第三話 思惑
明日はDeNAの東投手がトミージョン手術からの復帰登板!!!しかも相手は奥川投手!
初回を終え、甲斐中央の選手達が守備につく。
場内の空気は試合開始前とは明らかに違った。
(あの投手なら甲斐中央を抑えられるかもしれない)
観客の多くがそう思い始めていた。
もちろんこの二人も。
「あれはチェンジアップですか?にしても完全にタイミングを崩してましたね。」
「ああ。北倉があれだけ体勢を崩されるとは。しかも二球連続で。まっすぐも走ってるだけに相当厄介なボールだな。」
「そんで一点先制して裏を完璧に抑えたもんだから、完全に流れは武田ですね。」
「それにこの回は東庵と相性のいい苫田から。また点が動くかもしれんな。」
しかし、苫田はカウント1-1からのストレートに詰まらされて力のないショートゴロ。
六番の真栄喜はフルカウントからフォークを振らされて三振。
二死から上重が粘って四球で出塁するが、八番の新庄はアウトコースのストレートで空振りの三振。
甲斐中央のエース、東庵がしっかり無失点で抑えた。
「いいですね、東庵。シンプルに球速くないですか?」
「コンスタントに140前後は出てるな。それに、トリックプレーでの失点、北倉の三振と向こうが盛り上がった後をキッチリ抑えてきてる。ここまで東庵の出来がいいと、大量点はなかなか期待できなそうだな。」
「となるとやはり天口のピッチングですか。さっきの回がたまたまなのか、そうでないのか。」
二回の裏。
甲斐中央の先頭打者佐中は驚きを隠せなかった。
それは天口が初球に投げたストレートに対してである。
ベンチから見ていたよりも遥かに体感速度が速いのだ。
それが、インコースいっぱいに決まった。
それに、北倉が三振したチェンジアップも印象に残っている。
(タイプは違うが、アイツと同じレベルかもしれないな。)
佐中の中で心の迷いが生じたところに、二球目。
外角低めのストレート。
佐中は手が出なかったが、審判の手は上がらなかった。
少しホッとした後の三球目。
インコースのボールに手を出すも、ストレートのタイミングでスイングしたバットの先にボールは当たる。
(カットボールか。)
佐中がそう思った時にはすでに打球は三塁手へと向かっていた。
北倉が手玉に取られたチェンジアップを使わずに、おそらく狙い通りに抑えられた。
一塁を駆け抜けベンチに戻る佐中の目には、試合開始前より大きく映る天口の姿があった。
続く東庵は外角のスライダーを強引に引っ張りライトフライ。
七番の小林はインコースのストレートに詰まりながらもレフト前へ運ぶ。
二死一塁となって中谷が右打席に入る。
カウント2-2から最後は外角低めのチェンジアップ。
タイミングが合わずに空振り三振。
二回裏も天口が甲斐中央打線を無失点に抑えた。
三回表、甲斐中央ナインが守備につく際に、大久保が東庵に話しかける。
「一点勝負になるかもしれん、頼んだぞ。」
東庵は静かに頷き、応える。
「おれもなんとなくそんな気がする。もう点はやらん。」
ほとんど無表情の東庵とは対照的に、大久保は笑顔で東庵の背中を叩く。
「まあ2点はどーにかして取るからさ。」
「お前だけじゃどうにもならんかもしれんがな。」
「…まああいつらならなんとかするだろ、きっと。」
一点勝負。
甲斐中央のメンバーは、天口の初回の投球を見て予感し、二回の投球で確信していた。
初回の北倉の打席も印象的だったが、それよりも二回の小林、中谷に対する投球が衝撃だった。
北倉・佐中に投げたストレートと、小林・中谷に投げたそれとでは、明らかに球威が違ったのである。
天口は甲斐中央打線相手にペース配分をしてたのだ。
これは天口が長いイニングを投げる予定だということ、それに甲斐中央の下位打線はいつでも打ち取れるということを示している。
これにより甲斐中央のナインはそうそう点は取れないだろうと予想したのである。
その中でも大久保、東庵、そして監督の持安の三人にはもう一つ大きな予感があった。
先頭打者としてサードへのファールフライに打ち取られた天口に、上重が話しかける。
「順調だな。まっすぐもチェンジアップもだいたい狙ったとこに来てるし、先制点も取れた。今んとこ何も問題なしだ。」
「ああ。まずは前後を抑えることが全てだな。」
天口の返答に、上重の顔に笑顔が浮かぶ。
「にしても観客の皆さんもがっかりよな。目当ての大久保建斗がまともに勝負されないなんて。」
「そんなこと気にしてる場合じゃないだろ。」
「冗談だよ、冗談。」
大久保、東庵、持安が予感していたこと。
それは、大久保がこの先勝負してもらえないのでは、ということである。
天口はその少し独特なフォームから、右打者からは球の出所が見えづらく、ストレートの体感速度が速くなる。
そのことに、観察眼の優れた大久保、東庵、そして百戦錬磨の名将、持安は気づいていた。
さらに天口のウイニングショットのチェンジアップは右打者から逃げながら落ちていくので特に右打者に対して有効なのである。
「つまり天口は右キラーの左投手だと。」
こちらも百戦錬磨の野球オタク。
館山も天口の特徴に気づいていた。
「そうだ。試合前は左の大久保対策かと思ったが、逆だ。大久保との勝負は極力避け、前後の右打者を抑えていく戦略だろう。」
「なるほど。甲斐中央に打順を変えさせないようにってことも、天口を今まで隠しておいた理由の一つですか?」
「おそらくな。まあ単純に対策を立てさせないことが一番の理由だとは思うが。ともかく、試合前の俺の予想は大はずれ。武田学園は事実上のエース、天口を信頼し、僅差で競り勝つ作戦だった。これで初回の一点を取りにいく戦い方にも納得がいく。」
「となると、今のところは武田の狙い通りに進んでるってことですね。」
「ほとんどな。だが武田にも少々の誤算はある。」
「東庵ですか。」
マウンド上では岸井、多留を連続三振に切って取った東庵が大きな雄叫びを上げていた。
「今日の東庵は俺が今まで見た中で一番いい。初回こそ球が浮いて2安打を許したが、それ以降はほぼ完璧だ。ここから追加点を取るのは至難の業だな。」
「つまりロースコアの接戦になると。」
「おそらくそうだろうな。」
三回裏。
天口は先頭の金山をショートゴロに打ち取るも、一番の木吉に外角のストレートをレフト前に運ばれ、一死一塁。
続く簑間の打席、2ボール1ストライクとなったところで甲斐中央がヒットエンドランを仕掛ける。
外角低めのストレートに簑間がバットを合わせるも、力のないセカンドゴロ。
一塁はアウトで、二死二塁となる。
そして迎えるのは三番の大久保。
最大の注目選手のチャンスでの打席に、観客のボルテージは上がっていく。
ここで武田学園のベンチから選手が出ていき、主審に何かを伝える。
守備の変更があるわけでもない状況での主審への伝令に、場内が少しざわつき始める。
そして一度打席に入った大久保が主審の指示で一塁へと歩いていったことによって、ざわつきがどよめきに変わる。
そこに、場内アナウンスの声。
『武田学園高校の申告故意四球により、バッターの大久保君は、一塁に進みます。』
申告故意四球。
つまり申告敬遠である。
プロ野球では一般的になってきた申告敬遠だが、高校野球ではまだ馴染みが薄い。
それに序盤の三回での敬遠ということも相まって、場内のどよめきはなお続いた。
そしてそのどよめきはそのまま歓声へと変わる。
二死一、二塁から、天口は北倉を三振に取った。
さらに、天口が投じた四球は全てストレートであった。
武田学園 1ー0 甲斐中央
(三回終了)
そういえば、東投手も左投げでチェンジアップ投げる!?そういうピッチャーはそこそこいるか…。