第五話 奇襲
ひっっっさしぶりの投稿!!!
不定期ですが、2週間おきくらいでは投稿する予定です!
六回表、一死三塁。
四番の秋山は初球を打ち上げ、一塁横へのファールフライ。
一塁手の北倉は余裕を持って捕球し、念のため三塁走者の多留に目を移す。
しかし、あるべきはずの三塁ベース付近に多留の姿は無い。
瞬時に左へ目線をやると、多留は猛然と三本間を走っていた。
一時間程前の記憶が一瞬蘇るも、今度は冷静にストライクの送球。
が、捕手のミットにボールが収まった時、足から回り込んでスライディングした多留の左手がベースに触れた。
それは歓声ともどよめきとも違った。
バックネット裏にいた観客のほとんどはこのプレーを理解できていなかった。
そしてそれはこの二人も同じである。
「なんですか、今のは。平凡な内野フライでホームにタッチアップして、普通にセーフになりましたよ?多留も足は速い方ですが、こんなことあります?」
「少し北倉が慎重になったのもあるが、にしても速すぎるな。まあ一、三塁のスタンドが特にざわついてるのが答えだとは思うが。あとは甲斐中央側が気付くかどうかだな。」
「どういうことですか?」
甲斐中央ナインが動揺を隠せずにいる中、セカンドの金山がキャッチャーの中谷に声を掛ける。
「中谷さん、ボール。」
意図がわからないまま中谷はボールを投げ、金山はそれ捕る。
「ミノさん。」
金山は三塁手の簑間を呼ぶと同時に、受け取ったボールを送る。
そこで簑間を含む甲斐中央ナインは意図を察した。
簑間は三塁ベースを踏み、塁審に向かってタッチアップが早かったとアピールをする。
すると審判が右手を上げ、アウトの判定。
甲斐中央のアピールが認められ、スリーアウトとなった。
多留は北倉が捕球する前に三塁ベースを離れていた。
三塁手の簑間は、一塁横のあまりに平凡なフライだったためにタッチアップが早いかどうかの確認はしていなかった。
かといって多留が捕球より前に走り出していたのであれば、直接見ていなくとも音などで気づく可能性がある。
そのため多留は、フライが上がるのを確認し三塁ベースへ戻った後、本塁方向へ三歩ほど歩いていた。
そして北倉が捕球するのと同時に走り出したのである。
これにより、簑間をはじめ甲斐中央の選手達は多留の「フライング」に気づかなかったのである。
気づいていたのは、北倉と多留が同時に視界に入っていた、一、三塁スタンドにいた観客の一部だけだった。
ベンチへ引き上げる際、大久保が金山に声をかける。
「よく見てたな。助かった。」
それに対し金山は平然と応える。
「見てないですよ、あんなフライで。ってゆうか皆さんが慌て過ぎなんですよ、そもそも。タッチアップが早い以外の理由であれがセーフになるなんてことあります?」
「まあそう言われればそうだが…。」
「それよりも、一点取ってくださいね。落ち着いて守ってれば、もう点は取られませんから。」
「ああ、まず同点だな。」
そう言い残し、大久保は打席に向かった。
一方一塁側のベンチでは、貴重な追加点が幻となったものの、落胆した様子はない。
もともとアピールされてアウトになるリスクを想定したプレーだったからだ。
アウトが宣告されるや否や、多留本人が真っ先にセンターのポジションへと走っていったほどだ。
そして大きな声を出し、元気にキャッチボールを始める。
そんな後輩を微笑ましそうに眺める、マウンド上の天口と上重。
「とうとう先頭で迎えちゃったな。長打だけは気をつけるぞ。変化球は全部ワンバウンドでもいい。」
「ああ。打ち気になったところでボール球を振らせるのが理想だな。」
「おし、あと4イニング。せっかくだから存分に楽しめよ。」
上重は天口の右肩をミットで軽く叩き、マウンドを降りていった。
六回裏。
先頭打者の名前がコールされると、この試合で一番とも思える歓声が場内に響き渡った。
「さあ大久保の3打席目。ここまでの2打席は申告敬遠を含む2四球。流石に先頭バッターは簡単に歩かせないでしょう。」
「どうかな。長打を打たれるくらいならフォアボールの方がマシってことで歩かせるかもしれん。実際、初回のツーアウトランナーなしではほとんど歩かせてる。」
「でもノーアウトのランナーになりますし、なにより個人的に勝負してほしいですね。」
大久保に対する初球。
捕手の上重は中腰になり高めの釣り球を要求。
これが高めに大きく外れる。
続く二球目、天口が投じたのはアウトローに逃げていくスライダー。
明らかなボール球だが、大久保は強引にバットを出す。
バッターボックスから爪先が大きく出るほど踏み込み、右手一本で捉えた打球はレフト線へ。
これがワンバウンドでフェンスへ達し、俊足の大久保は悠々二塁へ到達した。
この攻防に珍しく柏木から口を開く。
「完全にバッテリーの負けだな。ボール球を振らせたいのがバレバレだ。」
「初球が釣り球だったことで、大久保からしてみれば狙いやすくなりましたね。だからあれだけ踏み込んで打ちにいけた。」
「『短打、四球ならオッケー、打ち損じてくれたら儲けもん』って感じだったな。そもそも気持ちで負けてるんだよ、配球が。本人達がどう思ってるかは知らないが、配球が逃げの配球なのよ。向かってくるやつより逃げてるやつの考えの方が分かりやすい。」
「かといってあの球は普通長打にはなりませんよね…。」
「ああ、間違いない。おそらく今の高校生では大久保くらいだろう。」
「さあもう終盤に入ってきますし、同点の絶好のチャンス。四番の北倉ですけど、バントはありますかね。」
「いや、今まで公式戦ではほとんどバントをしていない北倉だからな。下手に送らせて失敗するくらいなら、打たせた方がいいだろう。それに…」
「四打席あればどこかで必ず打ってくれる。」
甲斐中央ベンチで、監督の持安が選手に語りかける。
采配において重要な選択をする際、持安はその意図や理由を選手たちに説明する。
「このゲーム、鍵になるのは間違いなく北倉、佐中の打席だ。この二人に一本出るのか、そうでないのか。これでこのゲームは大きく変わってくる。そのチャンスをこちらから減らすわけにはいかない。いいな?」
甲斐中央のメンバーは揃って大きな返事。
誰一人、異論はない。
それだけで甲斐中央ナインの北倉、佐中に対する信頼は厚かった。
打席の北倉にも監督の意図は伝わっていた。
(進塁打はいらない。ヒットを打つ。だが向こうは進塁打も打たせたくないはず。追い込まれるまではインコース、まっすぐかカットボールにしぼる。まっすぐは詰まっても内野を越せばいい。)
そんな北倉の狙いを見透かしたかのように、初球はアウトローに136 km/hのストレートが決まる。
続く二球目も同じくアウトローの直球。
北倉は手が出なかったが、僅かに外に外れた。
(だめだ、インコース狙いはバレてる。余計なことは考えずに来た球を打つ。変化球はなんとか食らいつけばいい。)
上重が初球に外角のストレートを要求したのは、北倉のインコース狙いを予想してのこと。
そしてその時の見逃し方でその狙いを確信し、同じ球をもう一度続けた。
さらにその後の打席内での北倉の雰囲気から、狙い球を変えたことも感じ取っていた。
しかし変わったことは分かっても、何に変えたのかはわからない。
外角狙いに変えたのか、球種で絞るようにしたのか、はたまた何も考えないようにしたのか。
よって一番自信のあるボールを要求する。
アウトローにチェンジアップ。
天口が投じた117 km/hに北倉のバットは空を切る。
これでワンボール、ツーストライク。
(ここまでの3球は全部外。コントロールさえミスんなきゃ三振取れる。)
上重が要求したボールは、内角高めのストレート。
ストライクゾーンより僅かに高いところに、この日最速の139 km/h。
打ちにいった北倉のバットは途中で止まったが、球審はスイングの判定。
(なーるほど。流石だわ。)
上重は複雑な笑みを浮かべていた。
武田学園 1ー0 甲斐中央
(六回裏攻撃中)
欧州サッカーのCL決勝のカードは、レアル対リヴァプールを期待しています。
まあWOWOW入ってないんだけども…。