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竜と虎が眠り願うのを私は見つめる

作者: 幸京

この枕は貴方が人生の中で一番幸せだった日を一度だけ夢見させる。

その後はただの枕になる。

お値段は30万円。

どう思うかは貴方次第。

信じる信じないも貴方次第。


俺は引き受けた以上、誰でも殺すよ。

やり方はその都度変わるよ。

お代は100万円だ。

どんな命も均一だ。

払うのか冷やかしなのか。


身に着けている物、鞄の中身、どんなものでもスリます。

報酬は一律20万円です。

その人の物、そして匂いが手に入りますよ。

安いものでしょ。


朝7時に目覚まし時計のアラームをセットしていたが、寒さで目が覚めた。

掛け布団がはだけており季節の変わり目かなと、

そんな事を考えながら、安藤は布団から起き伸びをする。

時間は6時半、年寄りの朝は早いと言うけれど、この時間まで寝られるなら自分はまだまだ若いのでは?

とやや嬉しくなる自分に苦笑する。

60歳にもなって若いも年寄りもないだろう。


段々と冷え込んできたな、50歳になったばかりだが、

やはり年々体力は低下している。

気候の変化もあるが、駅の階段で座位を保ちながら寝るのはやはりしんどい。

朝7時半、通勤する会社員たちが急ぎ足で改札口に向かう。

そんな姿を博は懐かしむ様に見ながら、飲食チェーン店付近のゴミ回収ボックスに向かう。


朝8時、電車に揺られながら、満はターゲットの様子を窺う。

中肉中背の顔も平凡な男性だが、この男の腕時計が欲しいというが今回の依頼だ。

やや混雑した車内の人を避けながら、さりげなくターゲットに近づく。

もうすぐ線路のカーブが来て、電車はやや減速されるも、踏ん張る身体は力が入る。

そのカーブを抜けると同じように身体の力が抜ける、この瞬間を満は逃さない。

ただ肘から下を何気に動かしたにすぎないが、いつの間にかその手には男性物の腕時計があり、

それも一瞬のうちに、開けてあった本業用の手提げかばんに入れファスナーを閉める。

満はそのままジェルタイプの消毒液で両手を洗浄して、次の停車駅で降りる。


その日の夕方、店終いのシャッターを下ろしていると、斜向かいのスーパーから出てきた満を見つけて声をかける。

「満ちゃん、お疲れ。会社帰りかい?」

「安藤さん、お疲れ様。はい、今から帰宅です」

やや紅潮した顔を見てすぐに察する。本業後か・・・、血は争えないな。

満の祖父である心太とは幼馴染だった。

飲酒運転に巻き込まれて死んだ両親に代わり、幼かった孫の満を1人で育て上げた。

手に職を、食うに困らない様にと、スリ技を身に着けさせて。

満はすぐにその才能を発揮して、天才スリ師と言われていた心太を驚愕させた。

満は天才だ、すぐに自分を遥か凌ぐ。ただ、だからこそ、危険が付き纏う。

そして、心太の不安は最悪な形で満に迫る。


その日の昼下がり、安藤は駅のホームでゴミ箱を漁る1人のホームレスに話しかける。

「なぁ、見逃してくれはしないか?」

ホームレスはゴミ箱を漁りながら、安藤の方を見ずに淡々と答える。

「殺る以上、こっちも殺られる可能性があるんだ。例えば、拳銃や薬物を使うとする。あの天才スリ師が、それらをあの神業で盗る。それで俺を殺すことだって出来る。人間誰だって、自分が殺されそうになれば相手を殺す。依頼を受けた以上、こっちも命がけだ」

答えはわかっていたが、それでも僅かな可能性に賭けたかった。

いつかの満の客であった若い女は、会社の同僚であり片想い相手の携帯電話を盗らせるも、

それが相手にばれると、落ちていたのを警察に届ける途中だった必死に弁明した。

満が仕事を終え、既に2日経っており携帯電話は解約していたが、

SDカードからデータをコピーをして、その相手の画像を自分の携帯電話の待ち受けにしていた。

それを相手の彼女であり、会社の後輩でもある女に見られて全てがばれた。

そして社会的地位も失った逆恨みの果て、殺し屋のホームレスに満の殺害を依頼した。


「すみません、安藤さん。夢見る枕を1つ下さい」

その日の夜、満は疲れた表情で店に現れた。

「・・・はい、税込み30万円になります。情けないよ、何の力にもなれなかった」

安藤はため息交じりに言う。

「そんなことないよ。私が依頼者を吟味しなかったせいだから。

お祖父ちゃんにあれだけ言われていたのにな」

そう言いながら、満はため息をついて、安藤に一つのお願いをする。


いつもと変わらない盛り上がりを見せる真夜中の繁華街、

その路地裏、息も絶え絶えの博が横たわっていた。

出血も外傷も見当たらないが、顔色と呼吸の様子からどう見ても助からないと分かる。

安藤が近づくも体勢は変わらず横たわったまま、顔も見ずに必死に言葉を出す。

「・・・、スリ、だけ、じゃな、かった」

「あの娘のじいさんは、最低限の護身術を教えていたんだ」

「・・あれ、が、最、低限、かよ」

「命の危険が迫った時にだけ、使うように言われたんだ」

「・・・まい、った、な」

「殺しの技術ならアンタが上、あの子は護身術とスリの技術でそれを補った。

 道具はアンタの毒針、それを盗られ逆に手首へ打たれたらしいな」

「・・・聞、いた、のか?」

「この場所も含めてな。あの娘からの依頼なんだ。希望すれば枕をしてやってくれと。

 どうする、最後に殺された妻子との想い出を見るか?」

「・・・くそ、じじ、い」

「なぁ、覚えているか?昔、飲酒運転で若い男女をひき殺した服役中の男を、刑務所で首吊り自殺に見せかけて殺したろ。そいつがひき殺した男女があの娘の両親。ちなみに依頼者はあの娘の祖父なんだ」

「・・・、は、は、アハ」

博は苦しさと微笑を交えた表情で息絶えた。





「じゃあこれ、安藤さんお願いします。万が一、もし私が勝って殺し屋が死んでいなかった場合、

 希望すればこの枕をしてあげて下さい」

「何であいつに?満ちゃんが使うんじゃないのかい?」

「あの殺し屋も私の横着に巻き込まれたものだから。私はいいの。勿論勝てる気はしないけど、何か枕使ったら、万が一の可能性もなくなって自暴自棄になりそうだから。お祖父ちゃんも使わなかったんでしょ?」

「ああ、末期ガンで金も充分あったのに。満と過ごす今が一番幸せだ、って」

「あー、そっか。うん」

そう言うと、満は来店時から必死に堪えていた涙を流した。

声を押し殺し、ハンカチで顔を覆い、溢れ出てくる涙と嗚咽を必死に受け止めていた。

天才スリ師が、最初で最後の殺人を犯す5時間前、安藤寝具店のレジにて。


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