第1章 「キャッチボール中の親子を襲ったラジコンカー」
可愛い息子と一緒に、キャッチボールをして過ごす休日。
それはきっと、父親なら誰もが憧れるシチュエーションだろうな。
「何時でも良いぞ、仁志!どんな球でも、父ちゃんが必ずキャッチしてやるからな!」
「行くぜ、父ちゃん!これが俺様の鰐淵投法だぜ!」
恰幅の良い丸顔に得意気な笑みを浮かべると、息子の仁志は大きく振りかぶってソフトボールを投球したんだ。
風を切って飛ぶ白球の軌跡は、見ているこちらも惚れ惚れする程に美しかったよ。
「おっ!上手いじゃねえか、仁志!」
確かな感触と共にミットへ収まったソフトボールは、球速も威力も男子小学生にしては申し分のない物だった。
我が子の確かな成長を実感出来るってのは、本当に父親冥利に尽きるな。
「流石は父ちゃんの子だな、仁志!お前、プロになれるぞ!」
「よせやい!照れるじゃねえか、父ちゃん!この屈強な身体も恵まれた運動神経も、みんな父ちゃん譲りの代物だぜ!」
こうして得意気に胸を張りながらも、父親を立てる事は決して忘れない。
腕白だけど元気で素直な子に育ってくれて、本当に喜ばしい限りだ。
「もっとも脚力に関しては、俺自身の努力の賜物だけどな。何せ御得意様への配達でチャリンコ漕いでるから、自然と鍛えられちまうんだよ。」
オマケに家業の酒屋に誇りを持ち、店番や配達といった手伝いにも積極的に取り組んでくれるんだから、俺には勿体無い程の良く出来た息子だよ。
家庭内における父親の地位が不確かになりつつある昨今、そんな孝行息子に慕われている俺は本当に幸せ者だぜ。
そんな孝行息子の仁志に難点を見つけるとしたら、俺の小学校時代の思い出話を拡大解釈して、実像以上に過大評価している節があるって事だな。
「何しろ子供の頃の父ちゃんは、その腕力と運動神経を武器にガキ大将にまでのし上がったんだろ?その父ちゃんの息子である俺が運動音痴だったら、格好悪くてお天道様の下を歩けねえや!」
確かに子供時代の俺は同級生の友人達を相手にリーダーシップを発揮していたし、町内のガキ大将さえ気取っていた。
だけど昔の番長漫画みたいに派手に暴れまくっていたかというと、必ずしもそうでは無かったんだ。
他校の悪ガキやガキ大将を向こうに回した大立ち回りなんて、そんな頻繁にある事じゃない。
大抵の場合は、放課後に同級生の友達を集めて野球やサッカーで遊びまくる平和な日々を過ごしていたんだ。
隣町の草野球チームとアウトかセーフかで揉めて乱闘騒ぎを起こしたり、校区外で他校の上級生とトラブルになりかけていた友達を助けたりといった、他愛もない話なら幾つかあるけどな。
そんな思い出話を仁志に聞かせていたら、段々と尾鰭が付いてしまったらしい。
あんまり褒められた事じゃないと、分かってはいるんだけどな…
「この児童公園を拠点に、榎元東小校区の全域を牛耳っていたんだってな!全くスゲえぜ、父ちゃんはよ!」
「ハハハ!ま…まあな、仁志…」
仁志の純粋な眼差しにいたたまれなくった俺は、思わず視線を逸らしてしまったんだ。
この児童公園とも、思えば随分と長い付き合いになる。
憧れの特撮ヒーローだったマスカー騎士を気取って飛び降りたジャングルジムも、大車輪を披露した鉄棒も、多少ペンキが剥げている事に目を瞑れば、当時のままの佇まいだ。
ガキ大将を気取っていたあの頃は、自分がいつか大人になるなんて夢にも思わなかった。
ましてや父親として息子を連れて訪れるとは…
そんな物思いに耽っていた俺を正気に戻したのは、こちらへ向かって突っ込んでくる猛烈なモーター音だったんだ。
「危ない、仁志!」
慌てて息子を庇った俺のすぐ脇を掠めるようにして、オフロード仕様のラジコンカーが猛然と駆け抜けていく。
その猪突猛進とした走りっぷりは、正しく弾丸のようだったんだ。
「あっ…危ねえじゃねえか!一体、何処見て操縦して…えっ?」
口をついて出てきた罵声は、そう間を置かずに戸惑いの呻きへ転じてしまった。
小学校の頃に模型好きの友達から聞き齧った話だけど、ラジコンカーのマシンとプロポの有効通信距離は、大体五百メートルらしい。
この昼下りの児童公園の何処かに、ラジコンカーをプロポで操っている奴がいないとおかしいんだ。
だけど、それらしい人影は見当たらない。
愛犬と思わしきボーダー・コリーとフリスビーで遊んでいる少女や、愛児をブランコで遊ばせながら談笑している年若い母親達が目に付いたが、彼女達の手にラジコンのプロポはなかったんだ。
「そんな…馬鹿な…」
操縦者もいないのに、ひたすらに前進を続けるラジコンカー。
その無軌道な爆走を、俺は呆然と見つめるばかりだった。
「父ちゃん!あのラジコンカー、ぶつかっちまうぜ!」
「ああっ、このままじゃトーテムポールに激突だ!」
俺と仁志が慌てて駆け寄った時には、もう遅かった。
ペンキが所々剥げてしまったトーテムポールの根元に勢いよく突っ込んだラジコンカーは、そのままひっくり返ってしまったんだ。
車体が転倒しても、ラジコンカーのスパイクタイヤは駄々をこねるように高速回転を続けていた。
どうやら姿なき操縦者は、愛車の現状が見えていないのだろう。
しかし車体下部のスイッチをオフに切り替える事で、このラジコンカーの無軌道な暴走は漸く終わりを迎えたんだ。
「オプションパーツでバンパーを補強していたから、壊れなくて済んだんだな。小学校の頃にラジコンマニアの同級生がいたけど、アイツのラジコンもこれ位に気合いの入った改造をしていたっけ…」
こうしてラジコンカーのメカニカルな質感に触れていると、あの模型好きな友達と共に過ごした日々の事が鮮明に蘇ってくる。
懐かしさと心苦しさの入り混じった複雑な感情は、結構久々に味わう物だった。
「なあ、父ちゃん!ボディーかシャーシのどちらかに、持ち主の名前かイニシャルでも書いてないかい?こんな無茶な操縦をした持ち主に文句の一つでも言ってやらなきゃ、俺は腹の虫が収まらないぜ!」
「そ…そうだな、仁志…」
憤懣やるかたない息子に促される形でラジコンカーを持ち上げた俺だったけど、その目的はアッサリと達成出来たんだ。
オフロードバギーを模したボディーの側面には、持ち主の名字がローマ字で明記されていたんだよ。
それも御丁寧に、金色のデカールステッカーという凝りようだぜ。
「KO…GA…NE…NO…黄金野!?」
デカールステッカーのローマ字を読み上げるや否や、俺の背筋を冷たい物が駆け抜けたんだ。
「黄金野?誰だい、その人は?父ちゃんの知り合いかい?」
「あ、ああ…そうだよ、仁志。黄金野ってのは、父ちゃんの友達なんだ。小学校の頃からの幼馴染だから、今の仁志と同じ位の頃からの付き合いになるかな?」
平静を装ったつもりだったが、俺の声は自分でもよく分かる程に震えていた。
この分だと、仁志にも動揺は伝わってしまうだろうな…
「じゃあ、その黄金野って人がラジコンで遊んでいたのかい?ざっと見たけど、父ちゃんと同い年位の人は公園にいねえみたいだけど?」
「いや…このラジコンカーを操縦していたのは、恐らく小学校時代の父ちゃんだろう…」
−可愛い息子を、これ以上オロオロと戸惑わせる訳にはいかない。
腹を括った俺は、今まで必死に打ち消していた仮説を受け入れる事にしたんだ。
「コイツは小学校時代の俺が、黄金野桂馬って同級生から借りて失くしたラジコンカーだ。ソイツが三十年の時を越えて、時空の彼方から現れたんだよ!」
そして事実を受け入れた以上、俺には息子に語らなければならない。
俺を除けば三人の幼馴染みだけしか知らない、あの奇妙な思い出話をな…