君を愛するための存在
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
婚約破棄とざまあについて、しつこく四回目となりました。
前回は悪役令嬢に婚約破棄を突きつけるバカ王太子=産んだことのない長男ということで見てきました。
対等な結婚相手であった、愛してくれる相手であったはずの配偶者が、一方的に尽くされる母親代わりを求めて甘え、召使いのようにこき使ってくるとか。
悪気なく自覚がない、極めて質の悪い女性搾取の象徴として、こてんぱんに叩くための標的だったわけです。
あれだ、巣作りしたら雄が卵を蹴落として一緒に口開けて餌入れてくれるのを待ってる感じ?
なお、コウノトリというのは雌雄で巣作りをするんだそうですが、働きの悪い雄は追い出されるんだそうです。
外でどれだけ餌を採ってきたかしらないが、巣の中で雛と一緒になって口を開けて待ってる雄とか。ちょっと、こう、コウノトリ方式を適用したくなりませんかね?
小粋なジョークはともかく。
今回は婚約破棄をされた悪役令嬢を救済する男性キャラ(これも表現が長いので、以後はさくっとスパダリと呼称することにします)を見ていきたいと思います。
まずはスパダリのテンプレ的な特徴を見てみましょう。
・基本的に美形。
バカ王太子が「そこそこ」レベルなら、スパダリは「寒気がする」人外レベル。
それが呪い、傷や烙印、あるいは角などのスティグマによって損なわれている/逆に引き立っている場合もあるが、ものによっては悪役令嬢が手を尽くして傷痕や痣などを消し、美貌が世に認められるようになる、というプロットもテンプレ。
バカ王太子と同等レベルであっても、美形の方向性が違うパターンもままある。第二王子が腹黒わんこ系とか、ありがち。
・髪や目の色が、バカ王太子と対照的であることが多い。
バカ王太子と同母兄弟などの設定でもない限り、半分血のつながりのある異母兄弟であっても、正反対の色合いになる。
バカ王太子が金髪碧眼ならば、黒髪紅眼など。
色調は悪役令嬢に近い、強い色であることが多い。
髪質はほとんど描写がない。特に巻き毛指定は皆無に近い(筆者調べ)。長髪であることもままある。
・長身。
バカ王太子、およびその分身とも言える逆ハーメンバーの筋肉担当よりも体格に恵まれている。
ただしコメディでもないかぎり、ボディコンテストで見るようなムキムキマッチョ的描写はされない。
・バカ王太子よりも格上。
バカ王太子が第一王子で王太子なら――表現がややこしいですが大丈夫ですよね?――、同国の貴族ではなく、強大な他国、しかも王国に対して帝国など国の格も上。
バカ王太子に対して皇帝、もしくは皇太子などのように、地位も上。当然持ち合わせる権力も上。
前述の第二王子が腹黒わんこ系などの場合、バカ王太子を蹴落として王太子になる、などの展開があるため、これもまたバカ王太子よりも格上(進行形)といえるかもしれない。
・有能
バカ王太子のように、自身の高い地位にあぐらをかいて躍進の機会を逃す、ということがない。地位にふさわしい能力を保つための自己研鑽に余念がないレベル。
時間軸によって立場に変化のある第二王子展開では、「将来の地位にふさわしい能力を~」と読み替えるべきか。
・強力
魔術の才、知性、武勇、富裕など地位や階級以外の面においても強力。
その強大な力は、時にラスト一行で悪役令嬢を加害した国一つ滅亡させるほど。
・人を見る目がある
甘言に踊らされるバカ王太子とは逆に、眼を掛けた人間や近づくことを許した側近はほぼすべて有能かつ忠実。
また悪役令嬢の努力や美点を見抜き、率直に賞賛する美点もある。
・女嫌いなど一部対人能力的に欠陥があっても、それを補ってあまりある気配りができる。
特に、バカ王太子のように「○○だから愛されて/尊敬されて当然」と、自身の立場と他者の感情を短絡させて考えることがない。
いくら俺様キャラであっても、また国王と平民、雇用主と労働者、あるいは上司と部下という力関係があっても、よく仕事をするのは自分を愛しているからだ、などと頭の沸いた変換をすることがない。
・保守に対する変革者。
バカ王太子を担いで事足れりとする国のシステムを大きく変えてしまう力を振るう。
国より悪役令嬢一人を重きとなし、悪役令嬢のためなら国すら滅ぼす。
というところでしょうか。
見てもらうとわかるように、バカ王太子の持つ価値である、「顔と権力と地位」すべてにおいて上位互換であり、能力や内面、行動力においてはバカ王太子と真逆というのがスパダリの造形であるわけです。
では、そのように造形されるスパダリとはいったいなんなのでしょうか?
バカ王太子が、読み手が自己投影するためのキャラクターではなく、婚約破棄というイベントを発生させる装置であり、産んだことのない長男に対する憤懣をぶつけ、ざまあによって叩くための的であるというのは前回見てきました。
ならば、スパダリもまた、ただのキャラクターとはいえないのではないでしょうか。
筆者はこれもまた、バカ王太子とはある意味同類であり、溺愛というイベントを発生させ、読み手が自己投影するキャラクターを慰撫し、満足させる装置であると考えます。
ちなみに。
よく、「王侯貴族は美形好みだから権力による収斂作用で美形揃いになる」的な設定を見かけたりするのですが、実際の王侯貴族の肖像画を見てみると、案外そんなことはなかったりします。
時代的宗教的に一夫一婦制がしっかり守られてたり、庶子には継承権が認められないなどの制約があり、基本的に同レベルの身分間での政略結婚には使われないなど、扱いが下がってるといったこともあるのかもしれませんが、歴代の肖像画を見比べると、じつによく似てることがわかります。
しゃくれた顎とか鷲鼻とか、いや、遺伝子って結構強力。
もちろん、お肌や髪の手入れに力を入れていれば、そのぶん美人度は上がると思いますが。
何が言いたいかというと、現実的なことを考えるならば、「美貌」と「権力・地位」に相関関係はほとんどない――政略結婚では、美醜よりもまず血統の正当性が問題なので、王や王太子が、王妃や王太子妃や王女がブサでも禿げてても当たり前――なのです。
なのに、なぜ、異世界恋愛ジャンルで、美形であること、貴種であることと権力を持っていることがワンセット扱いされるのか。
それが、女性の求めるトロフィーだからではないかと筆者は考えます。
社会的・経済的に成功した男性が、己のステータスシンボルにするため結婚した女性は、肉体的外見的魅力――「若さ」と「美しさ」、ごくまれにすでに社会的経済的に何らかの成功を収め「知名度」も持ち合わせる場合がありますが――、女性もまた、自らの成功の証の一つに「美しさ」を求めた結果がバカ王太子やスパダリの美貌ではないかと考えます。
バカ王太子が悪役令嬢を冤罪に落としてよく言う台詞の一つに、「王太子妃という地位と権力に執着しての醜業」的なものがあります。
また、ヒドインもバカ王太子のもたらす「王太子妃という地位と権力、そしてバカ王太子の顔」を奪り合う競争相手として悪役令嬢を想定するからこそ、悪役令嬢を婚約者の座から蹴落として嘲笑を浮かべたりします。
悪役令嬢へ婚姻を強制する場合も、地位や権力はともかく、老人だったり外見的魅力に欠ける相手へのものだったりします。
が、スパダリという、バカ王太子よりはるかにトロフィーハズバンドとしては優秀な存在が現れることで、バカ王太子の価値は相対的に低下し、悪役令嬢の社会的立場は回復しすぎて、成功どころか天元突破状態になるわけです。
ならばそのトロフィーは完全無欠であるべき。ヒドインの持つバカ王太子というトロフィーをあらゆる面で凌駕してこそ、悪役令嬢はヒドインに対する勝利を確実なものにできるというわけです。
加えて、これまでずっと家族やバカ王太子、国に使役され、労働の成果を搾取され続けてきた悪役令嬢が、ようやく報われる。
誰かの努力を認め、与えるのではなく、スパダリに努力を、そして成果を認められ、与えられる側になる。
与えられるのはかつて持っていた富や権力以上のそれだけでなく、これまで与えられることのなかった愛も。
バカ王太子のいう「真実の愛」が、政略結婚で結ばれる友好関係や身分社会制度といった既存の社会的秩序、バカ王太子との間に(あったとすれば)友情や同士としての肯定的評価といったものをすべてぶち壊す方向で機能するとすれば、スパダリの愛は、因果応報、秩序の回復といった方向へ働いているともいえます。
これが悪役令嬢ものにおける婚約破棄からざまあ終了、ハッピーエンドまでの流れであるということを考えると、スパダリの存在はすべての状況を悪役令嬢のいいように整えるもの、ということになるのでしょう。