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エターナルチャームポイント

作者: 京本葉一

 彼女は新しくあらわれた。


 幼い女の子を突きとばした彼女は、身代わりとなって、コンクリートの壁と大型トラックに潰された。壁もトラックも大破している。ふつうの人間ならば即死だろう。肉体は激しく損壊したはずだ。

 事故を目撃した誰もが血の気を失うなか、彼女は消失した。

 飛び散った鮮血も、幻のように消えている。


 悲鳴があがる間もなく、衝突現場のすぐ近くに、彼女は新しくあらわれた。


 五体満足で立っていた「不滅の戦巫女」は、助けた女の子とトラック運転手が無事であることを確認して、その場を立ち去ろうとした。血を流して戦いつづける彼女にとって、この程度のことはなんでもないのだろう。畏怖の眼差しを向けられることも、慣れてしまったのかもしれない。


「待ってください!」

「ん?」

「ぜひお礼をさせてください」


 近くで見ても美しい女性だった。

 まだ少女ともいえる容姿も、笑みも、立ち振る舞いも、生き様も、抗いがたい魅力がある。

 永遠の欠落を秘めた彼女は、完璧な存在といえるのかもしれない。口もとに白いごはん粒さえついていなければ、完璧な存在といえたのかもしれない。


「きみは、あの女の子の知り合いなのかな?」

「いいえ」

「ならどうして?」

「貴重なロリを助けてもらって、そのままってわけにはいかないでしょうが!」


 なぜだろう。

 美しい顔が歪にゆがんだ。

 そしてもうひとつ、どうしても気になる。


「あの、口もとに……」

「ん?」


 彼女は口もとについていた白い米粒を指でつまみ、口にいれた。





 たとえ高層ビルの屋上から転落しても、五分後の彼女は、食事処でメニューを見ているのだろう。散らばった臓物が一か所に集まるような、ホラー要素はかけらもない。まばたきをする間に、彼女はもとにもどってしまう。「不滅の戦巫女」とはそういう存在だ。


 彼女たちは神と契約して力を授かり、日夜、人々を襲う妖魔と戦っている。次元の隙間からあらわれる妖魔たちは、半物質的存在というのだろうか、銃や刃物といった通常物理攻撃が通じない。妖魔たちに対抗できるのは「不滅の戦巫女」だけだった。


 世界の理から外れている。

 彼女たちは痛みを感じないらしい。

 不滅の肉体には不要だから。


「べつに怖くはないよ。神器なら余裕で退魔できるから。それに妖魔からしたら、私たちのほうがホラーだとおもうよ? 私たち、任意でもオートでも、いくらでもリセットできるしね」

「どれだけ倒してもすぐにリポップとか、悪夢そのものでしょうね」


 ほんとうは食事も睡眠もいらないらしい。


「不快でない刺激は感じられるからね。いつも清潔だけど、お風呂は好きだし、食べるのも好き。オフの日はひたすら惰眠をむさぼってる子もいるよ」

「へぇ、修行とかは?」

「しないしない」


 さっきまで海鮮丼を食べていた彼女は、カツカレーを注文した。また口もとに白いごはん粒がついていることをそれとなく指摘すると、彼女はそれを指でとって口にいれる。


「オフといえば、私はやっぱり食べ歩きかな。どれだけ食べても太らないし、満腹になってもリセットすれば、いくらでも食べられるから」

「いくらでも?」

「カツカレーのあとは、トーストサンドと相場が決まっている気がする」

「いや聞いたことないですけど?」

「戦巫女が募集されたとき、神様と契約すればいくらでも食べられるようになるって知って、これが私の天職だと悟った」

「嘘ですよね? あの当時、妖魔の存在が確認された世界は悲壮感で満たされていた覚えがあるんですけど? 戦巫女は神に選ばれた素晴らしい乙女たちであるとか聞かされたんですけど? そんな決意で戦巫女になったとか、それはさすがに嘘ですよね?」


 彼女は陽気に笑いながら冗談だとこたえた。


「二十四時間食べられるのは嘘じゃないけどね」

「やったことある人の発言なのはわかるので、どうか今日はやらないでくださいお願いします」


 二時間ぐらい飲み食いをつづけていたが、彼女は一度もトイレにたっていない。尋ねるのも失礼かとおもったので定かではないが、「不滅の戦巫女」は食べても出さないらしい。さすがはスプラッタ劇場のアイドルともいわれる存在だ。


 おいしそうに食べるし食べ方もきれいなのだが、カツカレーを食べた後にまた白いごはん粒を口もとにつけていた。こちらの視線で気づいたらしく、彼女はとって口にいれた。


「リセットって、契約した当時の肉体にもどるんですか?」

「禊ぎをしたあとの清らかな状態にね」


 儀式の準備は、いろいろと大変だったようだ。


 ホットサンドを食べながら、契約前の巫女修行における食事量の少なさがとくにこたえたと彼女は話していたが、こちらとしてはどうしてホットサンドを食べているのに白い米粒が口もとについてしまうのかが気になって仕方がない。


「契約前って空腹でした?」

「多少はね」

「儀式の直前に腹ごしらえとかしてません?」

「大事な儀式のまえに盗み食いとかするわけないじゃない」


 これまでになく真面目な表情をしているが、食べたのだろう。

 盗み食いとかやっちゃったんだろう。

 口もとに白い米粒をつけたまま、儀式にのぞんでしまった可能性はあるのだろうか。

 ごはん粒がとれると時間差で口もとにリポップしている可能性は大なのだが……ちょっと契約ミスってないかこれ?


「もういい時間だね。そろそろアルコールいっとく?」


 くわしいことはわからないが、なんとなく悟った。他人の懐具合を気にするような精神力では、「不滅の戦巫女」にはなれないのだと。





 どれだけ飲んでも泥酔はしない「不滅の戦巫女」は、人の家に上がり込んでまで酒を飲んだ。こちらがどれだけ酒量をおさえても勝ち目はない。負け戦は決まっている。酔って楽しむ以外に道はなかった。


「くそっ、これで見た目があと五歳くらい若ければ合法ロリだったのに!」

「ははっ、いっぺん死んでこーい」


 口もとに白い米粒をつけてはいたが、それさえも魅力におもえるような女性だった。あとすこし胸のサイズが小さければ惚れていたかもしれない。


 深夜、酔いつぶれる寸前にベッドに倒れこんだものの、正午前に目が覚めると床で寝ていて、ベッドでは彼女が眠っていた。睡眠はいらないはずなのに、わざわざ部屋の住人を床に落としてまでベッドで惰眠をむさぼっていた。


「オフになったら遊びに来るわ」

「それっていつ?」

「明後日ぐらい?」


 彼女は二日酔いの症状をみせることなく、死刑宣告に近いことをいって陽気に去っていった。

 すべてを忘れて眠ろうとおもったのだが、枕には、白いごはん粒がいっぱいついていた。

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