日はいい稼ぎだったな
懐にもゆとり
爺さんにもいいゆとりが出来ただろ)
「お主が大栄都ゆとり屋か?」
赤い衣の鬼が蓮の後ろから現れる
背には身の丈ほどの巨大な金棒を担いでいる
「あぁ 今日はもう営業してねぇ」
「依頼だ」
ドッと赤い衣の鬼が蓮と金棒を振り上げる
「ぐっ!」
蓮は十手で受け止めるも
「嘘だろっ!!!」
十手で受け止めたまま上空へ飛ばされる
「なんつぅ風だよ
これが鬼の力ってか」
古来より陽元では犬や狐の特徴を持つ亜人
―― 一部の差別部落で妖人と呼ばれる者達もそれらの特徴を持たない人間と平等に暮らしてきた
だが妖人の中でも鬼だけは別であった
常に人智を超えた力を振るい
戦乱の世において各地に現れ人々を無頼な武士やならず者から守り抜いてきた
「届けっ!」
蓮は捕縄を腰から外すと火の見櫓に投げ入れる
ガッと捕縄の先が火の見櫓の木に引っ掛かり
ダッと
蓮が近くの長屋の屋根へと着地する
「ったく 鬼だか知らねぇが
もう営業してねぇって
いやどこ行った!?」
「喧嘩の依頼だ
我が名は閻<えん>
私と手合わせをしようではないか」
赤い衣をまとった鬼が金棒を叩きつけるより早く
蓮が火の見櫓に引っ掛けていた捕縄を素早く引っ張る
「そういうのは先に書面で約束してからだ」
捕縄の先端につけた鉤爪が閻へと迫る
「勝った時に刃状沙汰にされちゃ敵わねぇからな」
バシッと閻が鉤爪を掴み取る
「!!
後ろにも目があるのか」
「合格だ」
「は?」
「お主には鬼石を持つにふさわしい武がある
私の右腕となれ」
「はぁ!?
意味が分からんぞ
第一 依頼の喧嘩なら喧嘩料払ってからだろ」
「ふん 抜け目ないな
それで喧嘩料とやらはいくらだ?」
「金なら一分ってとこか」
「ほれ 金一分と」
「はい どうも
(ちゃんと払うんだな
破天荒だが義理堅いのか)」
「それでどうだ 私の右腕に」
「なんだよ 右腕ってのは」
「ゆとりにあふれた職だ」
「うさんくせぇ」
「まぁ そう言わず
ほれ 金は2分あるだろう
視察に来い その金も込みだ」
「なっ いつの間に」
鬼仁城 天守
閻の他にも2人の鬼が座っていた
「私は長き時に渡り
右腕候補を探していたのだ
なかなかいなくてなぁ」
「そっちの事情は分かったが
右腕ってのが何の職なのか分からないだろ」
「一言で言えば 伴侶に近いか」
「「ブフォッ!!!」」
閻以外の鬼2人が同時に吹き出す
「鬼の右腕とは
鬼石の力を使いこなし
あらゆる時代の苦難から民を守る」
「あー ようはおとぎ話の英雄やれってか
それなら俺じゃなくても」
「いないのだ」
「は?」
「天下で現在見つかっている 赫鬼の力の適合者はお主1人だ」
「―――まぁ ここまで聞いて何もしないってのもないな
1回だけ受けるぜ」
「主! 新しい預言が」
「何だ」
「数日以内に老中のうち誰かが惨殺されます」
「あんたは茶屋の」
「稲荷<とうか>よ」
「すると団子屋で俺を見つけたのもその預言ってやつか」
「少しだけ未来が見えるのよ 近い未来しか見えないけど」
「!? ―――それは」
「例の天誅か
老中 栄都城の中はさすがに安全だろう
だが行事に参加する際には我々の護衛を付けるべきだろう
ともかく戦える鬼を皆集めろ!
今は帝国との交渉事が多い時だ 実務屋に死なれてもまずい」
「今じゃなきゃいいみたいな言い方だな」
「あくまで民を守るのが鬼の役割だからな
武士や為政者を守るものではないのだ 本来は」
「――そうか
俺は栄都城の周りを見廻ってくる
とりあえず桜田門のあたりか」
栄都城 桜田門
「何者だ 貴様ら!!!」
駕籠を運ぶ護衛の者数名が辺りを取り囲む男達に声を荒げる
「天誅」
男が駕籠を持った男達に切りかかる
「待ていっ!」
駕籠から老人が出てくる
昨日 蓮が市中を案内した老人である
「貴様が井伊
帝国に下った賊め!!」
「通商条約か」
帝国と陽元の幕府は通商条約を締結していた
ただし関税の決定権において一部の品は帝国の要求をそのまま呑んでいた
「通商条約を結ぶこと自体が幕府と帝国の交流を保ち
平和へとつながる道だと判断した」
「馬鹿め!!!
夷敵との交流など言語道断っ!
やはり貴様に必要なのは天誅!!!」
男が井伊に斬りかかる
「ゆとりが足りてねぇな」
ゴッと男の顔面に何者かの飛び膝蹴りが突き刺さる
「がっ」
男は地面を転がり受け身をとる
「大栄都ゆとり屋 蓮
ゆとりが足りねぇ奴らを助けるのが俺の仕事だ」
蓮は着地すると十手を構える
「貴様
逃げるなら今のうちだぞ」
「残念
こっちは依頼でな
約束した以上は途中で帰るってのはなしだ」
「わが名は金子 真己朗
この陽元を憂う 憂いの士なり
邪魔するならば貴様にも天誅を下すのみ!!!」
「知るか
てめぇらがやってるのはただの人斬りだろうが!」
蓮が金子の刀を十手ではじき返す
だが金子の突きが次々と繰り出される
ギギッ カッ!
「どうしたゆとりが足りてないようだなぁっ!」
「そのくせ 一太刀も入ってないじゃねぇか」
「くっ 貴様ぁ!」
金子が懐から銃を取り出し蓮の脳天めがけて放つ
「ったく」
蓮の鬼石が輝くと同時に
ゴゥッ!!!!!!
蓮の全身を暴風が覆う
「ぐぉっ」
金子の体が数畳ほど跳飛ぶ
銃弾が風の刃に引き裂かれる
「ば バカなっ!」
蓮は十手を構えると金子へと間を詰め
「がっ」
蓮の十手が金子の腹にめり込み金子が倒れる
「お前らはゆとりが足りねぇんだよ」
「ば バカな」
「だがわれらには」
「そう われ等にはこれがある」
男達が背後にあった荷車から布を取り去る
「おいおい 戦争でもする気かよ」
大砲であった
「アーダム・ド・ロング砲<あーだむ・ど・ろんぐかのん>
貴様など一瞬で塵と化すのだ」
「ちっ さすがにあの大きさは弾けねぇな」
「うてぇぇっ!!!」
男達が2人がかりで大砲の狙いをつけ1人が発射する
ドゴゴゴゴゴゴッ!!!
蓮は鬼石の力で足元に爆風を発生させて
横に大きく飛んで砲弾を躱す
「ちっ外したか だが」
ダダダッ!!!
男達が次々と小銃を発射する
「っの!」
蓮は鬼石の力で再び暴風を纏い銃弾をそらす
「手詰まりだなぁ!!!」
ドォッと砲弾が蓮の体をかすめる
「ぐっ」
「もらったぁ!」
3人掛かりで再装填された大砲が再び発射される
「ちくしょっ」
蓮が鬼石の力を限界まで引き出そうとした時
ヒュッ
ドゴォォォォォォッ!!!!!
空から振り降りた金棒が大砲の砲弾を押しつぶす
「蓮 後ろは任せた」
閻がふわりと地面に降り立つ
金棒を握るとまっすぐに大砲に向かっていく
「は?」
「悪鬼 覚悟ォッ!!!!」
閻の後ろから起き上がっていた金子が斬りかかる
「ちっ! そういうことかよ」
蓮が足元の風を鬼石巻き上げ
「ゆとりが足りねぇ」
十手に風の刃を纏わせながら金子の胴体を弾き飛ばす
「全くだな」
閻が金棒で8の字を描きながら大砲へとゆったりと歩いていく
「悪鬼滅殺あるのみ!! 天誅っ!!!」
「そいつは悪鬼なんてぬるいもんじゃねぇぞ」
蓮がため息をついた瞬間
「大砲など吹けば飛ぶ」
閻が金棒を振るった瞬間に大砲の台車ごと男たちがはるか上空に舞い上がる
「流石は大将だな」
「ふん 我が右腕になる気になったか」
「いや どーーーしよっかなぁ」
「なぬっ お主この流れで断る気か!?
こんないい感じの雰囲気で!」
「あー? こんだけ危ない目会って
なんで右腕になりたいと思うんだよ」
「ともかく鬼仁城に戻るぞ
話はそれからだ
いざとなったら配下全員で抑え込んで血判を」
「おいこら 聞こえてんぞ」
閻と蓮は鬼仁城へと歩いて行く
空は閻の衣と同じ紅に染まっていた
鬼仁城
「はぁっ!?
右腕の誘いを断ったぁ!?
あんた」
閻の配下の鬼 叉紅羅<さくら>が蓮をにらみつける
「うるせぇ
まだ断ってねぇっての」
「否 断ってもらっても構わぬ
覚悟なき者に務まる職では」
「やるぜ ただし各依頼ごとに金は払ってもらうがな」
「ないが
もしまた縁があれば力を
・・・・
よいのか?」
「あぁ
あんたのとこにはゆとりが足りねぇからな」
「ふむ」
次の日から鬼仁城の城下に店が1つ増えたという
大栄都ゆとり屋