第一話 決戦
毎週月曜日に投稿する予定ですが、間に合わなかったり分量が極端に少なくなったりするかもしれません。
真夏の陽射しに左頬を照らされマウンドに立つ背番号18。
2塁ランナーを目で確認し、セットポジションから右足を素早く上げ、グラブを大きく前に突き出し、力強く腕を振る。
そこから放たれる119 km/hは美しい軌道を描き-。
7月23日。山梨県甲府市、山日YBS球場。
皮膚を焼き尽くさんとばかりに照らし続ける太陽の下、全国高校野球選手権山梨大会の準決勝が行われる。
観客の注目は第一試合。
3期連続甲子園出場中、3月に行われたセンバツではベスト4に入った甲斐中央高校と、県内では唯一のライバルといわれる強豪、武田学園の対戦。
試合開始までは約30分、内野席が徐々に埋まり出す中、バックネット裏に腰掛ける二人組。
「いよいよだな、山梨大会事実上の決勝戦。圧倒的戦力で秋、春の県大会を制した甲斐中央と、ここ2年公式戦で甲斐中央以外に負けていない武田。」
「僕は家のテレビで見るんでもよかったんですけどね。まだ8時過ぎなのにこんな暑いし。柏木さんがどうしてもっていうから…。」
「まあそういうなって。館山しか誘えるのがいなかったんだから。」
超が付くほどの高校野球ファンの柏木に、高校時代の野球部の後輩である館山が小さなため息をつく。
「にしても朝早くからお客さん結構入ってますね。やっぱり大久保建斗効果ですか?」
「もちろん。甲斐中央で1年からレギュラー、今年のセンバツでは準決勝で敗れながら一大会歴代最多タイの13安打、3本塁打を記録。現時点での完成度なら間違いなくここ10年でナンバーワンのスラッガーだ。おまけに脚も速くショートの守備も一級品。」
「一回戦でのサイクル越え6安打2本塁打は衝撃でしたね。あれで一気に日本中の注目の的に…。」
「ただ、大久保のこれだけの記録は一人の力だけによるものではないんだよな。」
「…と言いますと?」
「後を打つバッターだ。後ろにも強力なバッターが控えていたから、大久保を簡単には歩かせられなかった。」
「あー。4番の北倉も甲子園でどでかいホームラン打ってたなー。」
「そう、4番北倉、5番佐中の2人も右打者では県内トップの打者だ。長打力に限れば大久保にも引けを取らない。甲斐に勝つにはこのクリーンアップをある程度抑えることがまず必要になる。」
「武田のピッチャーは、この間の準々決勝で完投してたエースの縄村か、背番号10の新浦ですかね。」
「これまではほとんどこの2人が投げてきたが、この大一番はやはり縄村だろう。二年生の新浦にはさすがに荷が重すぎる。他にもピッチャーは2人ベンチ入りしているが、11番の榊は二回戦の2イニングだけ、18番の天口に関しては一度も登板がない。いけるとこまで縄村にいってもらって、なんとか4、5点で抑えてくれればという感じだろう。」
「となると、武田は甲斐のエース、東庵から5点以上取る必要があると。」
「まあ甲斐の打線を3点以内に抑えるよりはそっちのほうが可能性が高いだろうな。センバツを経験し一回り大きくなった東庵を打ち崩すのは容易ではないが。」
「秋と春も結構抑えられてましたもんね。じゃあ武田の打線のキーマンは?」
「…特にこれというのはいないな…。ただ、長打は少ないものの全員がつなぐ意識をもって打席に立ててるし、大事な局面での集中打がある。強いて名前を挙げるなら、7番に入ることの多いキャッチャーの上重かな。5点以上取ろうと思うと、下位打線からのつながりが欠かせない。」
「この間の準々も、終盤に上重のタイムリーから一挙4点取って突き放してましたもんね。」
「なんにせよ、甲斐中央が圧倒的に有利なことに変わりはないな。序盤からワンサイドになる可能性も大いにある。まあ見てる側としたらなんとか終盤までもつれてほしいものだが…。」
「甲斐が勝つにしても東庵になるべく疲れていてほしいってのもありますしね。あ、スタメンが発表されるようです。」
「まあだいたい想像はつくが。」
生放送のラジオの収録のようにとめどなく話し続けていた二人は一旦話をやめ、ウグイス嬢の声に耳を傾けた。
『ただいまより、両校のスターティングメンバーを発表いたします。まずは先攻、武田学園高校。』
「あ、武田が先攻だったんですね。」
『一番、ショート、岸井君。背番号、6。』
「俊足巧打の一番バッター。塁に出ればチームに勢いがつく。」
『二番、センター、多留君。背番号、16。』
「この試合、外野守備の重要性は高くなりそうですね。」
『三番、レフト、薄君。背番号、7。』
「二年生だが、武田で一番期待できるバッターかな。」
『四番、セカンド、秋山君。背番号、4。』
「逆方向にも長打が打てて、ガッチリした体型の割に守備も上手いんですよね。」
『五番、ファースト、苫田君。背番号、3。』
「勝負強い打撃が売りのキャプテン。東庵との対戦成績もチームで一番いい。」
『六番、ライト、真栄喜君。背番号、17。』
「三、五、六番の左打者が、右腕の東庵に対してのカギになるかもしれませんね。」
『七番、キャッチャー、上重君。背番号、2。』
「扇の要、チームの心臓。意外とパンチ力もある。」
『八番、サード、新庄君。背番号、5。』
「ここまでは準々決勝と同じですね。あとは先発か。」
『九番、ピッチャー、天口君。背番号、18。』
場内に小さなどよめきが起こる。武田学園の選手をある程度知るものはこの起用に驚きを隠せなかった。 それはもちろん柏木と館山も同じである。
「天口って確か今大会どころか、二年生だった去年の春の大会以降一度も公式戦で投げてないピッチャーだぞ。」
「それをこの大一番に先発って…。武田で唯一の左投手だから、左の大久保対策とかですかね。」
「だとしたら愚策もいいとこだな。左対左だからといってどうこうなる相手ではない。」
「それもそうですね。天口ってどんなピッチャーかわかりますか?」
「えーっと確か…。」
柏木は徐にノートを取り出し、パラパラとページをめくる。
「天口遥彦、三年生。公式戦では去年の春以降投げてないが、練習試合では何度か登板がある。左のオーバースローで、キレのいいまっすぐを投げていたらしい。球種はストレートとスライダー。今年の5月にあった神奈川の強豪、大和西との試合では、3イニングを1安打に抑えている。力がないというわけでは無さそうだがな。なんとか一回り抑えて継投に持ち込むつもりなのか。」
「まあ一番驚いてるのは甲斐中央でしょうね。ほぼ情報ゼロのピッチャーが先発してきて。っと、そうこうしてるうちに甲斐中央のスタメン出てましたね。」
甲斐中央のスターティングメンバーは以下の通りだ。
一番 センター 木吉
二番 サード 簑間
三番 ショート 大久保
四番 ファースト 北倉
五番 レフト 佐中
六番 ピッチャー 東庵
七番 ライト 小林
八番 キャッチャー 中谷
九番 セカンド 金山
「こちらは順当にきましたね。」
「まあ格上が奇策に出る必要はないしな。そんなことよりこの天口先発がどういう意図なのか、武田の近藤監督に聞いてみたいとこだな。」
一塁側、武田学園のベンチ。
天口の投球練習から帰ってきた捕手の上重に、監督の近藤が穏やかな口調で話しかける。
「天口の出来はどうだ?」
「正直に言っていいですか…。」
上重は少し視線を下げてから、ニヤリと笑った。
「今までで一番かもしれません。まっすぐも決め球もバチコリ決まってます。」
「そうか。なら予定通り天口に限界までいってもらおうか。それで、初回から新浦にはブルペンにいてもらおうかね。」
「了解っす。とりあえず甲斐の打順がいつも通りでよかったですね。」
「王者はそう簡単に動いてこないよ。それと、最後に天口ともう一度攻め方を確認しておいてね。」
「今さら確認もクソもないですよ。半年以上も今日のこの相手のためにやってきたんですから。」
「そうか、それもそうだね。でも念のため、もう一度確認しておきなさい。」
上重は返事をして、ストレッチをしている天口の方へ歩いていった。
「監督がもう一度攻め方の確認をしとけだってよ。」
天口はベンチ横のフェンスにもたれかかりながら答える。
「今さらそんなこといいだろ。それに俺はお前のサイン通りに投げるだけだしな。」
「そうだよな。それよりどうだ?緊張してるか?」
「いや、なぜかそういうのは全くない。なんだか今は、全てが思い通りに行きそうな気がする。」
「おーおー頼もしいねぇ。さすが隠し球のエース。」
そう言ってきたのは背番号1の縄村だ。
「だからそれはやめろって、恥ずかしい。」
「まあこっちはいつでも準備してっから後先考えずに突っ走りぃや、コンシールドエース。」
「英訳すんな。」
一方の三塁側、甲斐中央のベンチ。ベンチ前にはシートノックを控えた北倉と金山の二人。
「北倉さん、縄村は怪我でもしてるんですかね。キャッチボールは普通にしてたみたいですけど。」
「さあ。それか単純に裏をかいただけかもな。」
「よりによって今大会どころか新チーム始まってから登板のない人がくるとは思いませんでしたね。」
真剣な表情で会話をする二人の後ろから大久保が笑顔で声をかける。
「まあ余計なことをごちゃごちゃ考えるなよ。今自分にできることをやったらいいんだからさ。」
キャプテンの一言を聞き、北倉は大きく深呼吸をした。
「そうだな。いつも通り来た球を打つだけだな。」
「甲子園でいろんなピッチャーを打ち崩してきた僕らには先発が誰だろうと関係ないですもんね。」
「4試合で13打数1安打がよく言うわ。」
「それは言わん約束ですよ、北山さん。」
一方、投球練習を終えた東庵はキャッチャーの中谷と配球の確認をしていた。
「んじゃあ、いつも通りいけるとこまではまっすぐ中心で押していってそっからは向こうの対応次第かな。特に警戒するのは三番の薄、五番の苫田と、あとは一番の岸井の脚だな。」
「苫田にはもう二度と打たせん。」
「去年からボコボコに打たれてるもんな。まあでも点は何点か取ってくれるだろうから、2、3点取られてもいいくらいの気持ちで気楽にいこうぜ。」
笑顔の中谷に対して東庵は終始真剣な表情。
「それは状況次第だな。最初から点を取られる気でマウンドには立たん。」
「まあそういうと思ったけどさ。」
両チームのシートノックが終わり、グランド整備が行われた後、ベンチの前に選手たちが並ぶ。
主審の合図とともに大きな声を出し、ホームベースを挟んで向かい合う。再び審判から声がかかると互いに挨拶をし、ベンチや守備位置に向かって駆けていく。
そしてマウンドに立ったは、甲斐中央のエース、東庵。
「柏木さんはこの試合どんな展開になると思いますか?」
東庵の投球練習を見ながら、館山が尋ねる。
「おそらく継投でくるであろう武田の投手陣が甲斐の打線をどれだけ抑えられるかだな。武田としては早いうちに点を、それもできれば3、4点とって甲斐打線を焦らせるような展開にしたいだろう。あの打線に本来の力を出させれば、5点や6点では済まなくなるからな。」
「となると東庵の出来も重要になると。」
「ああ。だが今見る限りまっすぐはセンバツのときより走ってるな。140キロくらい出てるんじゃないか?あれは。」
「この東庵から序盤に複数点は難しそうですが、武田が勝つためにはそれが必要だと。」
「まず第一の条件にはなってくるかな。」
投球練習が終わり、場内アナウンスの声とともに一番の岸井が打席に入る。審判の声がかかり、サイレンが鳴り響く。
午前8時31分。決勝進出をかけた激戦が幕を開ける。
武田学園 0ー0 甲斐中央
(試合開始)
次回からいよいよ試合開始です。話の流れや選手の特徴とはほとんど関係ありませんが、選手の名前の元ネタを考えてみると面白いかもしれません。