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第65話 最終捕獲作戦――突入

 階段と廊下が丁字型に交わった地点では、春日たちがとどまり廊下の奥――曲がり角から5メートルほど先にある音楽室を窺っていた。


 春日の背中に追いつくと、すっと腕が伸ばされ、進路を塞がれる。


 何故、と思ったのも束の間、白い光の円が壁から覗き壁や床を這いまわる。


 既に彼らはいくつもの光源を手に入れ、守備を固めてしまったのだ。


 春日が手にしている棍棒の先っぽを壁から突き出した瞬間、まるで虫の様に光が集中し――パンッという乾いた破裂音と共に棍棒の先が吹き飛ばされる。


「連中、銃で武装してやがる」


 春日が舌打ちしながらそう吐き捨てると、棍棒を投げ捨てる。


 確かに解放者たちは自衛官や警察官が駐在している派出所を占拠していた。


 そのぐらいの武器を手に入れていることは想定していたが、実際相手にするとなると、その影響は想像以上に大きかった。


「俺がクロスボウで……」


「無理だ。連射力がちげえ」


 春日の言う通り、クロスボウは慣れた俺でも装填に10秒かかる。


 狙って撃つことまで含めれば更に必要だ。


 対して銃は引き金を引けばどんどん弾が吐き出される。


 もはや勝負にすらならなかった。


「くそ、どうすっか……」


 本来ならここで春日の持っていた銃で撃ち合う予定だったのだ。


 しかしそれは先ほど全弾撃ち尽くしてしまったためその手は使えない。


 ならば火炎瓶でも投げ込もうかと思っても、火で通路が遮断されてしまえば俺たちが音楽室へと突入できなくなってしまう。


 どうするべきかと思案して……妙案を思いついた。


「火炎瓶を投げ込む準備をしておいてください」


 そう言い残して俺は階段へと取って返し、更に階上へ向かって走る。


 この階段は屋上にしか繋がっておらず、屋上は立ち入り禁止でドアノブが針金でグルグル巻きに固定されているはずだ。


 もちろん俺の目的は屋上などではない。


 その手前に置いてある物――消火器が目的だった。


 ドア前にまでたどり着くと、俺の記憶通りに赤い消火器が設置されていた。


 結構な重量のあるそれを左腕一本で担ぎ上げ、急いで春日たちの所にまで戻る。


「なるほどっ」


 俺の持っていた消火器を認め、春日は大きく頷いた。


 ハンカチと暗視ゴーグルで顔が隠れていなければ、きっと不敵な彼の笑顔が見られただろう。


「やれっ」


 俺が消火器を床に置き、安全ピンを外すなどの作業をしている間に、海東が手に持っていた火炎瓶に火をつけて投げ込んだ。


 物陰に隠れている為、音楽室を守っている解放者たちがどうなっているのかは分からない。


 しかし――。


「あああぁぁぁっ!! 消してっ消してくれぇぇぇぇっ!!」


「馬鹿、こっちに近づくなっ」


 なんて悲鳴と物音が聞こえて来る。


 遅れてなにかプラスチックが焦げる臭いまで漂って来て、俺の目論見がうまく行ったことを知った。


 俺が消火器を手に待ち構えていると、火だるまになった男が目の前に転がり出て来る。


 男が転がれば転がるほど、炎が廊下を侵食していく。


 手前でこれなのだから、恐らく解放者たちが居る奥はもっとひどいことになっているはずだ。


 俺は消火器のレバーを握り、噴射を開始する。


 白い粉が瞬く間に視界を支配し、広がっていった。


 まずは目の前の男に引火している火を消し止め、それから廊下の奥へ向かって噴射する。


 火勢はあっという間に弱まっていき、消火剤によって真っ白に染め上げられていく。


「ゴホッゴホッ、このっ!!」


 せき込む音を好機と見たのか、春日が俺の背後から飛び出し煙の中へと突進していった。


 解放者と違い、俺たちはハンカチで口元を覆い、暗視ゴーグルで目元をガードしている。


 こういう状況でもある程度は問題なく動けるのだが、だとしても銃口の前に身を晒すのは無謀と言ってよかった。


 煙の中から銃声と共に、なにかがドアに叩きつけられる様な物音が数度響いてくる。


 俺は慌てて消火器を階下へ向けて放り捨て、煙が治まるのを待つ。


 春日がどうなったのか、護衛の解放者たちはきちんと処理できたのか。


 固唾を飲みながら早く晴れろと念じるしかなかった。


 突然、窓ガラスが砕け散る音が聞こえ、夜の冷たい大気が吹き込んでくると、廊下に蔓延していた煙を好き放題かき混ぜていく。


「ちっ、余計まっちまったか」


 春日の舌打ちと共に、なにかがどさりと倒れる音が聞こえ、それで俺たちは春日の勝利を知る。


「終わったぞ、早く来い」


 こともなげに言っているが、いくら視界を封じて火炎瓶で牽制しているとはいえ、銃を持っている相手を正面から素手で片付けてのけるのは人間とは思えない所業だ。


「……実は未来からやって来た暗殺用人型マシーンなんてことはないですよね」


 俺は曲がり角から全身を出して冗談交じりにそう返す。


「兄貴がそれって言われたら納得できるのが怖いっすよ」


「だなぁ」


 予想される一番の難所をたった一人で乗り越えてしまう様な春日が味方とあって、なんともいえない心強さがある。


 それは他の2人も同じだったようで、俺の冗談に素で乗って来た。


「お前らは俺をなんだと思ってんだ。……ったく」


 風によって消火剤の煙が薄れ、熊を思わせる春日の体が姿を現す。


 同時に、壁に叩きつけられて失神している解放者らしき男と、地面に這いつくばって悶絶している男の姿も確認できた。


「おら、こいつらの銃拾え。さすがに暴発が怖えから使えねえだろうが放って――」


 春日が頭をボリボリと引っ掻きながらそう命じた瞬間だった。


 バババッと火薬の炸裂する音と、スチール製のドアを引き裂く破砕音が同時に聞こえ、視界のありとあらゆるところで火花が散る。


 音楽室の中から銃撃されたと気付いたのは、先ほどまで冗談を交わしていた影山に物陰へと引き込まれてからだった。


「か、春日さ――」


 俺の声に反応してか、再び銃撃が襲い来る。


 発砲した何者かは、音楽室の外に居る誰がどうなろうと知った事ではないらしかった。


 銃撃の音が聞こえなくなってから、そっと物陰から首を伸ばして様子を窺う。


 音楽室のドアは穴だらけになっており、ドア上部のガラスは割れて、室内を隠す様に吊るされている暗幕が夜風にはためいていた。


 そんな中、肝心の春日は被弾してしまったのか、廊下の真ん中に倒れ伏してぴくりとも動かない。


 まだ生きているのか、それとも死んでしまったのか、ここからでは一切うかがい知ることができなかった。



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