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第64話 最終捕獲作戦―開始

 俺と春日たちは、司令塔が無くなって呆然としている信者たちの隙間を一塊になってすり抜ける。


 予想通り、信者たちは指示が無ければ何も出来ない様で、俺たちのことを遮ろうとする気配すらみせなかった。


 残り数メートルで校舎にたどり着くところで一旦足を止め、走りながら取り出した通信機のスイッチを入れる。


「史っ!」


 通信機へ呼びかけると、待ちかねていたのか即座に返答が来る。


『やればいいんだねっ』


「任せたっ」


 これ以上の通信は必要ない。


 即座に電源を切ると背中のリュックに放り込み、その手でクロスボウの再装填を行う。


 その後は春日たちと闇に紛れてひたすら待った。


 早く早くと心の中で呟きながら史たちがうまくやる事を祈る。


 恐らく現実には十数秒しか経っていないだろうが、俺には数時間にも思えていた。


 そして――待ち望んでいた時が、闇が、訪れる。


 バチッという何かが弾ける様な音がして、校舎や体育館から漏れていた明かりが全て消える。


 再び文明の力を失った信者たちは動揺のあまりパニックに陥った。


 あちらこちらでこの世の終わりとでもいうかの様な金切り声や悲鳴があがり、瞬く間にそれが伝播していく。


 春日がこちらを向いて何か言っているのだが、それが聞こえないほど周囲は悲鳴で埋め尽くされていた。


 実際には史と桐谷がテルミットで電柱の根元を溶かして倒し、学校への電力の供給を断ち切っただけのこと。


 俺たちにしてみれば電気の使えない元の生活に戻っただけなのだが、信者たちにとっては唯一の(よすが)を失ってしまったのだ。


 文字通り、この世の終わりを再び味わっているのだろう。


「気合入れろ、正念場だっ!!」


「おうっ!!」


 春日の号令に、俺も影山たちと同じく吠え返す。


 俺の目的は、家族を守り切る事。


 たったそれだけ。


 それ以外を、考える必要などない。


 少なくともこの時だけは。


「突入っ!!」


 春日の命令に従い、一気に校舎へと走り寄る。


 目標は校庭に面した教室。


 まずたどり着いたヤクザのひとり――海東が持っている獲物で窓ガラスを叩き割る。


 そこへ影山と春日が雪崩れ込んでいく。


 教室の中からは女たちの悲鳴があがる。


 外に居る信者たちほどパニックを起こしていなかったのは、彼女たちが放送によって集められ、洗脳を施された信者たちではなく、山本にそそのかされる形で元から参加していた解放者だからだろうか。


 とはいえ暗視ゴーグルの狭い視界で確認する限り、冷静に行動できている者はほとんどいないように見えた。


「お先失礼しますっ」


 窓を割ったヤクザに一言断ってから俺も教室へと入る。


 中では既に春日たちが廊下へ出るために邪魔な女たちを部屋の隅へと追いやり、安全を確保してくれていた。


「行くぞっ」


 春日に先導されて廊下に出ると、そこには光を失ってゾンビの様にさ迷い歩く解放者たちの姿があった。


「どけぇぇっ!!」


 せっかく奇襲のチャンスなのだから声をあげない方がいいのだろうが、勢いをつけるためにも怒鳴りつける。


 俺の声に打ち据えられた解放者たちは、いっせいにこちらを向くが、その誰もが正確に俺たちを視界に捕らえてはいない。


 暗闇の中、暗視ゴーグルという絶対的な優位を持っている俺たちの優位は揺らがなかった。


 俺は一番近くにいる男に走り寄ると、銃床を男の喉元に叩きつける。


 男が喉を押さえて怯んだところを、無防備な頭頂部目掛けて銃床を打ち下ろす。


 その男が床にくずおれるのを最後まで確認せず、次の男の腹部へ足を突き込んだ。


「腹は蹴るなっ」


「はいっ」


 春日からの忠告で、俺は何度となく教えられたことを思い出し、慌ててその場を飛び退いた。


「おえぇぇぇっ」


 俺が腹を思い切り蹴りつけた男がその場で嘔吐を始める。


 もしこの男がルインウィルスに感染していたら、俺もこの時点でうつされてしまう可能性だってあった。


 パンデミック前と後では喧嘩のやり方が変わってしまったのだ。


 その事をよくよく意識する必要があった。


「二度同じ場所を殴るなよっ」


「分かりましたっ」


 人間は、固い物質や尖った物などの例外を除けば一度の殴打では出血しない。


 内出血を起こすだけだ。


 だが、同じ場所を二度殴られれば違う。


 皮膚と皮下組織が剥離し、そこに血液が溜まってしまうのだ。


 簡単に例えるなら水風船の様な状態になる。


 そこにもう一度打撃が加わると、皮膚が破れて出血してしまう。


 感染の可能性を少しでも下げなければならない俺たちからすれば、出血した状態で迫って来る敵などリスクの塊でしかなかった。


「兄貴っ! 前方っ!!」


 鋭い警告に顔をあげると、俺たちが向かっている階段から弓矢を手にした男が姿を現す。


 彼はこの闇の中、暗視ゴーグルをかけているわけでも、光源を持っているわけでもないのに矢をつがえ始める。


 味方がどうなろうと関係ない。


 そんな自分勝手な考えが見て取れた。


 俺が、なんて言う時間も惜しい。


 既に装填済みのクロスボウを構え、撃つ。


 10メートルも離れていない敵を今さら外すわけもなく、胸の中心、生物ならば一撃で命を奪える急所を射抜く。


 弓を手にしていた男は心臓を串刺しにされた瞬間、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。


「――っらぁっ!」


 奇しくも俺の射撃が援護になり、影山と海東の2人が突っ込んで行く。


 瞬く間に、廊下でたむろしていた解放者たちが一掃されていった。


「暦、準備はいいかっ?」


 弓を踏み砕きながら春日が問いかけて来たのだが、俺はその場に立ち止まってクロスボウの再装填を可能な限りの速度で行いながら叫ぶ。


「行ってください!」


 ほんの十秒。


 しかしその間に光源を手に入れられたらそこで俺たちの優位は失われてしまう。


 僅かな時間であろうと、それは宝石よりも貴重だった。


「急げよっ」


 春日たちは頷くと、階段を駆け上っていく。


 しかし階上の方でもまたすぐに争う音が聞こえて来る。


 解放者たちも自分たちの終わりを肌で感じ取っているのか、死にもの狂いで抵抗を見せていた。


 俺は装填の終わったクロスボウを抱え、春日たちの後を追おうと駆け出し――。


「いかせないっ!!」


 下半身にタックルを喰らって転倒してしまった。


 先ほど不用意に大声をあげ、そのままその場に留まっていたことが原因だろう。


 振り向いて腰元に視線をむければ、そこには母さんと同じ年代くらいのよく太った女性がしがみついている。


「このっ」


「みんなぁっ! ここよぉ、ここぉっ!!」


 肘うちをお見舞いしても、女性はタコの様に絡みつき、あまつさえ他の女性に助けを求めだす。


 このままでは数に押されて拘束されてしまう。


 仕方なく俺はクロスボウを手放すと、空いた右手で矢筒から一本矢を引き抜くと、振りかぶって女性の目に矢じりを振り下ろした。


 獣の様な悲鳴があがり、女性の拘束が緩む。


 俺はすぐさまクロスボウを拾い直すと、這って女性と床の隙間から抜け出した。


「このっ」


 とどめとばかりに女性の顔面を蹴り飛ばしてから走り出す。


 階段をふたつ飛ばしで駆け上がり、手すりを掴んで体を引き寄せ踊り場を曲がる。


 校舎二階や階段の途中には幾人ものうめき声をあげて倒れ伏しているが、それらを飛び越え三階へと急いだ。



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[一言] 指揮官さえ倒してしまえばあとは烏合の衆。 警察や自衛隊もそのうち動くかな?
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