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第3章 「児童公園の時空乱流」

 こうして黄金野からプロポを受け取った俺は、オフロードラジコンカーのパワフルな走破性を心ゆくまで堪能したんだ。

「ガハハハッ!流石はオフロードカー!俺様好みの馬力と根性、気に入ったぜ!」

 不安定な砂場も障害物も、小刻みな凹凸のあるレンガの花壇だって何のその。

 その力強さとダイナミックさに、俺はスッカリ魅せられちまったんだ。

「ね…ねえ、鰐淵君!あんまり手荒に扱わないでよ!まだ僕だって、二回しか動かしていないんだから!」

「そ…そうだよ、鰐淵君!次は僕の番なんだから!」

 そうしてプロポを独占している俺に、いよいよ痺れを切らしたらしい。

 黄金野と修久が、二人掛かりで俺に縋りついて来やがった。

 力では俺に劣る二人だが、左右から両肩を揺さぶってくるのには閉口したな。

「おい!止めろよ、二人とも!手元が狂ったらどうすんだよ!いい加減にしないと、お前ら纏めてギ〜ッタギタだぞ!」

 とはいえ、所詮は貧弱な坊っちゃんとヒョロヒョロのモヤシッ子。

 少し力を入れて身動ぎしただけで、アッサリとふり解けたんだけどな。

「うわっ!」

「ぎゃんっ!」

 必死に取り縋っていた反動からか、振り解かれた二人は尻餅ついてへたり込んじまったんだ。

「ちょっと、鰐淵君!」

 たちまち柳眉を逆立てるメグリちゃんだったけど、流石に今回ばかりは俺にも言い分があったぜ。

「しょうがねえだろ、メグリちゃん!先に手出ししやがったのは、修久と黄金野だぜ!これは言ってみるなら、占領体制って奴だ!」

「痛てて…それを言うなら『正当防衛』だよ…」

 すかさず入った突っ込みの声は、俺にとっては馴染みの物だった。

 国語の成績が優秀な黄金野は語彙力も高くて、俺が何かを言い間違えたら直ちに訂正に入る癖があるんだ。

 この時なんか、地面で打った尻を擦りながら立ち上がる最中でも突っ込んで来やがるんだもの。

 きっと自分の痛みなんかよりも、俺の言い間違いの方が余程に気になっていたんだろうな。

「ああ、そうとも言う!その正当防衛って奴だ!心配すんなよ、黄金野!最後に格好良くジャンプさせたら、修久の奴に譲ってやるよ!」

 そうして俺はプロポのレバーに力を込め、ベニヤ板を組み合わせたジャンプ台へ一直線にラジコンカーを走らせたんだ。

「どうだ、俺様の華麗な腕前は!」

 平地で充分な加速をつけさせた上で、一切の振れを排してジャンプ台を走り抜けさせる。

 そうして美しいフォームでラジコンカーをジャンプを成功させた俺は、得意の絶頂だった。

 後は勢いよく砂利を跳ね上げて着地したラジコンカーを修久の足元に急停車させ、修久にプロポを差し出してやるだけだった…


 ところが、それは永遠に出来なくなっちまったんだ。

「待って、鰐淵君!あれ、何か変だよ!」

 日頃のキザな振る舞いをかなぐり捨てた黄金野の狼狽した声が聞こえた頃には、もう遅かった。

「おおっ!!なっ、何だ?!」

 いきなり黒い穴みたいな物が現れたかと思ったら、スパイクタイヤを空転させながらジャンプするラジコンカーを飲み込んじまったんだよ。

 そしてそのまま、何事も無かったかのように消え去ってしまったんだ。

 狐に摘まれたような顔をした、俺達四人を残してな。

「ど…どうなっちゃったの、鰐淵君?」

「分からねえ、メグリちゃん…俺にはラジコンカーが穴に飲み込まれたように見えたけど…」

「そんな…困るよ、鰐淵君!次は僕が操縦する番だったのに!」

「何言ってんだよ、修久!お前は良いじゃないか、あれは僕のラジコンカーなのに…」

 どうにか我に返った俺達は、日が西に大きく傾くまで公園内を隈無く探し回ったんだ。

 けれどオフロードラジコンカーはおろか、部品の一つやオイルの一滴さえ見つからなかったんだ。


「どうなってんだよ…これだけ探しても見つからないなんて…」

「まるでラジコンの神隠しだ…僕の…僕のラジコン…」

 徒労感に打ちひしがれた俺の隣では、新品のラジコンカーを失った黄金野が泣きじゃくっていた。

 ボロボロと零れ落ちる大粒の涙が、ブレザーや半ズボンに水玉を作っていく。

 クラスメイトの余りにも哀れな姿に胸が痛くなった俺が思わず目を背けそうになった、その時だった。

「神隠し…もしかして、本当にそうなのかも知れないよ!」

 坊っちゃん刈りの地味な同級生が、妙に気負い込んだ口調で叫んだのは。

「どういう事なの、枚方君?」

「これはあくまで僕の仮説なんだけどね、メグリちゃん…」

 友人グループの紅一点に得意気に微笑みながら、坊っちゃん刈りの同級生は持論を展開した。

 修久の主張によると、児童公園に何の前触れもなく出現した黒い穴は、「時空乱流」と呼ばれる超常現象らしい。

 言うなれば時空の歪みによって生成されたブラックホールの一種で、バミューダトライアングルで発生している飛行機や船舶の行方不明事件も、世界中で発生している失踪事件も、この時空乱流の仕業だそうだ。

 そうして時空乱流に巻き込まれた人間や物体は、再び生じた時空の歪みによって何処かに吐き出されるまで、亜空間を永遠に彷徨い続けるらしい…

「それじゃあ僕のラジコンカーは、その亜空間とやらに飲み込まれちゃったって事なのかよ?だったら、僕のラジコンカーは何時になったら帰って来るんだい?」

「さ、さあ…それは時空乱流に聞いてみなくちゃ分からないなぁ。」

 身を乗り出して詰め寄って来る黄金野に、持論を語り終えた修久はタジタジといった様子で応じていた。

「明日にもヒョッコリと出てくるかも知れないし、僕達が大人になった頃に見つかるかも知れない。下手したら、このまま永遠に見つからないかも…」

「チェッ!何だよ、頼りない話だな。それじゃ何時になったら帰って来るか、まるで分からないって事じゃないか…とはいえ、無くなっちゃった物は仕方無い。また新しいラジコンを、従兄に頼んで作って貰うよ。」

 それから数週間後、黄金野は真新しいラジコン飛行機を俺達に見せびらかし、大和川の河川敷で巧みな操縦テクニックを披露したのだった。

 俺達に気を遣ってか、それとも本当に気にしていないのか。

 俺には聞く勇気が無かったけれど、ラジコン飛行機の操縦に耽る黄金野の得意気な様子には、ラジコンカーを失ったショックなど微塵も感じられなかったんだ。


 やがて俺達は進学のタイミングでそれぞれの道を歩み始め、直接会うのも年に数回程度という間柄になっていった。

 どんなに歳月を経たとしても、クラス会や飲み会等の機に顔を合わせれば、黄金野は俺達に昔と変わらぬ親愛の情を示してくれた。

 俺だって、修久やメグリちゃん、それに黄金野の事は今でも「心の友」だと思っている。

 だけどどれだけ思い出話に花を咲かせたとしても、あの行方不明になったラジコンカーの安否だけは、誰も話題に挙げようとはしなかった。

 ある意味じゃ、俺達全員の心のシコリになっていたんだろうな…

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