○ コラム ○ 魔獣肉と樹海野菜
○ コラム ○ 魔獣肉と樹海野菜
闇の獣がひそむ巨木の樹海。
『魔獣深森』は、そこと隣りあう大陸西方の新興国にとって、脅威の源であるのと同時に、必須の広大な資源地帯です。
大陸西方が発展して独自の食文化が育ち、人口が増えてくると、天敵との死闘を意味した魔獣討伐戦もちがう意味をもつようになり。
辺境領主が、良質の食糧(タンパク質)の獲得を目的にかかげて、部下や領地のハンターを率いて大がかりな魔獣狩りをするようになり。高級食肉の魔獣-長角牛の狩りに特化したハンターチームまであらわれるようになりました。
『魔獣深森』から離れた土地にも関連した専門職や産業が育ちます。
例えば、中大型の魔獣(獲物)の専門的な解体や保存処理(骨髄、内臓含む)、精肉、ベーコンなどの製造、流通、販売、食堂、露天商などなど。魔獣肉という食材に、狩猟の数倍から十数倍の人間が関わりました、
それにより、大陸西方では、樹海から遠い町の食卓にも滋養あふれる魔獣肉が毎日出され。魔獣の肉はやむをえす口にする、牛や羊の肉の代用ではなく、日常の当たり前の食料品と認識されています。
… 例外は、ゴブリンなどの亜人型魔獣と、人食いを繰り返した魔獣です。
さすがに各部の見た目や所業から、食材にしたときに「食人」を連想されてしまい、通常は食肉にしません。
一方、大陸の中央諸国では、人が食べる肉とは人の手で育てられた家畜の肉を指し。管理し尽くされた畜舎や牧場から供給される、牛や羊や鳥類です。
大陸中央では、魔獣とは滅多にあらわれない侵入者で、人を脅かす闇の怪物でけがれた《異形》のことです。
料理して『食べる』など考えもつかないことで、ときとして貴重な魔獣素材さえ、死骸ごと焼却(火の浄化)してしまいます。
樹海の植物資源は、さらに事情がかわります。
大陸中央の人々は魔獣ほどではないにせよ、巨木の樹海に特有の奇妙な草木に対して、嫌悪と違和感をもちます。
それを食べることも、既存の農業に組み込むことを試みることも、正気を疑われる逸脱行為です。
大陸西方に生まれ育った民はどうかというと、拒否感情を持たないかわりに、魔獣肉ほど生活に浸透していません。。
樹海の特異な植物の利用は限られ、街の専門職が(ある種の秘伝のように)医薬や染料の原材料にしたり。規格外のサイズや特殊な性質を目当てに、樹木が切り出されるくらいです。
低調な理由はいくつかあり。
とくに食料化は、特異な巨大植物に目を向けるまでもなく、魔獣深森に近いほど土地が豊かで、従来型の農耕で、麦、芋、豆類などがよく育ち、開拓時代の半ば頃から大陸中央へ穀物輸出がはじまっていました。
さらに樹海の辺縁(浅い土地)では、野生のイモや食べられる野草、木の実、草の種、キノコなどが豊富に採取できて。土地をもたない流民、都市の貧民、孤児たちが飢えをしのげました。
ことさら樹海に深くわけ入る必要はなく。
人里で、樹海産の特異な植物の料理を広めようとしたり、本格的な栽培化を研究するのは、風変わりな趣味のように扱われたのです
(大陸中央であれば、強い批難や排斥に会うところを、寛容ともいえます)
植物魔獣には、さらに不利な特徴がありました。
移動能力が無い(低い)ものが多く、行動範囲が狭く。人里近くへ進出することがあまりないので、ハンターとの衝突は樹海の中で起こりました。
大きく重く、利用価値がはっきりしない植物魔獣は、討伐されてもそのまま捨て置かれました。
これと好対照だったのが、魔獣肉の人気が高い以下の魔獣です──
① 魔獣深森から大群であらわれて、隣接地の農地や街道、ときとして集落にも被害を与え。同時に、毎回、傷病個体やはぐれた子牛が人間に倒される『長角牛』。
② ハンターとしばしば遭遇し。行動範囲が広く攻撃的で、人里近くで暴れることがある『ヨロイイノシシ』。
③ おいしい草(畑作物ふくむ)を探して、ときに樹海からかなり離れた土地の果樹園や畑にも突然あらわれる『グリーンラビット』── です。
この三種の魔獣は、しばしば大陸西方の人間社会に被害を与えますが、討伐された個体はしばしば人里に持ち込まれてさまざまな職種、学識の人間の手にわたり。利用研究(食料化であれば調理や試食)の機会がえられたのです。
ところが、ここまで述べた事情は、未曾有の魔獣災害で一変してしまいました。
新たな巨木の樹海が突然発生し、大陸中央に途方も無い被害が出たことで、人々の異形の緑に対する関心がかつてないほど高まり。
樹海産の植物の栽培化、討伐した植物魔獣の素材活用が熱心に研究され始めたのでした。