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ジビエ魔獣肉 ② 『 幻の珍味、神話伝承の肉 』

ジビエ魔獣肉 ② 『 幻の珍味、神話伝承の肉 』




【ウィラーイン伯爵へのインタビュー】



「ブルーベアの刺身か? 


 おぉ、若い頃、北のメイモントで口にしたの。ルミリア(現夫人)やアステ、グラフトもいっしょであった。


 うむ── あれはメイモントの冬山で、むこうのハンターたちといっしょでな。そのひとりがブルーベアを狩る名手であった。

 たまたま『雪惑い』のブルーベアの大物に出くわしたが、さすが、見事に仕留めた。

 すると『小屋』で鍋にしようと言い出してな。


 小屋といっても、ハンターが拠点に使うところだ。ふだん人は住んでおらん。倒したブルーベアを丸ごと運んで解体した。

 だが、肉や臓物を切り分ける途中、熊狩りの達人はな、背中の肉だけ薄切りにすると外の雪の中に埋めおった。


『…… 冬のブルーベアの背肉は、めったに口に出来ない 。秋に食った獲物の旨味が宿っているんだ。それをこうして雪の中で凍らせると、もっとギュっとこごる』

 寒い地方ならではの珍味なのだろう。


 全員で鍋を囲んだとき陽は暮れておった。小屋で一泊だ。

 ブルーベアの肉は煮込むと硬くなるというが、鍋の肉はやわらかく旨味が強かった。酒が進んだ。ティーマという赤い野菜を多く入れて、よく煮込むのが秘訣らしい。


 しばらくして、刺身が出てきた。

 雪に埋めて凍ったものを、さらに薄切りにして串にすると、鍋の火から少し離して立てた。


 焼くのではなく、やわらかくなるまで炙るのだ。


『ブルーベアの肉の脂は、イノシシや鳥の脂より、さっと溶けるんだ。変わってるだろ?』

 刺身の串をくれた熊狩りめ、自慢気だったな。


 ブルーベアの背肉は、あたためた表面はトロリとして、じっくりみても白かった。すべて脂かと思うほどだ。


 生で魔獣の肉を食えば腹を壊す…か?


 最悪、死ぬのでは、と不安もあったが興味が強かった。思い切って一口、── 驚いた。甘いのだ。

  ハチミツのような甘さと種類が違う。

 背肉の刺身は、ほんのりと甘く溶けてゆく。


 サラサラした脂が舌に残るが、くどくは無い。


 すぐ噛みしめれば、ほどよく噛み応えがある。


 飲み込めば、肉がのどをくすぐる感じで落ちて行く。その食感もまた楽しい。


 いくでもたべられそうであった。



『いつか、イヴルベアの刺身を食ってみるといい』

 夢中で味わっておると熊狩りのハンターがいった。まだ上がある、もっと美味いとな。

 メイモントの強い火酒を飲みながら、肉鍋と刺身を存分に味わった。


 ── んん? 腹は壊さなかったな。

 ルミリアが言っていたが、雪に埋めて一度凍らせた。それで、肉に病の素があったとしても、殺されるのだろう、と。雪の多いメイモントならではの知恵だの」






◇ブルーベアの背肉

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ブルーベアは青い毛皮の大熊の魔獣で、魔獣深森の樹海と、そこに連なる大陸の山地の一部に広くみられます。

 危険な魔獣で、メイモント王国のベテランハンターでも、山中で不意討ちされれば一方的に殺されてしまいます。脅威の源は、信じがたい怪力と信じがたいタフさ…… つまり、分厚い筋肉です。


(背肉)

 ブルーベアの肉は精がつくとされ、野性味と甘さが人気です。巨軀の中でも、最も珍重されるのは背肉で、とくに冬眠期、なんらかの理由で活動を続ける個体の真冬の背肉が最上とされます。

(晩冬は蓄えた栄養を使い切って、今ひとつらしい)


 インタビューの舞台となった地方は、肉の薄切りの生に近い味を楽しみましたが、もっと北の土地では、工夫をこらした煮込み料理で食するのが最上とされています。




◇イブルベアの背肉

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 イブルベアは、メイモントの雪山にあらわれる凶暴な熊の魔獣でブルーベアの上位種です。

 その背肉は、ブルーベアを凌ぐ珍味中の珍味とされます。しかし、実際に食したものは北方のハンターでも稀です。しかも、そんな経験談さえ、イブルベアの背肉だと「聞かされた」ものを食した等、やや疑わしいものが・・・


 また、イブルベアの背肉は、半ば伝説の美食のせいか、迷信じみた効能が聞かれます。


『イブルベアの新鮮な背肉を食べると力がみなぎり、軽いケガはすぐにも治る(あるいは、十年若返る)』

『イブルベアは人を食えば食うほど美味い肉になり、その背肉は、口にした人間を虜にする』


… という、ふたつが有名です。後者は、美味すぎる背肉の雑話のシメ(美味は危険な罪悪につながるかも知れない) です。いつ、どうやってたしかめられたのか分かりません。

 



◇ドラゴン肉

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 神話伝説の域のまぼろしの食肉です。


 上位種の魔獣には驚異的な力が宿り、まれで強いほど、奇跡的な効能の魔獣素材がえられる ………とは、多くの人間が信じるイメージです。


 実際、魔獣の中にはありえない強靭さや不老長生、蘇生回復をみせるものがいて、すがたを見ることさえ難しいドラゴンともなると、たしかめる機会のないまま、人間の幻想はふくらむばかりです。


 いわく── 、

 竜の血を飲めば(傷にかければ)どんな傷も癒され、肉を食せば疲れが消えて寿命が伸びる。角は万病を癒やす薬、万能の毒消しになり、最も希少な心臓は、最盛期への若返りと不老長生を約束する… といった具合です。


 しかし、真に力ある龍は災害に等しい存在で、とくに色の名を冠する龍(赤龍、黄龍、黒龍など)は、雨風や雷を操り、竜巻を従え、地震や津波すら起こすとされます。

 当然、本物の色付き龍を倒し、血肉を食べた人間は、これまでひとりもいませんでした(少なくとも公に報告、検証された事例は皆無です)。


 下位の飛龍ワイバーンや地龍スワンプドラゴンを食べた者は多くいて、急に勇敢になるなど、豹変した事例が聞かれます。しかし、強くなった気がするという思い込み(自己暗示)に過ぎないようです。



◎ ウィラーインの竜果

 色つきの龍の討伐は夢物語でしたが、近年、スピルードル王国の鉱山で、本物の灰龍が本当に討伐されました。

 西の聖獣のアルケニーが、狂乱した龍と直接戦ったとされ、おそらく今後二度と起きない、例外中の例外の『龍討伐』です。

 

 しかし、結果として、ウィラーイン領に龍の亡骸が残され、伯爵家から頃合を見計らい、スピルードル王家に献上されました。

 龍角を生やしたままの大きな頭蓋骨、その他の数多の骨、鋭い牙や爪。一万枚を超える鱗など………。 しかし、血肉や内臓は、献上された量はおどろくほど少なく、質が劣悪でした。


 灰龍の亡骸は、聖獣に敗北したとき、もっと希少な心臓を失い、大きく傷ついたとされ。伯爵家が死を確認し、素材回収に着手するまで数日過ぎたこともあり、腐敗などの劣化や野生の動物の食害を酷く受けたということです。



 正真正銘の真の龍の亡骸に、学者は色めき立ち。当時、大陸の雄国と有力者、大商会が伝説の龍素材をひとかけでも手に入れようと動きました。

 ところが、最大の関心を示した大陸中央の四大国、そして中央教会は、その後間もなく、人類史上屈指の巨大魔獣災害に襲われ、スピルードル王国にも政変が発生しました。

 スピルードル王国の色付き龍の素材は収蔵されたままになり、新王即位後も、王城の奥深く、事実上封印されています。王国はいくつも課題を抱えていますが、大きな成果が見込める龍素材をつかった資金獲得、外交交渉を(少なくとも表向き)行っておらず、さまざまな憶測を呼んでいます。



 なお、ウィラーイン伯爵家は、王家へ龍素材の目立つ部位を献上しながら、ひそかに、大量の血肉を隠匿したと囁かれました。

(もっとも狭義の『ウィラーインの竜果』)


 大量にあった龍の血肉のほとんどを、解体現場で焼却処分した、と発表したせいです。

(王家の生の龍肉も同じ結末、とされています)


 背景に黒の聖獣の存在があり。関係者は、アルケニーの驚異的な治癒魔法や糸の奇跡を知る一方、灰龍の血肉に神秘的効能を夢見ず。劣化龍肉からの腐毒や病の害悪を警戒し、迅速に処理したということです。龍の血肉の特効を信じるものには信じ難い判断です。かれらの一部は今もなお、伯爵家と王家が「生の龍肉」を独占している、と、非難をします。


◎ 余談

 龍の肉、ドラゴンステーキは夢のある料理ですが、食べると強くなれる、病が治る、若返るとはもともと疑わしい話です。…… かたく信じるものは、色付き龍の血や肉や内臓が、死後野外で腐敗することさえ「ありえない」と認めなかったりしますが。

 しかし、最新の研究で、スワンプドラゴンの寝床の泥に、人間の肌を美しくする効果があることがわかりました。

 スワンプドラゴンの身体から滲み出た何か(魔力?)が泥に籠ったとみられ、人間のからだへの良性の効能が、現実に確認された史上初の事例、と、注目されています。

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