婚約破棄してほしいので、とりあえず引きこもりになります
「ティアラ!お前が王太子の婚約者に決まったぞ!!」
「まあ!やったわね、ティアラ!おめでとう!」
「……」
両親は手を取り合ってぴょんぴょん跳ねている。
こっちにも手を差し伸べてくるが、私は手を後ろに組むと黙って後退り。
それを見た二人は眉を八の字に下げてあからさまにしょんぼりした。
おかしいと思ったんだ。
いつも疲れきって帰ってくるお父様の足取りが珍しく軽くて、むしろ、スキップする勢いだったから。
「どうしたの、ティアラ。嬉しくないの?」
お母様は、不思議そうに首を傾げた。
「リア!そんなわけがないだろう!この子はあんなに王妃教育を頑張っていたんだから。他の候補者も優秀だったが、ティアラは頭一つ飛び抜けていたんだぞ」
お父様も鼻高々だよ~と呑気に語るお父様。
お母様は、瞳をキラキラさせてさすが私たちの娘ですわ、と喜んでいる。
王太子の婚約者は、王太子と歳の近い侯爵位以上の令嬢が数名選ばれ城で王妃になるべく教育を施され、その成績や、王太子との相性など色々考慮されて決められる。
たしかに、私は成績はトップだったと思う。
公爵であるお父様の顔をつぶさないように、あと他者に負けたくないという自分のプライドもあったから、毎日すごく勉強した。
けど、高位の令嬢ともなれば基本的に皆優秀なのだ。
たまに例外もいるけれど。
だから、実は成績よりも重要視されるのは、殿下との相性である。
殿下と会話して、コミュニケーションをとって、殿下が好ましいと思われた方が最終的に婚約者になる。
というのは、仲良くなった王妃様から聞いた裏話。
たしかに、王妃様と王様はいつもすごく仲がいい。
でも、それを聞いたから私は……
唇をぎゅっとかみ締めた。
「用事は終わりですか、でしたら私は失礼致します」
細い声でなんとかそう言い放つと、踵を返す。
後ろで呼び止める声がしていたけど、無視して、自分の部屋に向かった
貴族令嬢にあるまじきダッシュをする私に、すれ違う使用人たちは目をひん剥いていた。
バタン!!
部屋に着くと扉を乱暴に閉めて、ベッドにダイブ。
綺麗に結われた髪とドレスがぐしゃぐしゃになってしまう。
でも、今はそれどころじゃない。
「っなんでこうなるの!!!」
枕がちょうどいいところにあったので、ベッドにバンバン叩きつけた。
これよく眠れるからお気に入りだったのだけど、今はそれどころじゃない。
ごめんね、枕。
「王太子妃になんて……なりたくないわよおおお!!!」
公爵家の令嬢である私は強制で王妃教育に参加させられた。
でも、王太子妃になるのが嫌だったから殿下とは普段ほとんど話もしなかったし、仲を深めるためにと殿下と候補者達が呼ばれたお茶会でも、目を合わせることさえしなかった。
なのに、何故私。
別に小さい頃に会ったとか、そんな思い出もないのに。
どうせだったら、既に自分のことを好きでいる子を婚約者にした方がいいと思うんだけど。
「あー、もうどうしよう……」
私は既にぼさぼさになってしまっている頭を抱えた。
そもそも、何故私が王太子妃になりたくないかというと。
王太子妃というと将来の王妃、つまり国母であるから、重圧が凄まじいであろうことと、あとは、ただ単純に王太子のことが嫌いなだけ。
王族は何故か美形揃いだが、王太子はその中でも飛び抜けて美形だ。
さらさらの蜂蜜色の髪に、透き通るような青の瞳。
目は二重でパッチリしていて、鼻も高い。
しかもその上、仕事も出来る。
欠点がない嫌味な人間である。
この時点で既に大分嫌いだったりする。
そして、一番無理なのが性格っていうか人柄。
いつもニコニコしていて、最早聖人君子かっていうレベルだ。
その笑顔が人気らしいが、なんでいつも笑顔なの?逆に怖くない?って私は思うんだけど。
だって、何考えてるか全然分からないんだ。
その顔で笑いかけられると、背筋がぞぞぞと寒くなる。
それだったら、絶賛反抗期中の第二王子の方が人間らしくて断然好感がもてる。
とにかく私は、あれには絶対裏があると見た。
そして、その裏というのがえげつなそう。
生理的に無理。
ということで、王太子妃も無理。
無理無理。
コンコン
「ティアラ様、夕飯のお時間です」
遠慮がちに扉がノックされて、メイドの声がした。
もうそんな時間だったんだ。
「いらない、食べたくないの」
夕食を断ったところで、はたと思いついてしまった。
そうだ、引きこもりになろう。
ずっと部屋にこもっていれば、王太子もこんなおかしな婚約者はいらないと思って婚約破棄してくれるかもしれない。
それか、お父様が娘を不憫に思って殿下に進言してくれるかも。
そこから私はひたすら部屋にこもった。
両親も、使用人も、友人もあらゆる人が私の部屋の扉をノックしたが、私は絶対に出なかった。
お風呂は部屋の中にあるし、お手洗いもある。
ご飯は部屋の前に置いてもらった。
今まで厳しい王妃教育を受けていたから、好きな時に起きて好きな時に寝る、好きなことをして過ごすというのが新鮮でわくわくした。
今日は何をしようか。
私がいない間に増えた書庫の本全部持ってきてもらって一日じゅう読書しようかな。
なんて、そんなわくわくも長続きはしなかった。
暇。ただひたすら暇である。
読書に刺繍、絵を描いたりもした、一人用のボードゲームもした、けどもうやりたいと思えるものがなかった。
天気がいい日になると遠乗りがしたくなる。
「んー、今日もいい天気だなあ……」
ぐぐーと伸びをして、左手で右の手首を持った時、気づいてしまった。
あれ、私の手首ってこんなに太かったかな?
手を下ろしてまじまじと見てみると、なんだかすごくムチムチしている気がする。
部屋でずっといるから、ドレスではなく部屋着のワンピースを着てるけどそういえばきつくなってきたような。
……私、もしかして太った?
誰にも会わないからと見なくなった洗面台の鏡を恐る恐る覗く。
そこに映っていたのは、少しぽっちゃりとした私だった。
「ありゃ、ぷにぷにだ」
ほっぺをつんつんつついてみる。
こりゃ不規則な生活とご飯の食べ過ぎが原因だな。
何をするにも、常にお菓子と甘い飲み物を置いてつまんでいたし、それに伴いご飯を食べる量も増えていた。
部屋の前に置かれる食事の量が足りなくて、何度か増やすように言ったもんな。
「いやー、でも愛嬌があってこれはこれで可愛いんじゃない?」
くるりと鏡の前で回ってみたら、お腹がぷよぷよと揺れた。
これって、もしかして使えるんじゃないだろうか、そう閃いた私は太ったからといって生活を変えるつもりはさらさらなかった。
そんな生活がしばらく続いたある日。
なんだか部屋の外が騒がしくて、目が覚めた。
カーテンの隙間から差し込む日差しが眩しい。
時計を見ると、お昼前だった。
いくつかの足音とお父様とお母様の焦る声。
それと、もう一人。
まさかこの声は……
「僕が来るのに、何か不都合が?」
……王太子殿下だ。
「い、いえ!滅相もない!そのようなことはありませんが、あの、急に来られては、その、娘も用意がありますし……」
「用意も何もないでしょう。別にパーティーに行くわけでもあるまいし」
「あの子家でいる時はお化粧してなくて、殿下にお見せ出来る顔ではございませんの~」
しどろもどろのお父様を王太子がばさっと切り捨てた。
すかさず、お母様がフォローするが、私今遠回しにブスって言われた?
自分では結構整った顔してると思うんだけど、お母様に似て。
「婚約者殿の顔を長い間見られてなかったからね。寂しくて、こっちに帰ってすぐ寄ってしまいました」
どうせまたあの笑顔で言ってるんだろうな、私の事なんかどうでもいいくせに、何を考えてるんだか。
殿下は数ヶ月隣国に視察に行っていたのだ。
私は殿下がいない間に引きこもり生活をスタートしたから、彼はそのことを知らない。
コンコン
「ティアラ?」
優しい声で名前が呼ばれて、背筋が寒くなった。
すかさずベッドに飛び込むと、布団にくるまる。
大丈夫、鍵もしてるし、入ってこられない。
「あの、殿下。私、ひどい風邪を引いてしまって殿下にうつってしまうかもしれないのでお会いすることはできません」
心底しんどそうに言って、ゴホゴホ、と一応咳もしてみせた。
こんなことをしたのは初めてだけど、追い返してみせるわ。
「ティアラ!!いい加減にしなさい!」
仮病だと知っているお父様がついに怒った。
でも、私は引かない。
ていうか、別に殿下にも仮病ってバレてもいい。
だからこんなことをするような面倒臭いやつとは、早く婚約破棄してください。
「んー、そっかー。公爵、夫人、僕達二人でお話したいので、席を外していただけますか?」
殿下は少ししょんぼりとした声でそう言った。
ていうか、何を言ってるんだろうか。
私には話すことなんてありませんけど!?
病気だって言ってるじゃん!
早く帰ってよ!
足音が二つ、段々と遠ざかっていく。
あああ……こんなのと二人にしないで……
「申し訳ないのですが、私本当につらくて、実は今も意識が朦朧としているのです。まともに会話できると思いません」
「そういうの、もういいよ」
「なにがですか?」
「ずっと自分の部屋に引きこもって、そんなに僕との婚約が嫌だった?」
仮病と引きこもりが何故かバレていた。
ついでに、嫌われていることも分かっているらしい。
そしたら、もう猫かぶらなくてもいいや。
「嫌ですね。私、こんな面倒臭い女なんです。だからもう婚約破棄してくださって結構です」
ド直球で言い放った。
殿下って、女の人に嫌とか言われたことあるんだろうか。
ないんだろうな、多分。
傷付いてさっさと帰るがいい。
「僕は、君と結婚するよ」
え、なんて?
私は耳を疑った。
そこは、婚約破棄しようって言うところじゃない?
「私は結婚したくありません」
不敬罪もいいところである。
でも、罰せられようが何しようが、私は婚約したくない。
ごめんなさい、お父様お母様。
だが、殿下の意思は何故か固いようだ。
ほとんど話したこともないのに、謎。
まあ、でもしょうがない、ここまで引かないのなら最終手段を使う。
ガチャ
私は部屋の扉を開けた。
殿下と目が合って、すぐにその瞳が驚愕に染まる。
「ティアラ……?」
「はい、殿下」
上から下までじろじろとこちらを見る殿下に、私は勝利を確信して、満面の笑みで返した。
私がとった最終手段。
それはとことん太ることである。
あほらしいと思われるだろうが、もう手段は選ばない。
男の人は綺麗なものが好きだと聞く。
私も痩せていた頃は、美人だ美人だと持て囃されていたが、太ることで美人とはもう程遠くなっていた。
着ているワンピースはパンパンではちきれそうだ。
「殿下?」
殿下は俯いて何も言わなくなって、しかも、少し震え出した。
もしかして泣いているんだろうか?
ふふん、そんなにショックだったか。
結局判断基準は顔だったんだろう、ざまあみろだ。
「どうされましたか?」
白々しくもそう聞くと殿下は顔を上げた。
その顔が、あろうことか今まで見たこともないような楽しそうな笑みで私は目を剥いた。
なにこの人、気持ち悪いんですけど。
「相変わらず面白いね、君は」
「え」
予想外のことに、その場で固まってしまう。
殿下の長い両腕が伸びてきたが、固まったままの私はそのまま抱きしめられてしまった。
「以前の君は痩せすぎなくらいだったから、ちょうどいいんじゃない」
「……」
お腹の肉をふにふにと摘まれた。
違う、思ってたのと違う。
何でこんなことになってるの。
「これくらいで、婚約破棄されると思ったの?甘いね」
耳元で囁かれて、背筋がぞわりと震えた。
しかし、それで我に返った私は殿下の腕を振り払う。
「っ!!」
笑いを堪える殿下に苛立ちがとまらない。
完全に馬鹿にされてる。
やっぱりこの男、性格悪い!
「私と婚約したこと、後悔させてやるわ!!見てなさいよ!」
殿下を睨み付けてそう吐き捨てると、彼は青い瞳をまんまるにしたが、その瞳は次の瞬間細くなって笑みを作った。
「楽しみにしてるね」
また来る、そう言って彼は帰っていった。
二度と来るな!そう言いたかったが、力が抜けた私は、扉に背を預けへなへなと座り込む。
「はあ……」
視線を下げると目に入るぷよぷよとしたお腹のお肉。
……とりあえずダイエットしようかな……
王太子side
「あー殿下!ティアラ嬢とはお会い出来ました?」
城に戻ると、一人の若い男がヘラヘラしながら寄ってきた。
「会えたよ。予想以上だったけどね」
「大分ぷくぷくしてたでしょう」
私が隣国に行っている間、この男にはティアラの様子を見ているように命じていた。
「殿下がストーカーみたいなことしてるって分かったら、嫌われますよー」
「婚約者の行動を把握しておきたいっていうのは当たり前の事じゃないかな?数ヶ月国をあけてたんだよ、そりゃ心配するだろう」
もう嫌われてる、とは言わなかった。
「今更ですけど、殿下はなんでティアラ嬢を婚約者に選んだんですか?あの子、殿下とほとんど話したこともないでしょ」
「なんでそんなことお前に言わなきゃいけないの。じゃあね、また何かあったらよろしく」
何か言いたげな男を放置して、僕はそのまま書斎に向かった。
どうして彼女を選んだか。
外面に騙されてくっついてくるような子は何人かいたけど、彼女はそうじゃなかった。
視界に僕を入れようともしないし、たまに話しかけるとあからさまに嫌な顔をされた。
それがちょっと面白くて、一緒にいたら退屈しないかなって思ったんだ。
今まで、全てのことが自分の思い通りに上手くいって、つまらなかった。
でも、彼女はそれを変えてくれるんじゃないだろうか、そう希望を持った。
「僕もこじらせてるよねえ」
扉を開けると、側近が大量の仕事を持って待ち構えていた。
彼女は、次はどうやって僕を楽しませてくれるのだろうか?
しばらくして、ティアラ嬢がダイエットに励んでいるという話が耳に入った。
可哀想に、大好きなお菓子も我慢しているらしい。
今度訪問する時はとびきりカロリーの高いお菓子を手土産に持っていこう。
渡した時の彼女の嫌がる様子が頭に浮かんで、少し笑ってしまった。