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第2章 「少年期に出会った心の友」

 あれは確か、俺が堺市立榎元東小学校の四年生だった頃に起きた事件だった。

 当時の俺は四年一組の中心的な存在で、同級生や近所の子供達を相手にガキ大将として君臨していたんだ。

 中でも特に馬が合っていたのが、黄金野桂馬(こがねのけいま)っていう同級生なんだ。

 腕利きの実業家を父親に持つ黄金野はキザなお坊っちゃんで、新しいオモチャやゲームを誰よりも早く手に入れては、友人達に見せびらかして自慢する悪い癖を持っていた。

 だけど黄金野には坊っちゃん育ち特有の鷹揚な所があって、自分のオモチャやゲームを俺達に気前良く遊ばせてくれたんだ。

 今から思えば、黄金野は俺のガキ大将としての威光が魅力的だったのかもな。

 俺だって、黄金野の貸してくれる最新のオモチャは有り難かったから、人の事は言えないよ。

 そんな具合で、当初は互いの利害の一致で始まった友情だけど、やがて俺と黄金野は兄弟分みたいな間柄になっていったんだ。


 あの事件が起きた日も、俺はこの児童公園で、他の友人達と一緒に黄金野の自慢話に付き合っていた。

「どうだい、みんな!ラジコンマニアの従兄から学んだ事の全てを注ぎ込んでチューンナップした、僕だけのオフロードラジコンカーだよ?」

 砂場の縁スレスレで急ブレーキをかけてチキンレースを披露し、登り棒の鉄柱をスラローム走行で自在にすり抜ける。

 プロポの繊細な操作で、黄金野はラジコンカーを自分の手足みたいにコントロールしていた。

 サスペンションからモーターに至るまで緻密に施されたラジコンカーのチューンナップは、持ち主である少年の身を包むプレッピースタイルと同様に、一分の隙も無い。

 完璧なチューンナップに、完璧な操縦テクニック。

 その二つを余す所なく披露出来て、黄金野は文字通りの有頂天だった。

「凄いよ、黄金野君!流石は関西ラジコン選手権の小学生チャンピオンだね!」

 俺の隣でラジコンカーの走りを食い入るように見つめていた同級生が、興奮覚めやらぬ様子で黄金野を褒め称えた。

 正直言って、この枚方修久(ひらかたのぶひさ)という同級生の特徴を説明するのは難しいな。

 体つきは中肉中背だし、服装だって無地の襟付きシャツと半ズボンという無難な組み合わせだ。

 髪型だって、可もなく不可もなしの坊っちゃん刈りだろ。

 そんな日本の男子小学生の最大公約数な外見に違わず、勉強もスポーツも飛び抜けて秀でた所の無い平均値。

 強いて言うなら、尖った所の無い地味さが、修久の個性になるんだろうな。

「ただのラジコン選手権じゃないぞ、修久。4WD車種限定の、オフロードミーティング大会なんだからな。」

 そんな修久の賛辞を受けた黄金野が、口角を上げて得意気に微笑んだ。

 コイツがこうやって笑う時は、誰かに皮肉や嫌味を言う時なんだよな…

「競技内容も詳しく知らずに御世辞を言おうだなんて、修久の癖に生意気だぞ!」

「そ、そんなぁ…ひどいよ、黄金野君…」

 まあ大抵の場合、そのターゲットは修久に固定されていたんだけどな。

 御人好しで大人しい修久には、ついからかいたくなってしまう隙があるんだよ。

「そうだぞ、修久!大体お前みたいにドジでグズな奴には、ラジコンカーみたいに反射神経の必要な遊びなんか無理なんだよ。」

 今となっては恥ずかしい話だけど、俺も黄金野に負けず劣らず、修久の事を随分とからかってしまったよ。

 小学生時代の俺達は、修久の優しさと温厚さに甘えていたのかも知れないな。


 だけど俺や黄金野は一線を越さなかったし、修久だって決して俺達に絶交を切り出さなかった。

 それと言うのも、俺達の友達グループには重要なバランス役が存在していたからなんだよ。

「そうだ、そうだ!鰐淵君の言う通り!修久みたいなドジは、あやとりみたいな大人しい遊びでもしているんだな!」

「やめなさいよ、二人とも!私達、友達でしょ?」

 調子付いた黄金野に向けて放たれた抗議の声は、小学校高学年女児特有の甲高いソプラノだった。

「め、メグリちゃん…」

 安堵の声を漏らす修久を庇う形で立った小柄な人影は、赤いジャンパースカートの腰に手をやりながら、俺と黄金野の二人を咎めるように睨め付けていたんだ。

 俺達のグループの紅一点である小倉(おぐら)メグリちゃんは、四年一組のマドンナと称される美人の女子生徒で、誰からも好かれる文武両道の優等生だった。

 だがメグリちゃんが皆から好かれる理由は、単なる容姿の美しさや成績の良さではなく、弱い者いじめや差別を決して許さない正義感の強さにこそあったんだ。

「枚方君、何も悪い事なんて言ってないじゃない。枚方君が大人しいのに付け込んで、好き勝手な事を言って憂さを晴らそうだなんて…みっともないとは思わないの?弱きを助け、強きを挫く。ガキ大将なら、そうあるべきじゃないの?」

「わ…悪かったよ、メグリちゃん!ちょっとからかっただけだって!」

 流石の俺も、面と向かって正論を突き付けられたら立つ瀬が無かったよ。

「黄金野君の優勝を、枚方君は友達として素直に喜んでくれたのよ?それなのに、あんな口叩くなんて…私の目が黒いうちは、人の善意を踏み躙る真似なんて絶対に許さないわ!」

「ゴ、ゴメン…別に悪気は無かったんだ…」

 それは黄金野も同様だったらしく、七三に分けた頭を掻きながら、気まずそうに縮こまるばかりだったよ。

 俺達の仲が険悪な物にならなかったのは、こんな具合にメグリちゃんが上手くバランスを取ってくれていたからなんだよ。

 俺自身もそうだったけれど、小学校の男子生徒ってのは加減を知らないし、同い年の女子生徒に比べて精神年齢が幼い傾向にあるからな。

 客観的な視点から論理的に善悪を見極め、物怖じせずに直球で諭してくれるメグリちゃんの存在は、本当に有り難かったよ。

「とはいえ、私も言い過ぎちゃったわね…枚方君も言っていたけど、黄金野君の操縦テクニックは眼を見張る素晴らしさよ。それなら、ラジコンに不慣れな私や枚方君が少々のミスを犯しても安心ね?」

 だけどメグリちゃんは、単に正論で指摘するだけの煙たい同級生じゃなかった。

 こうしてキチンと優しくフォロー出来るからこそ、俺達はメグリちゃんの事が好きだったんだ。

 とはいえ、そこは男子小学生の浅はかさ。

 当時の俺達は、メグリちゃんの心遣いがどれだけ有り難い物だったか、よく分かっていなかったんだな。

「ま…まあね、メグリちゃん。操縦ミスは僕がフォローするから、大船に乗った積もりでいてくれると良いよ。」

 この時の黄金野の一言なんか、その最たる物だよな。

 本当にフォローしてくれているのはメグリちゃんだというのに、全く無邪気な話だよ。

「鰐淵君はよく黄金野君からラジコンを借りているから、操縦も慣れているでしょ?私や枚方君にお手本を示して頂戴ね。私は鰐淵君と枚方君の後で構わないわ。」

 一目置いているクラスのマドンナから、こんな風に言われちまったんだもの。

 俺だって無下にする訳にはいかねえぜ。

「おうよ!任せときな、メグリちゃん。修久!俺の操縦テクニック、しっかり目で見て盗むんだな。」

「うん!分かったよ、鰐淵君!」

「良かったわね、枚方君!鰐淵君も、しっかりね。」

 とはいえ今にして思えば、こうして修久とも拗れずに済んだ訳だから、結果オーライって奴なんだろうな。

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