ジビエ魔獣肉 ④ 『 魔獣の樹海からの恵み 』
ジビエ魔獣肉 ④ 『 魔獣の樹海からの恵み 』
残るは、駆け出しのハンターが口にするお肉や地方特有のお肉。魔獣ハンターも躊躇する奇食に、『餓死かマズメシか』の非常のときのお肉をご紹介・・・
◇ジャイアントスネークの肉
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ジャイアントスネークは、魔獣深森の浅いところにすみ、開拓地によく侵入する下位魔獣です。毒牙はもたず、獲物を倒す手段は怪力の締めつけ── 筋肉です。
蛇の肉はあっさりした味で、鶏肉に似た食感です。初期の開拓民にとって貴重な蛋白源でした。今日でも辺地で食されています。
ハンターたちも樹海遠征で口にしますが、腕のよい者ほど、警戒心の強さや蛇皮を剥ぐ手間を面倒に感じ、選ぶゆとりがあれば、もう少し肉量があって楽な獲物を狩ります。
ジャイアントスネークの肉は、毒があるという噂が根強いので大きな街では良い値段がつきません。そのため持ち帰るハンターは少なく。街中にあるとすれば、たいてい食べなれたハンターが個人的に持ち込んだものです。
《皮》
南国のジャスパルでは、ジャイアントスネークの皮を食します。
成蛇の皮から鱗を取り、大きく刻んで油で揚げたり。煮込みながら魚醤や香辛料で味付けする料理で、おかずや酒の肴にします。
ジャイアントスネークのからだのほかの部分 ── 生血、脂、頭骨(骨粉)、さらには脱皮した抜け殻(粉末)も食されます。
ろくに味を整えていないスープやドロドロした薬湯を我慢して飲み下すもので、滋養強壮、精力増強の薬効を頼んでのこと。食の楽しみや満足とは無縁です。
「薬」ではなく「食材」としてここに紹介するのは、蛇由来のそれらに栄養補給以外の効能?が実質的に無いからです。
◇ ピラルク(魚肉)
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ピラルクは大陸の河川、湖沼にふつうにみられる淡水魚で、大食いで雑食で、汚れた水にも耐えて早く成長します。
しかし、大陸西方の河川のピラルクはとくに『赤ピラルク』と呼ばれ、大きく、力が強く。水棲魔獣の卵や幼体すら餌食にして育ちます。
赤ピラルクは、年を重ねたものほど滋味豊かで縁起が良いといわれます。ひきしまった淡白な白身は、フライにするとたいへん美味。村のお祭りや結婚式のご馳走に出すと喜ばれます。
しかし『沢の主』と呼ばれるような大物は用心深く、すがたを見ることも難しい上。いよいよ追いつめられると激しく暴れて、川舟さえ易々ひっく………
☆ ピクニックの思い出 ☆
ゼラ(アルケニーの聖獣)
「ン? わりとカンタンだったよ?」
カダール(黒蜘蛛の騎士)
「はは、人にはちょっと難しいか。ゼラはスゴイな」
フフフ … あははは……
ノエミィ(魔獣学者の研究助手)
「ドラゴン殺しの『進化した魔獣』が、川魚の素潜り漁なんかしないでくださぃ……」
[ …… とあるアルケニーの素潜り]
がっちり ♪
◇ジャイアントクロウの肉
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ジャイアントクロウは、不味い魔獣肉というと間違いなく上位に名前があがります。
病毒があるというのは間違った評判で、食べれば必要十分な栄養が得られます。
しかし、肉の不味さは本物?で、噛みしめると下水や雑巾の絞り汁のような「不味い汁」がにじみ出し。あとでどれだけ口をすすいでも、舌に残る感覚が消えません。
どう調理しても、不味い肉は不味いままどうしようもなく。がまんして飲み込めば飲み込んだで、胃から「不味いガス」がこみ上げはじめて、小刻みに一晩は続きます。
ジャイアントクロウは、空を飛んで人里にも降りて来る厄介な魔獣ですが、ろくな魔獣素材が取れない上、食事の足しにもならないことから、ハンターもあまり狩ろうとしません(そのせいで増えやすいとされます)。
《最後の皿》
……前述のように、ジャイアントクロウの肉に栄養はあるので、災害時など、止むに止まれず食べることがあります。
もっとも、数週間食べつづければ、命をつなぐ代わりに自分の息にさえ吐き気を感じて眠れなくなり。味覚が異常をきたしたり、自分の汗や血が悪臭を放つ気がしてくるそうです。
『飢えより辛いカラス鍋、二度と孫子に食わすまい』
……とは、ある土地に伝わる言葉です。
ジャイアントクロウの肉で飢饉をしのいだとされ。以後、その土地の民は、苦難にあうたび、村の各所に黒鳥の旗を立てて奮起したそうです。
◇巨大カニ肉
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グランドクラブと呼ばれる蟹の魔獣は、大きな犬ほどもあり、ゴツゴツした甲殻と怪力のハサミをもちます。
湿地や水辺にひそんで守りが堅く、倒すのに手のかかる魔獣です。
しかし、白く維状にほぐれる肉はほんのりと甘く、美味い魔獣として必ずその名前があがります。
「信じられないくらい柔らかいお肉ね。食べやすくて滋味深い上品な味── 」
(森で鍋を食べたとある令嬢の感想)
………と。はじめての人間もおどろく旨さ。
さらに、胴体部のミソは、磨り潰してスープに溶かすと天然の調味料になります。
残念ながら肉は腐敗しやすく、人里に持ち帰るのは困難です。生け捕りして運ぼうとしてもなかなか上手く行かず、干物や塩漬けの研究も結果を出せていません。
今のところ、美味しいカニ肉の鍋を街の宴席に出したいのなら、氷系の魔術を使える腕のよい術者を雇い。樹海で倒してすぐに大蟹を凍らせ、急いで持ち帰って、調理直前まで冷気をたもつしかありません。
◇ ランドタートルの肉
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ランドタートルは魔獣素材の甲羅に高値がつきますが、肉も人気があります。
ほどよい噛み応えがあり、あっさりした良質の味で、昔から、肉料理を食べると男女の精力が増強されると言われます。
「ランドタートルエキス入り精力薬」や「薬酒」は、年配男性を中心にたいへん人気があり、ときにニセモノが出回ります。
◇ 蟻肉
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ジャイアントアントの肉。正確には、蛆型の幼虫の肉(焼肉)です。
成体は非常に不味く、遅効性の毒をもつ変異個体さえいるので食料になりません。
一方、幼虫は「生」でもクリーミーなチーズのような食感で、焼くとさらに美味しくなります。栄養も豊富です。
もっとも、ふだんは、ジャイアントアントの巣奥から幼虫を獲ることは不可能です。
蟻肉(幼虫)が市場や食堂に出回るのは、群れの討伐戦のあと── 地域住民が武装して集まり、領軍さえ出動する地域紛争さながらの集団戦で成虫が駆逐された後です。
大小の幼虫は、こうしたとき数百頭単位で捕獲されます。
鈍重で抵抗できない上、数日ならとくに世話しなくても生かしておけるので、おどろくほど遠い街まで珍味が届くことがあります。
△ 幼虫の肉粉(粉末蟻肉)
ジャイアントアントの幼虫の肉は、天日でたやすく乾燥粉末にできます。
栄養は損なわれず年単位で保存できるので、非常食として、山奥の集落や砦の守備隊が備蓄することもあります。
もっとも、粉末蟻肉を加えた料理はどこでも評判が悪く。どう調理してもクリーミーな食感がもどらないため、ボソボソして壁土を食べさせられる不快さです。
しかし、耕地や牧地の肥料として魚粉のようにすき込むと、おどろくほど土が肥えます。さすがに毎年まくには高価すぎますが、大陸西方の大きな農村にはよく樽で用意されています。
魔蟲新森の大災害からしばらくして、大陸中央の被災地域に向けて、大陸西方から多量の肉粉が送られました。
荒廃した農耕地にまく肥料としてでしたが、一部の難民キャンプで提供する食事に加えられて後で大変な騒ぎになりました。栄養失調の子どもや妊婦を見かねてのことでしたが、大陸西方から派遣された人間の短慮で、現地の魔獣への忌避感情を軽視した独断でした。
△蟻ピネガー
ジャイアントアントの成体の中には、刺激臭のする酸を飛ばして攻撃する種類がいて、目に当たれば失明の危険さえあります。
ところが、尻の腺の中からとれる酸には不快な色や匂いが無く、酒などで薄めると風味のある酢になり調理に使えます………
** ローグシーのとある小さな酒場で **
★奇獣ハンター、モッシュ
「この蟻ビネガーはなぁ、巨蟲からわずかしかとれなくて貴重だぞ!」
「カルパッチョにかけると、じつにいい風味があってな(ほれほれ)」
弓使いカセ嬢
「か、かけるなぁあああああああ!!」
(長角牛肉(A5)がぁアア⁉︎)
◇ タラテクト
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タラテクトは、小さな犬ほどもある大蜘蛛の下位魔獣です。
太い足に上質の肉(身)がつまり、焼いて食すとカニに似た味がします。胸肉は取りにくいものの、丸ごと胸部を煮込めば美味しいスープがつくれます。
よくある食べ方は、タラテクトを生きたまま捕らえ、その脚を紐で縛って動けなくすると、湯につけて煮殺してから。あるいは、すぐ串に刺して火で炙ります。
たいてい、体をおおう毛を火で焼き落としておきます
タラテクトは無毒ですが、密な体毛は、細く、硬く。飛び散ると目や鼻の粘膜を刺激し、口に入ると食感を悪くするためです。
タラテクトは、大発生でもなければまとまった数は獲れず。一匹から得られる肉は限られます。
そのため、ほとんどのハンターは持ち帰らず。樹海遠征の最中の酒の肴、オカズの一品にします。
** ローグシーのとある小さな酒場で ⑵ **
★ 奇獣ハンター、モッシュ
「蜘蛛の足は、油でカラッと揚げるとうまくてなぁ。おかずというより、お菓子のようにパリパリと……」
弓士カセ嬢
「蜘蛛の足のスナック………」
槍士ピージョン
「モッシュさん、腕はたつし後輩の面倒見がいいけど……」
剣士ケージョン
「あぁ。奇獣と奇食で脱線しなければ、本当、いい先輩なのに……」
◇ 緑の肉
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緑色の多汁な「肉」です。
軽く火を通してかむと肉そのものの食感で、サッパリとした鳥肉ににた淡白な味が口の中に広がります。
昔、『ゴブリン肉』の異名で大陸中央の国々に存在が伝わりましたが、その正体は、大陸西方に生息するとある植物の葉肉です。スープの具や鍋物にしても楽しめます。
『ゴブリンの肉』と呼ばれ出したのは、大陸西方のある人物が、中央諸国から物見遊山に訪れた旅行者に仕掛けた悪ふざけがきっかけです。
西方の民は、ゴブリンを食べる、というとんでもない風評につながりました。
真相は間もなく明らかにされましたが、くだんの植物の厚い葉は今日も『ゴブリンの手のひら』と呼ばれて食されています。
なお、いくら食べても栄養はほとんどありません。
◇ ジャイアントリザードの尾肉
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グレイリザード(ジャイアントリザード)は、しばしば人喰いとして話題になり、その肉を食べることは、何とは無しに避けられています。
しかし、南国ジャスパルには蜥蜴肉の料理がいくつもあり、たいへん人気です。尾のまわりの肉がとくに美味で、焼くと上品な鳥の肉の様だそうです。
◇ ジャイアントバットの肉
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コウモリ魔獣の肉は、あっさりした味と食感です。
ほかの地域ではハンターでさえ食べることを忌避しますが、南国ジャスパルでは当たり前に食し。しかも、なぜか、おびただしい種類の香辛料で肉に色がつくほど個性的な味付けをします。
もっとも、そのジャスパルでさえ喜ばれるのは果実食のフルーツバット系で、肉食種や吸血種は、臭い、虫がいるなどといやがられます。
**
ある日の夕食前……
「うーむ……」
城郭都市ローグシーの神官は悩んでいた。ここは街で最大の聖堂の奥の、高位神官の執務室だ。
「聖獣様の人気が高まっているのは良いことだ。良いことなのだが・・・」
どうしたものかと息をもらす。
「… 肉が好きで野菜が嫌い。美味しくて気に入れば、素晴らしいお顔でニッコリ。
ゼラ様の好みは、ゼラ様が街の屋台を親しく食べ歩きしたことで周知の事実。だからと言って、ゼラ様に食べて欲しいと、教会に肉ばかり寄進されてもな……」
おだやかな表情を崩して頭を抱えた。贅沢な悩み?だろう。しかし、何であれ、過剰になればトラブルになるというもの。
皆が肉を捧げても、聖獣様の御一家は食べきれない── 何度となく、信徒に伝えてはある。しかし、熱心な信者は、聖獣ゼラ様を讃える聖堂に、ゼラ様の好物を捧げればお喜び下さると信じる。
「信徒のことを考えれば、つよく言い過ぎるのは良くない。かといって、本当に全部ゼラ様へお渡しするわけにもいかないし」
今のところ聖堂に寄進された物は、教会で使われている。むろん、ゼラ様や伯爵家に断りを入れていた。
神官長は呑気に、
『ゼラ様のおかげで新鮮なお肉がいただける。感謝していただくのが神に仕えるものの務めでは? お、このヨロイイノシシのソーセージは中にハーブが入っている。ほほお、この風味はまた、』
と、先刻の夕食の席で喜んでいた。神官長のお腹は、すでに格段に丸みを増している。
神官は自分のお腹に手を当てた。弾む手ごたえ。
「むうう、神官が贅沢に甘んじてはならないのだ……」
光の神々の教えは清貧を尊ぶ。その教えを説く神官が肥え太るのはよろしく無い。しかし、野菜が足りない。
「一度、カダール様に相談してみようか」
これまでに無かった食の問題が、神官を悩ませていた、
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○ 参考 ○ モンスターの紹介記事
『ジャイアント・スネーク』
https://ncode.syosetu.com/n3634gg/47/
『赤ピラルク』
https://ncode.syosetu.com/n3634gg/13/
『ジャイアント・クロウ』
https://ncode.syosetu.com/n3634gg/14/
『タラテクト』
https://ncode.syosetu.com/n3634gg/8/
お読みいただきありがとうございました。
2022年2月9日、『ニクの日』の連続投稿でした。