第4章 「ラジコンカーが取り持った、俺達の友情」
息子の仁志は、俺の長い昔話を最後まで黙って聞いてくれていた。
腕白なガキ大将だった俺に似ず、本当に良く出来た素直な奴だよ。
「このラジコンカーが黄金野さんって人の持ち物だとしたら、父ちゃん達が小学生だった時代から現代に彷徨い出て来たって事になるのかなぁ?」
「ああ…修久が言ったみたいに、時空乱流に巻き込まれてな。」
やっとの思いで口を開いた息子への返事にしては、イマイチ締まらない内容だったな。
予期せぬ出来事に直面したら、常識に凝り固まった大人なんて、所詮はこんな物だよ。
それに比べたら、厄介な先入観に縛られていない純粋な子供ってのは、未知の物に対して目を見張る程の適応力を持っているんだから、本当に驚かされちまうぜ。
「だったらさ、父ちゃん…このラジコンカー、黄金野さんに返してあげたら良いんじゃねえか?きっと黄金野さんも喜ぶし、父ちゃんの気まずさだって解消されるはずだよ。」
何しろ俺の抱えているラジコンカーを一瞥するや否や、こんな事を言い出すんだからな。
「ああ、全くだ…お前の言う通りだぜ、仁志!俺は仁志に言われるまで、呆気に取られて気付かなかったぜ。『負うた子に教えられて浅蜊を探す』って、きっとこんな時の事を言うんだろうな。」
「父ちゃん、それを言うなら『浅瀬を渡る』だよ。」
餓鬼の頃は同級生の黄金野に突っ込まれていた俺の言い間違いも、今は息子の仁志に訂正されるんだからな。
時の流れってのは、全く不思議な物だぜ。
−今日、息子と児童公園で遊んでいたら、小学生時代に失くしたあのラジコンカーが見つかった。近々届けに行こうと思うが、画像を添付するので確認してくれ。
クラス会で交換したSNSのアカウントにメッセージを送信したら、間髪入れずに俺のスマホへ着信が入ってきたんだ。
どうやら黄金野の奴も、今日は休みみたいだな。
『久し振りだね、鰐淵君。いや…今は鰐淵酒販の御当代にして、堺の地酒復活の立役者様か。お互い、親から引き継いだ家業を順調に切り盛り出来ているというのは素晴らしい事だよ。』
「お前も相変わらずだな、黄金野。そっちもブラジルの日本人街相手の新規事業を軌道に乗せて、お盛んにやってるそうじゃないか。」
子供の時と変わらない気障な言い回しに、思わず頬が緩んでしまうよ。
黄金野も親父さんの会社を引き継いで、今じゃ立派な青年実業家なんだからな。
色々変化の多い時代だが、こうして変わらない物があるってのは安心出来るぜ。
『フフッ。まあね、鰐淵君。本題のラジコンカーの話だけど、あれは間違いなく僕のだった。見付けて貰えて本当に嬉しいよ。そうだ!今度みんなで久々に集まって、このラジコンカーを肴に一杯やらないか?会場は僕の家だから、会費は要らないよ。』
「おっ!良いな、飲み会!修久とメグリちゃんも呼んでよ!」
この提案には、俺も大歓迎だったよ。
何しろ黄金野の家には立派なホームバーがあるから、ちょっとしたホームパーティーをやるにはピッタリなんだ。
全国各地の地酒コレクションの自慢話を聞かされるのは覚悟しなきゃならないけど、件のコレクションには俺が携わった地酒も含まれているから、そんなに悪い気はしないんだよな。
『そうそう!何しろメグリちゃんの弁護士事務所は中百舌鳥駅の近くだし、サラリーマンをやっている修久にしても、今も榎元東小の校区に住んでいるそうだからね。お互い忙しさを理由にクラス会以外ではなかなか集まらなかったけど、旧交を温めるのも悪くないんじゃないかな?』
俺達四人だけで集まろうとしなかった原因は、忙しさだけでは無かったはずだ。
−会えば必ず、あのラジコンカーの事を思い出してしまう。
そんな思いが、何処かにあったんだろうな。
だけど、今は違う。
何しろ俺達共通の心のシコリになっていたラジコンカーは、こうしてキチンと見つかったんだからな。
『僕の方から候補日をリストアップして送るから、久々に四人で集まって楽しくやろうよ。昔みたいにさ!』
「おう!頼んだぜ、黄金野!その日は俺も、身体を空けておくからよ!」
一見すると嫌味で皮肉な言動の目立つ気障な坊っちゃんだけど、本当は人一倍の寂しがり屋で家族や友達が大好き。
長所も短所もひっくるめて、アイツは今でも俺の知っている黄金野桂馬その人だったんだな。
それが確認出来て、本当に良かったよ。
「昔みたいに、か…」
通話の切れたスマホを見つめながら、俺は黄金野の言葉を繰り返していた。
「その黄金野って人達とは本当に仲が良かったんだな。良い顔してたぜ、父ちゃん。」
「へへっ…まあな、仁志!」
息子に指摘されるのも照れ臭い話だが、事実だから仕方ないよな。
親から継いだ酒屋を軌道に乗せて、優しい嫁さんと可愛い息子の居る家庭にも恵まれて。
だけど俺の人生も、まだまだこれから先の方が長いんだよな。
この長い人生、修久やメグリちゃん、それに黄金野の三人とは、何時までも末永く友達でいたい所だぜ。
何しろ俺達は、小学校時代からの心の友なんだからな!