第二話 初回
第二話!
いよいよ試合開始です!!!
一番の岸井が左打席に入り、審判のコールとともにサイレンが鳴り響く。
岸井は昨日の会話を思い出していた。
前日の練習を終えた後、ベンチ入りから漏れ相手チームの研究に回っていた三年生の中木が声をかけてきた。
「明日の第一打席、初球のストレートを狙ってくれないか。センバツ以降の東庵の投球を見返したら、自分の状態を確認するためか、初球は全てストレート。しかもほとんどがストライクゾーンにきていた。」
「なるほどな。任しとけ。」
岸井は中木の背中を軽く叩き、再びグランドへ向かった。
甲斐中央のエース、東庵が大きく振りかぶり足を上げる。
(まっすぐ。前で捉える。まっすぐ。前で…。前で…。)
岸井が頭の中で念じるようにつぶやく。
東庵の初球は狙い通りストレート。
やや外よりだが強引に打ち返した。
打球はライナーでセンター前へ。
岸井は大きくオーバーランをし、ベースに戻ると一塁側スタンドに向けて小さく拳を掲げた。
「迷いなく振っていきましたね。」
「ああ完全に狙ってたな。140キロのボールに振り遅れることなくしっかりミートしていった。」
バックネット裏の二人組もこのクリーンヒットには感心してる模様。
「さあノーアウトで俊足のランナーが出ましたが、どうしますかね。複数点が欲しいとはいえ、ここは送りますか?」
「二番の多留は器用だからなんでもできる。シンプルには送ってこないかもしれんな。」
そんな予想に反して、多留はきっちり一球で送りバントを決めた。
「送ってきましたね。」
「まずは先制点を取って主導権を、ということか。」
そして三番の薄が左打席に入る。
「さあチャンスで期待できるバッターですね。」
「いきなり大きな山場になるかもな。」
初球はストレートが高めに外れボール。
2球目はスライダーが低めに決まり、見逃しのストライク。
3球目はアウトローのストレートに手を出し、真後ろへのファウル。
「まっすぐにタイミングが合ってるな。」
「今日まだ決め球のフォークは投げてませんね。」
1ボール2ストライクからの4球目。この日東庵が初めて投げたフォークは、ベースの上でワンバウンド。薄のバットは止まる。
「あれだけ手前でバウンドすればさすがに手は出ませんね。」
「これでカウントは2-2。まっすぐにもタイミングが合っていて、低すぎたとはいえフォークも見極めた。次は何を投げるのか。」
5球目。東庵が投じたストレートは、真ん中のベルト付近に。
「甘い。」
柏木がつぶやくと同時に薄がボールを打ち返す。
打球はワンバウンドでピッチャーの頭を超え、セカンドベースのやや一塁よりを通過。
センター前へ抜けようかというところで、セカンドの金山が飛びつく。
「あれに追いつくのか。」
「けど打球が跳ねた分一塁は-。」
金山は素早く起き上がると、迷わず三塁へ送球。
ちょうど岸井はオーバーランをしようと三塁ベースを蹴った瞬間だった。
ワンバウンドで三塁手の簑間の正面にボールが送られる。
簑間のタッチより一瞬早く、岸井の手がベースに触れた。
審判が手を横に広げる。
悔しさが顔に出る金山とは裏腹に、この一連のプレーに対して場内はどよめきと拍手で包まれた。
「おそらく抜けてれば一点でしたね。」
「ほぼセンター前に抜けていた打球に追いつく守備範囲。一塁は間に合わないとみて咄嗟にオーバーランの三塁走者を刺しにいく判断力。そして崩れた体勢からの正確な送球。打撃が売りのチームにあって欠かせない存在だな、背番号4、金山雄貴。」
「甲子園では打てなくてもずっとスタメンでしたもんね。これでまだ二年生っていう。」
「だがチャンスは広がってワンアウト一、三塁。四番の秋山だ。さすがにここは強打だろうな。」
一回表。
一死一、三塁のピンチで、甲斐中央の一塁手北倉は軽い違和感を覚えていた。
一塁走者の薄のリードが大きすぎるのだ。
(こいつは脚は速くない。戻ることだけに集中してリードを大きめにとってるのか。にしても大きすぎる…。)
その違和感は甲斐中央バッテリーにも伝わったのだろう。
打者秋山への初球より前に、牽制球がきた。
素早い、刺しにいく牽制球だ。
北倉のミットにボールが収まりタッチをしにいくが、思っていた場所に薄の姿はない。
躓いたのか、頭から戻った薄の手はベースの1メートルほど手前で止まっていた。
タッチをしようとミットを伸ばすと、薄は腕を引きそれを一度かわす。
その時左から大きな声が聞こえた。
「バックホーム!!!」
この声は北倉の耳に確かに聴こえていたのだが、一歩踏み出せば確実にアウトにできる走者が目の前にいる状況で、北倉は薄にタッチをしてから本塁に送球する選択をした。
タッチをし振り向くと、三塁走者の岸井は本塁との中間あたりまできていた。
それでも本来であれば余裕で間に合うタイミングだが、タッチをしにいったことにより僅かに体制が崩れ、送球が浮いた。
捕手の中谷が頭より高い位置でボールを捕りタッチをしにいくも、頭から滑り込んだ岸井の手が先にベースに触れた。
誰も予想しない形で、武田学園が初回に先制した。
この一連のプレーに、一塁側の武田学園の応援席は大歓声に包まれる。
一方、三塁側の応援席、グラウンドの甲斐中央の選手たちは驚きと困惑を隠せなかった。
一旦落ち着かせようと、ショートの大久保が東庵に声をかけに近付く。
しかし東庵は右手を前に出しそれを断った。
打席には四番の秋山。
ストレートとスライダーの2球で追い込むと3球目は144 km/hのストレートが内角低めに決まり、見逃し三振。
すると三塁側のスタンドとベンチに勢いが戻った。
「悪い。焦っちまった。」
ベンチに戻る際、北倉が東庵に声をかけると、
「気にすんな。そのかわり打って返せよ。」
東庵は表情は変えず、短く答えた。
それを横から見ていた大久保はエースの精神的な成長を喜んでいた。
(センバツあたりから頼もしくなっちゃって、俺の仕事が減ったな。)
ベンチに戻ると持安監督が円陣を組んだ。
「あのプレーは向こうがウチを倒すため、あるいは甲子園で勝つために練習してきたものだろう。気にすることはない。そして一塁ランナーを殺してまで一点を取りにきたということは、ロースコアに持ち込める自信があるのだろう。つまりあのピッチャーにそれだけの能力があるということだ。心してかかれ。」
一回の裏、甲斐中央の攻撃。マウンドには背番号18の天口が上がる。
投球練習を終え、捕手の上重と一言、言葉を交わし、センター方向に振り向く。
2年生の春以来の公式戦のマウンドに、緊張よりも高揚感が勝っている。
昨年の11月からこの日のためだけにやってきた、その全てが出せる。
不思議とそんな予感がする。
守備につく仲間の声が胸に染み込んでくる。
(今が人生で最大の幸福かもな。)
少し微笑んで、再びキャッチャーに正対する。
「柏木さん的にはどう思いますか?天口の球は。」
館山が、投球練習を終えた天口の感想を問う。
「まっすぐは素晴らしいな。球速はそこまでだが、キレのあるいいボールだ。フォームも柔らかく余計な力が入っていない。変化球は投げてたのはスライダーだけかな。コントロール次第だが、うまく使っていけば序盤は抑えられるかもしれんな。」
「ブルペンには初回から新浦がいますね。」
「やはり早めの継投を考えているんだろうな。」
一番の木吉が左打席に入る。
天口がノーワインドアップから第一球を投じる。
134 km/hのストレートがアウトローに外れる。
2球目はインコースにストレートが決まり、見逃しのストライク。
「あのコースに投げきれるのは大きいな。」
柏木が感心した直後の3球目。
アウトローに投じたスライダーを木吉が捉える。
しかし、ライナー性の打球はショート岸井の正面。
難なく捕球し、ワンアウト。
「インコースのストレートを見せられた後の外のスライダー。よく合わせてきましたね。」
「流石、甲斐中央打線の切り込み隊長と言ったところか。」
続いて右打席には二番の簑間。
初球のインコースのボールに手を出し、力のないサードゴロ。
今大会の打率が5割に迫る好打者、簑間のらしくない打球に、館山は困惑する。
「今のはストレートですか?」
「いや、まっすぐではないな。よくわからなかったが、スライダーとも違ったし、カットボールか何かか。」
柏木の予想通り、天口が投じたのはカットボールだった。
ストレートとほとんど変わらないスピードで、打者の手元で僅かに曲がるボール。
ストレートのタイミングで打ちにいった簑間のバットはボールの上部を叩いたのだ。
二死走者なし。
次の打者の名前がコールされると、場内は大きな歓声に包まれる。
「さあきました。高校No.1スラッガー、大久保建斗。彼を見るためだけにきたお客さんも結構いそうですね。」
「ああ。それとスカウトもな。この試合一番の注目は間違いなく大久保の打席だろう。」
しかし、観客の期待とは裏腹に、最初の2球はスライダーが外に大きく外れる。
「まあ、まともに攻めるのは怖いですよね。」
「…だが理想的な状況で迎えられたこの打席。早いカウントから勝負した方がいいとは思うがな。」
3球目は外角低めいっぱいのストレート。
これを大久保は完全に捉えるも、打球は僅かに左に切れレフト線へのファールとなる。
「あの球を打たれると投げる球がないですかね。」
「ストライクゾーンで勝負するのは難しいかな。かといってー。」
4球目はストライクからボールになるスライダーを大久保が見極める。
「簡単にボール球に手を出してくれるバッターでもない。」
「勝負するならインコースのまっすぐですかね。」
「そうだな。打ち取るにはどこかで勇気を持って内に投げ込むことが必要かもな。」
しかし、5球目は外角にストレートが外れ、フォアボールとなる。
「ちょっと気持ちが逃げすぎじゃないですかね。」
「後のバッターを考えても、簡単に歩かせるのもな。」
二死一塁。
打席には、四番の北倉。
何度も頭の中でイメージしていた場面。
一塁走者、大久保の脚を警戒しながらも全力で腕を振った。
内角高めへ、137 km/hのストレート。北倉は僅かに振り遅れ、バックネットへのファールとなる。
ベンチやネクストバッターズサークルから見ていたストレートの球威を上回っていた。
そして二球目。
天口は初球と同じ、いや、それ以上に鋭く腕を振った。
ベルト付近の高さに来たボールに、北倉はバットを出す。
が、ボールはバットが完全に空を切ってからホームベース上を通過した。
完全に体勢を崩され、北倉は片膝をつく。
天口が甲斐中央から隠すために練習試合でも投げなかった球種が二つある。
一つは先程簑間に投げたカットボール。
そしてもう一つがこのチェンジアップ。
ストレートと同じ腕の振りから放たれる、20 km/hほど遅く右打者から逃げるように落ちていくボールだ。
北倉のあまりに豪快な空振りに、一瞬場内が静まり、次第にどよめきが起こる。
それが鎮まらない間に、三球目。
二球目と全く同じだが、ボール二個分低い。
北倉は同じように体勢を崩されたが、今度は片手一本でボールに喰らいつこうとする。
しかしバットがボールに届くことはなく、地面付近で上重が捕球。
天口は左腕を握りしめ短く吠え、走ってマウンドを降りていく。
甲子園でも活躍した強打者を手玉に取った投球に、場内に大歓声が響き渡った。
武田学園 1-0 甲斐中央
(一回終了)
野球のプレーを文章で伝えることに慣れてないのに、最初の攻撃でいきなりトリックプレーが出てきてしまい、うまく伝えられているか不安です…。