聞け労働者の歌~仕事させるなら対価をよこせ!
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
サブタイトルをちょこっと変えました。
婚約破棄とざまあについての三回目、今回は婚約破棄をする男性キャラ(前回に引き続きバカ王太子と呼称します)から見ていきたいと思います。
このバカ王太子のキャラクターを見ていきましょう。
・高位貴族、または王族
だいたい第一王子で、王位継承権第一位(王太子)。
・基本的に金髪碧眼、見た目だけは整っていることが多い
・悪役令嬢とほぼ同年齢、もしくはやや年上
・優秀であることはあまり期待されていない
国のトップが優秀でなくても、平時であれば十分国は安定している。
・地位を振りかざすわりに、地位にしか注目されないと疎んじるところもあり、強烈に依存しながら拗らせている。
・直情、短慮、無分別
・没落エンドは下位爵位を与えて監視。もしくは平民に落とす、鉱山奴隷にするなど慣れない肉体労働職に就かせる。オプションとして、ややこしい庶子をばらまかないように断種措置がされたりもする。
なお、断種=不能(なにがだ。ナニかだ)ではないらしいが、さほど詳しい描写はされない。
・他国の王族の後宮に(場合によっては逆ハーメンバーもろとも)売り渡されたりする。女性キャラクターの没落エンドとして描写される娼館落ちに相当するのかもしれない。
てなところでしょうか。
一言で言って、「見た目と身分はいいが中身が残念」というのが定番でしょう。
なぜ人間的にお粗末であることが必須かというと、婚約破棄を行う装置としての理由づけの部分が大きいように推測できます。
国と貴族の力関係などを鑑みて定められた政略結婚を、自分の判断だけで破棄しようとする。これはもう、無能で直情というキャラクターでもなければ、そこまで感情的な、理屈に合わない行動をするに足る理由がないというわけです。
もっとも、さらに残念な方向にひねりが入ると、断罪を既成事実にするため国王などの最高権力者が不在の場で婚約破棄を狙う、周囲の人間が既成事実を正当化するよう動くことを見越して、偽証などでその場を糊塗するなどという行動に出たりもします。
いくつかの異世界恋愛ものを見てみると、偽証で悪役令嬢を貶めようとするのは、ヒドインばかりではないようです。
王太子の身分を捨てるため、身分を超えた恋愛という設定を利用しての婚約破棄という、深謀遠慮タイプが描かれることもありますが、かなりの例外です。
身分が優れている理由は、主に二種類あるようです。
一つは、バカ王子自体がそれなりに権力を持っているからこそ、愚かな権力者として、悪役令嬢を傲慢にその強権で叩きのめし、貶めることができるようになるという、物語における設定上の必要性。
もう一つは、ヒドインに狙われるターゲットとしてのうまみ。
ターゲットとしてというのは身も蓋もない理由のようですが、身分にはそれなりに資産というものがついてくるので、これまたさらに狙うに足りる価値が付与されているわけです。
ヒドインがターゲットにするだけの価値としては、容貌の美しさも見逃せないところです。
ただ、それもじっくり見てみるとおもしろいことがわかります。
逆ハー系の設定がある乙ゲーや小説などの創作物に転生しちゃった系の異世界転生ものでは、バカ王太子の容貌はたいしたことがありません。
いや、モブからすればたしかに群を抜いているんでしょうけど、比類なき唯一無二の美貌とまではいかない。
特に、対照的な存在である悪役令嬢を窮地から救いに来るヒーローに比べたら、一段も二段も劣る。
ヒーローにヒドインがうっとり見とれるのに嫉妬する、なんて描写もよくありますね。
なぜ、そんなことが起きるのでしょう?
筆者は、バカ王太子はキャラクターたちの基準の一つだからと考えます。
逆ハー仲間と比較すればわかりやすいでしょうか。
バカ王太子は、脳筋騎士に比べれば剣技は優れているわけでもなく。
腹黒眼鏡に比べれば、知的優位は持ち合わせず。
次代魔術師長や祭司長の血族に比べれば、魔術は使えるかどうかもさだかでなく。
商会の息子のように資金を気安く放出することもできない。
さらに悪役令嬢に比べれば、努力もせず実務的な才能もなく。
ヒロインに比べれば健気でもなければ光魔法のような特殊能力もあざとかわいさもない。
悪役令嬢を救うヒーローのような愛情も、美貌も、一国を黙らせるほどの力――権力でも魔力でも武力でもいいですが――もない。
他のキャラクターは、キャラクターが立っている部分と、とんがった能力が重ね合わさるように存在しています。
それに対し、バカ王太子は突出した部分というものが、あえて存在しないように作られているとみるべきでしょう。
乙ゲー世界への転生など、物語の設定上、不細工は許されないが、すべてが平均値、もしくは標準値だからこそ、必ずどのキャラクターよりも劣った部分が生じる。
つまり、バカ王太子は他のキャラクターの引き立て役として最初から設定されているのです。
総合的には他のキャラクターと同等ではあるのですが、奮起努力して万能の秀才になるというルートは、悪役令嬢を見返す、などの動因がないと出てこないでしょう。
前回では、悪役令嬢とヒロインについて分析をしてきました。
家族や婚約者、配偶者からの無視や冷遇に耐え、実務的な活動に邁進する悪役令嬢。男性優位の社会制度に適応せざるをなく、むしろ過剰適応することで優秀であることを示すしかなく。
自分の能力や努力は、それでもいつか誰かが必ず認めてくれる。だから働くことはむしろ喜びという、社畜系……げふん、いや経済的にも自立している、もしくはそのような生き方をよしとする、現実の社会人やってたりする現代日本女性が自己を仮託するに足りる存在。
誰からも愛されて最終的には幸せになる結末、欲張らず一つの成果だけを求めればハッピーエンドが待っているヒロイン。
たとえ第一印象は『おもしれー女』でも、最終的には相手の心をがっちり掴み、一顰一笑に一喜一憂させるくらいには振り回すことができるようになることが、相手との力関係での勝利と捉える『告らせたい』女性が。
他の男性より地位や立場、能力容貌のすべての面で否定されることないハイスペックな相手を捕まえることが恋愛の勝利であるかのように、極めて個人的な感情の問題である恋愛で他者の目を意識せざるをえないように、常に比較し続けられてきた女性が、自己を仮託するに足りる存在。
どちらも読み手――おそらくは、主に女性――が求める、欠点のない相手に愛される喜び、選ばれる快感を満たしてくれるものです。
それに対し、バカ王太子は読み手が自己投影するためのキャラクターではなく、婚約破棄というイベントを発生させる装置であり、ざまあによって叩くための的、物語上のしかけに近いようです。
では、バカ王太子には、読み手によって、いったい何が投影されているのでしょう。
繰り返しになるかもしれませんが、婚約破棄からのざまあのテンプレプロットを確認してみましょう。
・バカ王太子が悪役令嬢に婚約破棄を言い渡す。
劣等感などによる好悪あっての後付け正義、相談女への義憤といったものが背景。
バカ王太子自身は理性的に正義を執行しているつもりでも、その判断の根幹は感情的なもの。
悪役令嬢には自分よりもさらに感情的な性質を押しつける。(嫉妬による攻撃として罪状をでっちあげるなど)
・悪役令嬢、婚約破棄の不当性を正論で殴る。
・バカ王太子逆切れ。
自分のコンプレックスをどさくさ紛れに叫んだりもする。(『女のくせに』『男を立てろ』など)
すでに悪役令嬢が有能な婚約者として、執務をさせられる、など労働が課せられているときもあります。
・ヒドイン泣き真似をして悪役令嬢を陥れようとする。それに対してバカ王太子お花畑学芸会を繰り広げる。
・悪役令嬢、婚約破棄を受け入れて去る。あるいは国外追放や殺害されたりする。
なお、殺害は汚名による社会的生命の抹殺に留まる場合も。
物理的生命的なものだった場合、悪役令嬢が転生する、ループするなど立場は同じでやり直すパターンと、ゾンビや魔族など、人外化して人間をやめて別天地に去るパターンがある。
・バカ王太子、悪役令嬢という強力な政治的実務能力的バフを失う。
それにつれて、ヒドインも没落する。あるいは命を落とす。
・零落したバカ王太子、悪役令嬢に復縁を要求する。
拒絶されて『愛してないのか』『浮気していたんだな』などと暴言を吐いたり、『愛していない』と宣言されてショックを受けたりする。
以上のテンプレプロットからは、バカ王太子が直情的であり、悪役令嬢に対し能力的に劣っているという設定だけでなく、劣っていることを自覚し、劣等感を抱いていること、それでいながら愛されていて当然と考えていることも読み取れるでしょう。
一番わかりやすいのが、元サヤを要求しにくるが拒絶される時のバカ王太子の行動です。
ダメもとで土下座してでも謝罪するパターンより、悪役令嬢『が』自分を愛しているから悪行を行った、と脳内変換したバカ王子が、上から目線で迎えに来るパターンの方が圧倒的に多いように思われるのですが、いかがでしょうか。
これには、没落していくバカ王太子を中途半端にいい人にすると、きっぱり助力を断ってしまうと後味が悪くなり、ざまあの爽快感の妨げになる、という、書き手の意図もあるのでしょうが。
しかし、女性に愛されることを当然とみなし、その奉仕、労働を要求する存在って。
……覚えがありませんかね?特に、子どもがいる女性には。
筆者は、バカ王太子には主に女性中心の読み手の男性配偶者が投影されていると推測します。
俗に言う、産んだ覚えのない長男。
産んだ覚えのある長男こと、ご自分のお子さんも投影されているのかもしれませんが……。
以前拙文で、日本のジェンダーギャップ指数が世界的にかなり低位だということを取り上げましたが、2023年現在のジェンダーギャップ指数が6月21日に発表されました。
2022年の146か国中116位から、さらに低下して146カ国中125位へ。
健康や教育面では比較的良好なスコアが、政治や経済面で足を引っ張られているという傾向は変わらないようです。
コロナ禍によって、ジェンダーギャップは世界的に悪化したといわれます。
男性の収入の方が女性の収入より多く、昇進や政界進出も男性に対し女性が少数に留まっている。その一部をなしているのが、高等教育就学率に見るように、進学費用を振り分ける時にも男性の方が女性よりも優先されているという状況だったりします。
経済というとスケールがわかりにくいですが、家計で見るとわかりやすいですね。
それが結果的には『見えない労働』として女性の負担を無視して、それでコストが軽減されたという錯覚を起こしているわけですが。
結果として、経済情勢の退嬰につながるという悪循環が発生しているように思われます。
結婚しても共稼ぎであるにも関わらず、家事のほとんどを女性が分担している――させられるというのはよくある状況でしょう。
ちゃんと家事を同等にやっているよと主張する『家事』が『ゴミ捨て』――ほんとうに、ゴミを玄関からゴミステーションに持って行くだけ、という不満をお持ちの方も多いと思います。
それはひとえに『家事をやったことがない』から『家事だと認識していない』、あるいは『一人暮らしではない以上、誰かが家事をやってくれるのが当然になっている』からではないでしょうか。
男性主人公の異世界ものを見ると、近年リアルで発生したソロキャンブームの影響のせいか、虫や蛇を食べるというサバイバル飯系から、ややキャンプ飯的な自炊を行うキャラが増えてきたように見られます。
以前の『ネットショッピングでポチった既製品でグルメしたらバフがついてくるチートだった』的な設定から比べると、大きな変化のように思われます。
ですが、掃除や洗濯といったその他の家事をやる男性主人公が描かれることはあるのでしょうか。
なお、個人的には食の嗜好は意外と保守的なものであることを考えると、化学調味料の普及の歴史を考えても、食べ慣れないものがそうそう異世界で受け入れられるかは疑問だと思っています。柔らかすぎるパンは現代世界でも否定的な評価があったりしますし。
話がずれましたが、生活経験が積みづらい箱入り息子にとって、『誰かが雑事をやってくれるのが当然』であるからこそ、やってもらえなくなった時のことなど想定できず、うろたえる、ということが言えると思います。
バカ王太子がなにゆえにバカなのかという理由にも通じるところがありますが、知るということも教えてもらわなければ知ることはできないわけです。
当然、理解し、どう行動すべきか考え、判断し、行動する、なんてこともできない。
結果、与えられたものを貪欲に消費するだけで、なぜ与えられているのかにも疑いを持たず、だからこそナチュラルに利益を享受しながら浮気や婚約破棄ということをしでかしたりする。
だけど悪役令嬢も婚姻、もしくは婚約という疑似婚姻関係による束縛がなければ、一方的に労働を搾取される関係に耐える必要はないわけです。
以前返報性について書いたかと思いますが、愛を一方的に注ぎ続けることは相思相愛を求める人間にはできない。
愛するなら愛されたい。もっというならただ愛するよりは愛されたい。
人の愛には見返りが必要なのです。アガペーは人の手に余る。
これを現代女性の心情に意訳するなら?
「あれしてね」「これしといてね」と仕事を投げてくる上司。「ちゃんと仕事してますよ」「褒めてくださいよ」と承認を求める部下。
肯定ばっかり迫ってくるくせ、「女のくせに」「女だから」と二律背反の否定ばっかりしてこられてうんざり。
あげくのはてに、欲しがる肯定をくれるからって相談女にほいほいひっかかって、かわいいとちやほやするって。なにそれ。仕事しろし。
そんな気持ちも表に出したら、ただの嫉妬扱いされるし。
家では家で自分が早く帰ってきても家事をしてくれるわけでもない旦那に息子。あれやってこれやって要求ばっかり。
その上、女捨ててるとか、ときめきが欲しいのになくなったとかいう文句。
なくしたのはあんたらのせいやで?それでつまらない女に引っかかるくらい色ぼけするとか。百害あって一利もないわ。
……というところでしょうか。
婚約破棄でも、離縁ものでも、なぜバカ王太子は自分が差し出したわけでもない地位や立場の対価として、悪役令嬢に労働を要求してくるのか。
地位や立場を失って――あるいは失ってもいいから、面倒見切れんとばかりに去った悪役令嬢に、愛しているから○○しろ、と愛の対価として労働を設定してくるのはなぜなのか。
そもそも自身の立場や地位に対し、対価を支払っていないのに保持できると思っている、もしくは維持するのに努力が必要であると意識していないのはなぜなのか。
してもらって当然だったからでしょう。
ですが、労働には対価が必要なのです。
悪役令嬢だけではありません。ヒロイン――いや、ヒドインも労働を実はしているのです。
感情労働というやつを。
感情労働と頭脳労働、その両方を搾取される女性たちに対するバカ王太子の言い分は、身分などの外付け価値がなくなっても、これまでどおり仕事の代行+欲望の充足をしてくれるよね?だって愛があるんだもの、ということになります。
ですが、真実の愛とやらがうすっぺらく対価にならないのは当然のこと。
そもそも、対価としてカウントした時点で、「打算がある」=「真実の愛じゃない」ということなんですから。
労働させるなら対価をくれ、同情するなら手を貸してくれ。
いらない荷物を振り捨てて、自分の足だけで立って進めるように。
それが婚約破棄ざまあに含まれるメッセージだというのは、うがち過ぎでしょうか。