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婚約破棄がお好きでしょ?

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 前回はなろうテンプレの中でも話の舞台となる、学園と家庭について取り上げてみました。

 今回はシチュエーションについて見ていきたいと思います。

 学園ものでも家庭内ものでも、登場人物の関係性が破綻するところから始まる話というのが恋愛もの、ざまあものには多いように思われます。特に婚約破棄は異世界恋愛のみならず、現代ジャンルでもタグにつけられていることが多い。

 ですが、なぜ婚約破棄はそれほど人気なのでしょう?


 順に見ていきましょう。

 まず、婚約破棄がイベントになるには、当然婚約がされていなければいけません。

 破棄を言い出す側は最初から悪感情を相手に抱いていることもあります。が、婚約締結上は、特に問題ありません。政略結婚が異世界恋愛では特に基本だからです。

 政略結婚は、結婚する当人たちの意向は関係ありません。家門同士に利益あって締結される契約の一環にすぎないわけですから、結納金や化粧代名目での金銭や領地の譲渡、あるいは提携事業の協力の証明という意味があってすること、と言ってもいいでしょう。

 ある意味、人質交換に近いビジネスライクなもの。というと、戦国時代の豪族同士の嫁入り婿取りなどのイメージさえ重なりますね。

 ビジネスである以上、情勢の変化により契約内容が履行できなくなるとあれば、条件を設定して再締結をしたりします。不可能であれば破棄を。また違約金などの支払いが拒否されるなら、その代わりに人質の人命が費やされることもあるでしょう。

 いずれにしても、婚約は契約であり、信用のある間は結ばれ続けるものだといえるでしょう。


 が、ここに、当事者同士の不満、また男尊女卑のバイアスなどが絡んでくるわけです。

 よくあるのが家門同士の契約を円滑に継続するために、婚約者同士の義務不履行が――不貞が見過ごされる。

 ここまでならば組織の利益の前に個人の損害は無視される、というだけですが、そこでダメージを負うのは女性として描かれることが多い。

 恋愛ジャンルでは、女性としての尊厳を踏みにじられるだけでなく、優秀な人材としても使い潰す勢いで酷使される様子も描かれたりします。

 男尊女卑バイアスに苛まされる女性の姿を描きやすいためか、ナーロッパ中心の異世界恋愛系、封建的な社会が背景として設定されやすいようです。


 契約である以上、相互の譲歩と妥協の範囲内であれば、信用が担保されているうちは譲歩されます。

 が、たとえば下請けのような立場の弱い相手であっても、長期的に利益にならないどころか損しか出ない仕事を押しつけたり、支払いが口約束で無期限延長、というように信用が無価値になるようなことをすれば、通常契約は切られて当然。

 つまり、婚約も契約の一種と見るなら、損を押しつけられている側からでも婚約破棄は主張して当然なのです。

 が、よく見る異世界恋愛作品では、ほとんどが恋人を抱えて登場し、相手の不貞を糾弾するなどと戯言を抜かす男性から女性に婚約破棄が宣言されます。しかも女性には事前の交渉抜きで、第三者集団の目という、一見客観的に見えながら、実は情報操作によってバイアスをかけまくることが可能な不当評価で悪役に仕立てるというね。


 さて、なぜこの場合、男性キャラクターは優秀な人材である婚約者に対し、一方的な負担を対価を支払うことなく押しつけ、むしろ使ってやるからこそ、ありがたいと思え、という行動を不用意に取れるのか。

 筆者は婚約者がそれまでの扱いに対し、利益を享受してきた、と男性キャラクターが認識しているからだと考えています。

 その利益とは何かというと、「男性キャラクターの婚約者としての立場」「結婚相手としての男性キャラクター」そして「男性キャラクターの愛」(うげ)。

 よくある断罪シーンに「国母にふさわしくない」とか、「だが側妃にしてやろう」などという、救いの手を装ったつもりの下心満載台詞が出てくるのは、女性キャラクターがそれらの利益を希求している、という想定があるからなのでしょう。


 特に、「男性キャラクターの愛」。それを得たヒドインがざまあなゲス顔をする、というシーンが描かれるのも鉄板です。

 が、この、対価として代用貨幣なみに気安く扱われる「愛」とは、どうやら主に肉欲を指すようです。

 婚約破棄からの女性が幸せになろうとする時「浮気してたのか」となじる台詞が出てくるというのも、同根の思考によるものでしょう。


 愛があれば相手のためになんでもやってあげられるという考えがあってのことだと思いますが、無条件でなんでもやってあげるのが愛かというと、そんなわけはまったくないんですよね。

 ですがあいにくとこの男性キャラクターの思考、現実世界でもする人間はするようでして……。

 たとえば、「愛してやるから」「セックスしてやるから」というご褒美をぶらさげて「仲直りしよう(こっちが悪いとか忘れて、険悪で居心地の悪い雰囲気は解消しろ)」という言動、見たことはありませんかね?

 別バージョンとして「愛してないのか」などもありますね。


 それらをきっぱりと拒絶、無価値どころかマイナスだと明言する作品が増えたのは、女として、性的な対象として見られることに価値があるのは、女として、性的な対象として見られたい相手限定であるという主張なのかもしれません。

 自分のセクシュアリティに対応しない相手――同性愛者ならば異性愛者、異性愛者ならば同性愛者が一番わかりやすいでしょうか――に言い寄られて、それがご褒美になるか、ちょっと考えてみればわかるでしょう。

 対象外の相手には、尊重はされたいが欲情はされたくない。性的対象として勝手に消費されたくはない。それが女性の、いやたいていの人の感覚じゃないかと思います。

 対象外の人間にも欲情されることに、自分の性的価値を実感して嬉しく感じるという人も、まあ、いないわけじゃないのかもしれませんが……。


 ついでにいうと、返報性という概念が心理学にはあります。好意を持つ相手に好意を返したくなる、つまり好かれている相手に好意を持つようになるんだそうです。

 当然、逆もあるわけで。

 よくある婚約破棄宣言キャラクターの、「自分は婚約者が嫌いだ!なのに婚約者はずっと自分を愛してる!そのせいで、婚約者が真実の愛の相手に危害を加えた!断罪だ!」というお花畑思考。

 無理があるんですよ。自分を嫌ってる相手になんかしてやろうとするくらいなら、よけてとおった方がはるかにラクという意味でも。


 再度婚約破棄に話を戻しましょう。

 なろうで描かれる婚約破棄というのは、言い渡す側――たいていが男性――が上げる理由が「真実の愛」というのがテンプレです。

 政略結婚、つまり同盟関係の維持などの目的達成という正当性ではなく、感情の充足を求めて行われたもの。

 理性的ではないというだけでアホと判断できますね。状況によっては他人の思惑に踊らされてたり政争の材料にされていたりします。


 それに対して、破棄を言い渡された側――たいていの女性――は、正当性を問題にします。

 つまり正論、常識で殴る。「両家の当主による許可が必要です」というやつですね。

 加えて、戦後処理を事務的にしようとします。「婚約破棄、承りました」と。

 それによって自身の正当性を保とうとする。

 プラス、計算ができるかできないかはありますが、計算ができるタイプだと、契約関係の条項が完成した後で、証拠により現実をつきつけてとどめを刺したりもします。「慰謝料が発生します」とかね。極めて理性的に。


 理性的な計算ができず、悲嘆にくれ、思考停止に陥る場合ももちろんあります。

 この場合、その場では負け犬となっても、周囲の人が助力したり解決までしてくれたりする、という展開もあります。流され系ヒロインのハッピーエンドや、ハッピーエンドを導く腹黒スパダリが暗躍する系のあるあるですね。


 婚約破棄が学園を舞台に展開されることが多い一方、家庭内ものでは婚約破棄との共通点が多いシチュエーションがもう一つあります。それが既婚者の離縁ざまあです。

 既婚者の離縁ざまあってなんぞ?と思われても当然、筆者が作った言葉ですので。

 でも見たことはありませんか?初夜で「君を愛することはない」からの「白い結婚」シチュエーションとか。

 不思議なことに「君を愛することはない」とかほざいた男性が、離縁を突きつけられた挙げ句にうろたえて、浮気しているんだな、とか、愛してるんじゃなかったのか、なぞとだまされたような被害者顔をするのもよくあるシチュエーションのようですが。

 

 この離縁ざまあの場合は、女性側が離縁を言い出すことの方が多いようです。

 これは男性側が女性を冷遇していることに不都合がないと思っているからではないかと、筆者は推測しています。

 なぜかというと、いくつかバリエーションがあると思うのですが……。

 ・冷遇が女性の心を折り、男性にすがりつかせる手段であるもの。

 ・妻という名目の、代理権を与えた家政を司るための使用人であるという認識。

 ・女性を働かせて利益を吸い上げるのに、妻という名目を与えているから。

 などが考えられるでしょう。

 そりゃ男性側にデメリットがないわけです。デメリットがないなら、デメリット解消のための離縁を言い出す必要もないわけです。


 一部ビジネスライクな部分を切り取ると、現代恋愛、特にオフィスものにも出てきたりしますね。

 彼女に仕事を丸投げしておいて浮気。別れようと言われて、慌てて愛を持ち出す、という展開。


 具体的な数値統計は持っていませんが、ざっくりランキングの作品を拝見しただけでも、婚約破棄の方が離縁ものより多いように思われます。

 では、なぜ既婚者の離縁より婚約者の婚約破棄が多いのでしょう。

 筆者はそこにダメージの軽減、という理由があると考えます。

 結婚していると、どうしてもその継続期間、年を取る。

 また女性には実際はどうかはさておき、社会的には純潔として扱われなくなるというダメージがあります。

 恋愛や結婚を抜きにすればそこは軽減できるかもしれないですが、社会的な評判などを考えるとやはりダメージはあります。それは次の恋愛や結婚に踏み出しにくくなるということになるのではないでしょうか。

 いっそのこと、それを逆手にとって、超長命種族のキャラクターにおける婚約破棄や離縁ざまあを描いたら、どのようになるんでしょう。ちょっと見てみたい気もします。


 上記の婚約破棄や離縁というシチュエーションは、恋愛ジャンル作品に多く見られる傾向にあります。

 が、それ以外のジャンルにも、婚約破棄や離縁の扱われている作品がないわけではありません。

 ですがハイファンタジーの男性主人公ものなど、おそらくは男性向けに書かれたと思われる作品では、婚約破棄は、『それまでの人脈や社会的地位の喪失』、つまり没落の一部として扱われているように見られます。

 あるあるなのが、『高位貴族の家に生まれた男の子が、スキル獲得の儀式でハズレと見なされ、追放される。婚約者は弟に奪われた』というやつですね。

 相手の婚約者当人の意志はあまり関係なく、主人公の家や婚約者の家の判断によって婚約破棄、あるいは解消が行われている、というところも大きな違いでしょうか。

 女性のように、婚約破棄と冤罪からの一門死罪&集団陵辱や奴隷化による人間としての尊厳剥奪――特に人間としての尊厳毀損、陵辱については、『なろう』のように描写についての規定が設けられているサイトであるにもかかわらず、それがあったことが精細にではなくても示されるというあたり、そうしなければならないと考える書き手側の理由があるのかもしれませんが――が、男性主人公の婚約破棄ものには見当たらないように思われるのはなぜでしょう?


 離縁ざまあが少ないのも恋愛ジャンル以外の大きな特徴でしょう。

 これには、男性主人公にはたとえおっさん系でも既婚設定が少ない、ということもあるのでしょう。

 ではなぜ既婚設定が少ないのか。

 このあたりの差異もなぜ生じているのか、追求するとおもしろそうです。

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― 新着の感想 ―
興味深く拝読しました。 「婚約破棄がお好きでしょ?」笑 異世界恋愛書きとしては、もう避けては通れない問題でして笑、 めっちゃ熟読しました。離婚ざまぁも。 こちらの本文でも言及していますが、男性側が女性…
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