第四話 決断
二回連続で投稿が遅れてしまいました!
次回は18時に投稿できるよう気をつけます!
嫌いなことはいくつかあるが、その中でも一番は自分の能力が正当に評価されないことだ。
昨年秋の県大会優勝、関東大会準優勝、春の選抜ベスト4。それらの試合の8割以上を一人で投げてきた。
たしかに、今年の甲斐中央は打撃のチーム。打線には何度も助けられた。
が、雑誌やネット、OBの声を聞くと、「課題は投手力」。
正直、イラつく。
自分自身、未完成で荒削りな部分があるのは分かる。
だが客観的に見て県内で一番のピッチャーは自分だし、選抜で対戦した相手にも自分より力が上だと思ったのは一人くらい。
なのになんなんだよ。
ろくに試合も見てない奴が偉そうに言いやがって。
今日だって事前の予想だと、「乱打戦に持ち込めば武田学園にも勝機あり」。
なんねーよ、そんなん。
細かいコントロールなんかはなくてフォアボールもわりと出すから崩れやすいイメージなのかもしれないけど、高校入って公式戦で5点以上取られたことないんだけど。
なんとなくで書くなって。
そんな評価を変えるのはこの夏しかないが、県大会では打線が目立ちすぎて何も変わらないかもしれない。
と思ってたところに、なんだあいつは。
球速は140 km/hには届かないが、チェンジアップを囮にしてをストレート一本で北倉を三振に取った。
決してまぐれじゃない。
考えられた配球だった。
それに、大久保は意図的に歩かせているもののウチの打線を見下ろして投げている。
こんな余裕をもった投球をされたのは今まで一人だけだ。
四回表。
甲斐中央のナインが守備についても、場内は騒然としていた。
春の選抜ベスト4の甲斐中央が苦戦しているということもあるが、それ以上にこの序盤での申告敬遠に対してである。
一塁が空いていたとはいえ、高校野球では異例の出来事。
そしてそれは、この先の似たような場面でも同じことが起きるということである。
そんな物珍しい事態に期待するような空気を、東庵が振り払う。
先頭の薄には粘られながらもストレートで空振りの三振。
続く四番の秋山はセンターフライに打ち取る。
二死から苫田には四球を許すも、六番の真栄喜はフォークで空振り三振に取った。
ここから試合は早いテンポで進んでいく。
四回裏は天口がわずか八球で三者凡退に抑える。
対する東庵も、八番の新庄に内野安打を許したものの後続を打ち取り無失点。
武田学園の一点リードのまま、五回裏を迎える。
「事前の予想に反して、完全に投手戦になりましたね。初回から準備していた新浦もいつの間にか引っ込んでるし、甲斐中央の方もプルペンは誰も投げてない。両チームともよほど信頼してるようですね。」
「ああ。今日の両投手の出来は素晴らしい。これは何かきっかけがないと動かないかもな。」
柏木がそう言った直後、中谷の平凡なサードゴロを新庄が弾いてしまい、出塁を許す。
「これはそのきっかけになるんじゃないですか?」
「なりうるな。ここが中盤の大きな山場になることは間違いない。甲斐中央としては貴重なランナーになるな。」
続く九番の金山は一球で送りバントを決める。
「ワンアウト二塁で、この試合二打席ともいい当たりをしている木吉。しかも一人出れば大久保に回るので歩かせることもできない。」
木吉を迎えたところで、武田学園が守備のタイムをとり伝令を送る。伝令に来たのは背番号1をつけた縄村。
「ベンチからの指示はなにもねーぞ。まったく、おれが投げてる時はあーだこーだ言ってきたくせに。」
縄村は来て早々、笑顔で愚痴をこぼす。
返事をしたのは上重。
「まあこの試合は半年以上前から想定してた試合だからね。どの場面でなにをすればいいかは俺たちもわかってる。」
「まあとにかく大久保まで回さんよーに頑張れ、エース。」
天口が小さく頷くと、集まっていた内野手がそれぞれのポジションに戻る。
マウンド上からその光景を見ながら、今日までの日々を思い出していた。
一年と三ヶ月前。
冬のトレーニングで球速が上がり、春の大会では二年生ながら主力投手の一人としてベンチ入りを果たしていた。
二回戦、三回戦とリリーフで好投したものの、大会前から違和感のあった天口の肩は悲鳴をあげていた。
天口の左腕を柔らかく使う独特のフォームには、ある体質が関係している。
「ルーズショルダー」
肩の関節が通常より大きく動いてしまう障害である。
肩の可動域が広くなる一方、関節に負担がかかり付近を痛めることがある。
エースナンバーを争い力投していた天口の肩には負荷が蓄積されていたのだ。
肩のダメージは思いの外大きく、全力投球ができるようになる頃には秋の県大会が既に始まっていた。
大会中の登板は厳しいと判断し、ベンチ入りから外れていた天口は、準決勝で甲斐中央に敗れ春の選抜への道が絶たれる瞬間をスタンドから見つめるしかなかった。
目一杯腕を振れるようになった天口は、以前の自分との違いを実感していた。
ルーズショルダーと向き合うために全身の筋肉を鍛え直し、同時に負荷の少ないよう投球フォームを改善したところ、ストレートの球速、回転数が大きく上がっていた。
そして投球の幅を広げようと試した変化球が、天口を投手として更に成長させた。
練習中のシートバッティングでは、武田学園の打者達に天口はほとんど安打を許さない。
特に右打者はチェンジアップとストレートの組み合わせに、ほとんど前に飛ばない程だった。
来年の夏は背番号1を背負い打倒甲斐中央に挑むのだろうと、チーム内の誰もが思っていた。
甲斐中央の関東大会での試合を観戦しながら、天口はこの打線をどうすれば抑えられるかと考えていた。
しかし、世代No. 1スラッガー、大久保建斗を抑えるイメージがどうしても湧かない。
県大会でエースナンバーをつけ、大久保に三安打を許した縄村、それを最も近くで見ていたキャッチャーの上重もそれは同じようで、三人は同じ結論に辿り着いた。
「大久保とまともに勝負してはいけない」
幸い、甲斐中央の上位打線は県大会からほぼ固定されていて、大久保の前後を打つ二、四、五番は右打者だった。天口と相性のいい右打者をしっかり打ち取れるなら、大久保を歩かせることも可能である。
ただ、これには懸念点がいくつもあった。
まずは右打者とはいえ、甲斐中央の主軸打者を天口が抑えられるのかどうか。
特に四、五番の北倉と佐中は武田学園のどの打者よりも優れた右打者である。
それに俊足の大久保を一塁に置くことになるため、長打を打たれれば即一点を失うのだ。
もう一つの課題は、天口の特徴が相手に知られると大久保の前後に左打者を並べられる可能性があるということだ。
甲斐中央には大久保以外にも木吉、東庵といった左の好打者がいる。
「ちょっと一つ考えがあるんだけど。」
この話を三人でしている時に、天口がある提案をした。
「対外試合で投げなければ対策されることもないんじゃいか?」
とんでもない提案に、縄村と上重は言葉に詰まる。
「いきなり知らないピッチャーが出てくれば向こうもビビるだろ。」
返答したのは縄村。
「いやいや、練習試合でも投げねーのはどーよ。試合勘とかいろいろあんだろ。」
そんなのあり得ないとばかりに手を振って否定する。
「悪くないと思う。」
ここで上重がようやく口を開く。
「甲子園に行くために最大の壁は間違いなく甲斐中央戦。県内の他のチームのレベルを考えると、その一戦のためだけに準備してもいんじゃない?」
「そこまでは縄村や新浦に任せることになるがな。」
「おいおいおい。どんどん進んでくな、話が。ほんとにやんのか?」
「監督の許可が下りればな。」
「明日聞きにいこっか。」
「マジかよお前ら…。」
翌日、監督の近藤との話し合いの末、天口を甲斐中央戦まで極力登板させないことが決まった。
その後練習試合では数回登板したが、チェンジアップと春に習得したカットボールは一球も投げなかった。
春の県大会は背番号18を背負いベンチ入りしたものの登板なし。
チームは決勝で甲斐中央に2-7で敗れた。
そして迎えた夏の県大会。
縄村、新浦らの力投もあり、順調に準決勝に進出。
満を持して先発した天口の好投もあり、五回裏の時点で1-0とリード。
しかしエラーが絡み一死二塁で一番の木吉を迎える。
ピンチで苦手な左打者を迎えても、天口は冷静だった。
(ギアを上げないとだな。マックスに。)
初球はインコースへのストレート。
木吉は振り遅れ、ファールとなる。
二球目はスライダーが低めに外れた。
続く三球目、再び内角のストレート。
これもファールとなり、ワンボールツーストライク。
四球目もストレートを続け、同じようなファール。
(まっすぐだけじゃ打ち取れないよな。かといってスライダーもカットも合わせられる気がする。となると…)
天口が上重からのサインを見て頷く。
(だよな。左バッターには投げづらいんだけど…。とか言ってる場合じゃないしな。)
五球目。
全力で腕を振って投げたチェンジアップはベルト付近にくるも、木吉は体勢を崩されバットは空を切った。
空振り三振でツーアウト。
続く二番の簑間には初球からチェンジアップを投じ、空振りを奪う。
そこからストレートを三球続けて、再び空振りの三振。
この試合三度目の得点圏のピンチも、連続三振で切り抜けた。
「圧巻のピッチングでしたね、天口。」
「ああ、ピンチになり明らかに球の質が変わった。これぞエースというピッチングだな。」
柏木、館山のコンビも天口の投球に称賛が止まらない。
「武田としては早く追加点を取ってあげたいところですね。」
六回表。
二番の多留がストレートに詰まりながらもライト前へ運ぶ。
待望のノーアウトでのランナーを一塁に置き、打席には三番の薄。
その初球。
東庵が投じたフォークボールがワンバウンドし、それを捕手の中谷が前に弾く。
そこまで大きく弾いた訳ではなかったが、ボールの軌道を見てバウンドの直前にスタートを切っていた多留は二塁を陥れた。
無死二塁となって二球目。
薄はセーフティバントを試みる。
上手く三塁線に転がしたが、一塁はアウト。
結果的に送りバントの形となった。
一死三塁と追加点の絶好機で四番の秋山が打席に入る。
甲斐中央の守備陣がスクイズも頭に入れる中、秋山は初球のストレートをフルスイング。
しかし僅かに振り遅れ、打球は一塁方向へ高々と舞い上がる。一塁横への平凡なファールフライ。
しかし平凡なフライだからこそ、信じられないプレーが起こる。
武田学園 1ー0 甲斐中央
(六回表攻撃中)
メジャーリーグの全日程が終了し、大谷選手は46本100打点26盗塁9勝と素晴らしい成績でした!
是非MVPとってほしい!!!