○ コラム ○ 樹海の植物と研究熱
○ コラム ○ 樹海の植物と研究熱
古代魔術文明の崩壊後、大陸中央に生きのびた人々は、ここに国家と技術文化を再建しました。
魔獣のひそむ太洋や樹海(魔獣深森)から遠かったことが有利に働いて、大陸中央の国々は富をたくわえて文化を豊かにし、繁栄します。
やがて、そこに暮らす人たちは「大陸中央は人類の聖域」と信じるようになりました。
そんな中央諸国に、ある時突如、新たな樹海『魔蟲新森』が生まれ、未曾有の大災害となりました。
いくつもの小国や大都市が森に呑まれ、大陸屈指の大国が凋落し。人類社会の信仰の中心地すら動座を余儀なくされました。人命や社会の富、技術文化の被害は計り知れません。
大災厄から三年余り経つと、被災地は一応落ち着きましたが、巨木の樹海とあふれ出る魔獣に人々は苦しんでいます。
あまり世間に注目されなかった新たな動きが、樹海の植物の探求熱でした。
未曾有の魔獣災害は、巨木(樹海)がそそり立つことからはじまりました。樹海の異形の草花が洪水のように広がり、まわりの土地の風景を一変させます。
異形の植物に侵食されて、街道や耕地が埋もれてゆくさまは民衆に不安と混乱を呼び。当時の政治や軍事の指導層が魔獣の襲来や、巨木の森の広がりに目を奪われていると、ちょっとした噂などをきっかけに、職場の一斉放棄、無秩序な避難(難民化)が引き起こされました。
今日では、爆発的な草花の侵襲が、最初に社会の安定をゆるがしたと正しく評価されています。
これが大災害後、大陸中央ににわかに高まった、樹海の未知の植物の研究熱の背景でした。
もっとも、樹海探索や観察研究の方向性は様々です。
第三、第四の魔の森のさらなる誕生をおそれ。前兆を知る術、有事に緑の絨毯をしきつめるような侵襲を阻む術を欲する大国。
巨木や異形の草花を滅ぼし、もとの土地を取り戻して帰還したい難民勢力や被災国。
樹海に隣接する被災地で、大陸西方に倣った、新しいかたちの農業や牧畜を計画する大物貴族や難民勢力……
最後のグループは、前二者と異なり。民衆を伴って、大大的に樹海の外れの土地で食料採取を行い。いくつもの異形の食用植物の栽培試験に取り組み。 討伐した植物魔獣の調理さえも行いました。
一方、大陸西方のスピルードル王国には、老舗、ともいえる研究組織『王立魔獣研究院』が存在しました。
魔獣深森に臨む土地を切り拓いた歴史が背景にあり、古い研究資料や標本が豊富でした。
しかし、いつの頃からか、上層部の世襲や貴族化、派閥抗争が進んで組織が機能不全を起こし。スピルードルの王都で発生した政変を経て、ようやく、上層部の旧守派閥が刷新されました。
王立魔獣研究院の組織改革は、深刻な過去の人材流出が災いして、未曾有の災害に間に合わず。かなりあとになるまで、新たな樹海『魔蟲新森』の調査遠征が実力不足を理由に止められる有り様でした。
近年、新しい幹部職員の懸命の働きで組織の存在感を取り戻しつつあり。新王が即位して立ち上げられた、異形異類の植物の専門研究室は、大陸中央の研究熱、ウィラーイン領の魔獣研究室を強く意識して動いています。
◎ 西の聖都ローグシー
スピルードル王国の西域に、魔獣深森に最も近い貴族領、ウィラーイン伯爵家の領地はあります。
樹海の植物を専門にしたプラントハンターが何人も存在し。領都ローグシーには、特殊な民間団体「奇獣クラブ」や、樹海由来の珍しい観葉植物や花の鉢をおいた『花屋』があります。
そんなローグシーでもっとも異類植物の研究が進んでいるのは、伯爵家直属の魔獣研究室です。
領主館の敷地内に本拠地があり、さまざまな研究を手掛けていて、南国の栽培植物や未知の草花にも成果を上げています。
噂では、栽培不可能とされてきた珍種や未発表の新種が生い茂る「花壇」、あるいは「菜園」がすでにつくられていて。毎日のように、伯爵家の人々や職員食堂の食卓に新鮮な食材が提供されているそうです。
一方、伯爵家が樹海産の植物を集めたときの事。
ハンターや商人たちが、予想よりはるかに多くの巨大植物や植物魔獣(種や鉢植えや標本類)を領都に持ちより。さらにその一部が、ある理由で怪物化して広場で暴れ出す事件が起きました。
公にされないだけで、領主館の敷地内では、異臭騒ぎや遭難(?)など、植物研究に関わる不祥事がたびたび起きているようです。