王子はボヤいてます。
装飾など、一切無い無骨な机と椅子、硬い寝台、小さな洗面所に暖炉。硝子の無い明かり取りの窓からは風がヒュルリラと入り込む塔の部屋で、その後を過ごすことになった王子。そこで与えられる仕事は。
翻訳。
泰平が長く続く国に住まう人々は、国の教育に関する方針により、それなりに読み書き計算を下々迄、収めている。庶民にとってお手軽な娯楽は、貸本。特に王が厳選をし、他国から取り寄せた書物を翻訳したものは人気が高い。
「上手く訳さねば売れぬぞ!、R18は守れ!」
どでかいインク壺と、羽ペンに原稿用紙、他国の言葉で書かれた書籍が、続々と運ばれた。幸か不幸か、王子は考えは足りないが、環境により語学に関しては、一通りの言語は操れた。
カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ……
明かり取りの窓から陽の光、夜は蓄光石で創られたランプの灯りを頼りに、命じられた仕事を黙々とこなす王子、締め切りに間に合う様、頑張らなければコップ1杯の水さえ運んで来ては貰えない。
勿論、日常生活を清潔かつ、快適に過ごせる全ての権利を受け取る事も出来ない。それはイヤだと必死に、ただひたすら机に向かう日々。
カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ……。
痛む中高指、ガチガチに痛む肩。シパシパする目、哀れな運命を嘆きながら、人生が光り輝いていたかつての時を懐かしみつつ、マス目を埋めていた。
カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ……。
時はうらうらと流れる。庭園の花が咲いては散り、木々に集う小鳥は番を見つけて子を成しを繰り返した。荒仕事等無縁だった王子の柔な手。中高指にガチガチにペンだこが住み着いた。ソレを親指ですりすり擦るのが癖になってしまった頃。
かつての婚約者から王には新書が、王子には封書が届いた。しかし、棄てた女より棄てられた女の方に未練たらたらな王子は、返事を出すよう言われたのだが、締め切りにかこつけて都合よく忘れた。
「はぁぁ。振る舞いをきちんとしろとか、スペルを間違うと、すーぐに書き取りをしろとか。とにかく小うるさかったな、もっと優しかったら結婚してやっても良いって思っていたのに。それに比べて僕のパティは清らかで可愛くて、胸がこう、ドーンとしてて、ふぐ。うん、仕方ない、幽閉された僕とは一緒になれないって、このままだと家の為に。結婚しなくちゃいけないから。僕との愛を貫く為に修道院に行きますって。別れ際に泣いていた。可哀想に。これもそれも」
王子は元婚約者の令嬢を憎々しげに思いだす。こんなところに追いやったのも、全て彼女が悪いと思いながら、独りボヤいている。