王子は罵っています。
「首を落とされたくなければ、貴様の勝手な行動により支払った法外な慰謝料を、1ビルタ銅貨迄、耳を揃えて返せ!」
……、……。
一瞬の空白の後、 蟄居を命じられ住まうことになった塔の一室で、国王から直々にそう告げられ、嘆きの雄叫びを上げる、うらぶれた王子が独り。
真実の愛を夢見てそれに殉じ生きようとした彼は、巷で流行りの物語のような、俺様ありきの婚約破棄を至極まじめにしでかしたのだ。パーティー会場で立ち会った貴族達はこう囁いている。
『事実は小説より奇なり』
誰がどう考えても、愚かとしか言わない行動の結果、王家の恥と一族から責め立てられ、真実の愛を誓ったはずの相手には、金の切れ目が縁の切れ目とばかりに上手く逃げられ、かつての婚約者である令嬢の生家からは、膨大な慰謝料を請求をされる始末。考えが浅かった為に、令嬢の後ろ盾の事をすっかり忘れていた、極楽蜻蛉の王子。
「隣国の名家と縁ある一族との婚約を取り付ける為に、どれだけ手を尽くしたか……、もういい、お前は終わりだ。ここで与える仕事をひたらすらこなせ! 税をろくでもない事に使ったと、民衆に広く知られたら国が危ういのだぞ。帳簿には『第一王子への貸付金』とする故、しっかりと働け! 特別に利息は無しにしといてやる。出来高により、貴様の面倒を見る下男を充てがってやろう」
賢君の誉れ高くその実、金には煩い実父が長子に吐いた言葉。鷹の子は鳶だった。そして次なる鳶が嫡子として認められた。彼は自らの行動により、廃嫡の憂き目にあった兄を反面教師とし、鳶では無く、鷹になるべく即座に努力を積み重ね始めた。
「お前の代わりなど、幾らでもいる事を忘れた愚か者めが! 最初に産まれた幸運を、ここまで上手く使ってきたのに。お前のおかげでわたくし達も転ぶ羽目になったのよ!」
塔に連行される寸前、密かに寵妃である実母へ嘆願書を届けた王子。後日、足を運んだ生母はそれまでとは違い、粗末に成り下がった感満載のドレス姿で現れると、お前に出す金などこれっぽっちもない。そう付け加えると、カツンコツン、足音高く出ていった。その後、馬鹿な息子に会いに来ることは無い。
夢、希望の光。一筋さえささぬ、どんよりとした暗黒の霧が垂れ込む奈落の底へ堕ちた事を、ここまでになりようやく理解をした王子は、煤けた天を仰ぎ我が身に訪れた終末世界をヒシヒシと骨身に感じ、罵る。
「これもこれも、婚約者のくせに、僕に対して優しく無かった、あの女のせいなんだ!」