猫屋敷の退屈なティータイム
葉が陽光を受けて新緑に輝いている。
この屋敷は広い上に、庭もある。おかげで未理も、通勤に使っている車を置く場所に困らない。そうして舗装されているところもあるが、庭のほとんどは花などが植えられている。
中でも今の季節目を惹かれるのは、薔薇が咲き誇るスペースだろう。ご丁寧なことに、白いテーブルと椅子まで置いてある。いかにもアフタヌーンティー向けだ。
「いや、さすがに出来すぎでしょ」
「んー、シャロくんにせがまれちゃってさ」
「こんな良い場所を使わないなんて、もったいない。上質なティータイムには、場所にもこだわらなければね」
廊下の窓から庭を見下ろす未理と郷の足元で、シャーロックが胸を張った。大きめでふさふさのしっぽが、機嫌良くふぁったんふぁったんと揺れている。
「ベンチとか置いたら、居心地よさそうだなぁ……」
「サトさん、絶対そのまま寝るでしょ」
「本を読むにも、気持ちよさそうじゃない?」
明るい日差しに植物たちは若葉を輝かせ、希望にふくらむように色とりどりの花を咲かせている。夏が近くまで迫っているが、時おり吹く風はさわやかだ。
「今日のティータイムには、君たちも招待しようと思ってね。楽しみに待っていてくれたまえ」
「うん、シャロくん」
シャーロックはときどき、気まぐれに誰かをお茶会に誘う。未理には慣れたものだが、郷もあっさり受け入れていた。彼は猫のようで、興味を引かれることには積極的だ。
しばらくして、洗濯物を干していた未理の元へシャーロックが現れた。
「マスター、お茶会の招待は受けてくれるね?」
「ちょっと待ってて、もう少しで終わるから」
「わかったよ」
そうして待っていてくれたシャーロックと共に、未理は庭へと向かう。
エスコートのつもりか先を歩くシャーロックのブーツが、こつこつと音をたてる。今日もコートで紳士らしく、けれど胸元のリボンタイがやはり猫っぽい。
庭は日当たりがいいものの、テーブル付近はちょうど日陰で過ごしやすい。
「やあサト、待たせたね」
「ううん。お招きありがとう、シャロくん」
郷はテーブルにのせたノートパソコンで、作業をしながらふたりを待っていた。いつが締切かは、未理は知らない。それほど、郷はいつでも何かを書いていた。
「今日は無礼講だ、マナーがどうこうとは言わないよ。好きに過ごしてくれていい」
シャーロックの言葉を合図に、お茶会が始まった。席について紅茶を飲みお菓子を食べるだけだが、雰囲気がある。
まわりの薔薇は丁寧に手入れされていて、イングリッシュガーデンのよう。テーブルの上のケーキスタンドも、どこか特別感がある。
「そういえばシャロくん、どうやってこれ準備したの?」
猫又や化け猫は人の姿に変化ができるが、ケット・シーはできない。テーブルと椅子は当然人間用で、シャーロックには高すぎる。
「ああ、それなら雪丸に手伝ってもらったのさ。彼も紳士だね、私の頼みを断らずに聞いてくれるんだ」
「雪丸のは、お人よしって言うんだけどね……」
「どちらにせよ、美点だよ。しかし、人の姿になれるのは便利だよね。私たちケット・シーにもできるのならば、レディのエスコートももっと完璧になるのだけれど」
片方の前足ーーいや、片手で肘をついてシャーロックは物憂げな表情を浮かべた。角度が変わると、シャーロックの理知的な瞳は深く煌めく。
「それだ!」
ガタンと音をたてて、郷が立ち上がった。それに驚いたのか、シャーロックの耳がぴんと反応し、しっぽがふわわっとふくらむ。
「な、なんだいサト」
「シャロくん、僕の次回作のモデルにならない!?」
郷はきらきらと子供のように目を輝かせ、シャーロックのふわふわの手を握る。
「英国紳士の猫貴族だよ! 優雅で高貴だけど、猫らしく気まぐれなところもあって……。それなら恋愛ものがいいかな」
「その彼は、女性のエスコートは得意かな?」
「もちろんだよ。教養もあるのに、ほどよくユーモラスで人気者なんだ」
「それはいいね、君の申し出を受けよう。形だけでも人であれば、さらに文句はないかな」
「でも君のよく動く耳と、優雅なしっぽは残したいな。僕はもふもふ作家だからね!」
すぐさま郷は再びパソコンに向かった。画面を見ながらも、両手がすごい勢いでキーボードを叩く。郷の執筆のペースには波があるらしく、書く時にはかなり集中するのだ。
未理に小説家だと明かして以来、郷は彼女がいても気にせずに、仕事部屋以外でも執筆するようになった。そんな訳で、未理も最近はこんな郷の姿を見慣れつつある。
仕事中の彼に遠慮することなく、ケーキスタンドから手に取った、パステルカラーのかわいらしいマカロンを一つ食べる。
「これ、おいしいね」
「ふふ、そうだろう。私が贔屓にしている洋菓子店のものだからね。それに甘いお菓子は良い。いつも仕事をがんばっているマスターへの、ご褒美さ」
「ん、そっか。ありがと、シャロ」
「紳士たるもの、女性を喜ばせることくらいはできなくてはね」
ごく普通の猫と変わらない手で、シャーロックは器用にティーカップを持ち上げる。かすかに鼻先を動かして紅茶の香りを確かめ、上品にカップを傾けた。
「ふー。ひとまず、こんな感じかなぁ。あとは世界観とか設定を煮詰めて……」
「どんな感じになりそう?」
「んー、中世ヨーロッパ風のファンタジー。うちにある参考資料見れば、もっと具体的に決まるはずだよ」
あのやけに広い書斎の充実した本棚は、郷の仕事用でもあるらしい。未理は図書室のような印象を持ったが、それは資料のような本が多かったからかもしれない。
「ほら、サトもお菓子はどうだい。頭脳労働には、甘いものだろう?」
「うん。未理ちゃん、クリーム取ってくれる?」
「はい、どうぞ。サトさん、スコーンの定番なんてよく知ってるね」
シャーロックのこだわりで、お菓子の中にスコーンがある時はジャムとクロテッドクリームが添えられる。
スコーンとその二つのトッピング、紅茶の組み合わせがイギリスでは定番らしい。未理は、シャーロックのお茶会に付き合うようになってから知った。
「まあ、物書きだからかな。あんまり一般的な知識じゃなくても、知ってたりするよ。おかげで何が『一般的』なのか、よくわかんなくなるけど」
「サトさんは、そういうところがあるから良いって私は思うけど」
「マスターの言う通りだよ。それに、博識な人間は私も好きさ。知識があるということは、それだけ広い世界が見えるということだよ」
「ありがとう、シャロくん。未理ちゃんも」
そう言ってシャーロックはまた、ティーカップに口をつける。フロックコートから覗くふわふわのしっぽが、満足げにゆったり揺れた。
どうやら猫の紳士は、主人と家主の距離を縮めるためにお茶会を開いたようだった。




