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第52話 洗脳集会

 どのように攻めるのか、これから何が起こるのか、全く不明な現状ではほぼ対処のしようがない。


 とりあえず他のヤクザたちとの交渉や、警察機関との接触は春日たちが請け負い、桐谷や史は武器(・・)の作成。


 そして俺は情報収集にあたる事となった。


 俺は奴らの前で、ずっとゴーグルとハンカチをつけていたため、未だ面が割れていないのだ。


 千里に会えばさすがに一発で気付かれてしまうだろうが、大勢の中に紛れてしまえばさすがに見つけることは困難だろうという目算があった。






 奴らの拠点のひとつ、南高校の前には俺を含めて老若男女、様々な人が列をなしている。


 感染を気にして全員が2メートル程度間隔をあけているせいで、列の終わりは見ることができないほどだ。


 この中に、春日組の人が調査のために紛れ込んでいるらしいが、誰がそうなのかまったく分からなかった。


「次の3人、行け」


 解放者の一員と思われる男の指示に従い、俺と他2名は正門から敷地内に足を踏み入れる。


 そのままハードルに張り付けられた矢印に従って進み、体育館の入り口をくぐった。


 体育館は、バスケットコート二つが楽に入るほどの大きさで、最大千人は入るという話だったが、既にその半分近くが人で埋め尽くされている。


 その全員が全員、口元を布で覆い、サングラスやゴーグルをしているのだから、一見して異様にすぎる光景なのだが、それ以上に異常なのは人と人の間隔がかなり狭いという事だ。


 もはや感染だとかクラスターだとか一切気にしていない様子に、俺を始め一緒に居た二人もためらいをみせる。


 一応、並んでいる際に口頭でルインウィルスに感染していないかどうかを質問していたが、嘘をつけば簡単に誤魔化せる程度のもので、これはあまりに危険な環境だった。


「前から順に、385、386、387だ。自分の番号を忘れるなよ。覚えたら足元のテープを確認して並べ」


 体育館の入り口付近に立っていた男が、無造作にそう告げると、もう興味を無くしたかのように壁に背をもたれさせる。


 誰に何番と言ったのかは分からないが、先頭から順に番号をつけられたのであれば、俺は387番なのだろう。


 念のために確認し合ってから体育館内の集団に参加する。


 足元を確認すれば、だいたい畳3枚ぶんの範囲がテープで囲われており、その中に三人が並ぶことになっているらしかった。


 列のいちばん右端に立ち、しばらく待っていると、次々に人が入って来て同じ様に並んでいく。


 体育館の中が人で満杯になったところで全ての入り口が締め切られた。


 いくら初夏とはいえ、こうも人が集まってはさすがに熱気がこもって蒸し暑さを感じ始める。


 それは周りの人たちも同じな様で、胸元をつまんで空気を仰ぎ入れたり手団扇で扇いだりしていた。


 ほとんど説明すらないまま体育館に閉じ込められてしまい、しかも相応の時間放置が続いている。


 少々軽率に行動し過ぎたかと焦燥感を覚え始めたところで、大きな音を立てて体育館前方の扉が開く。


 そこからぞろぞろと解放者たちが入って来ると、それぞれが舞台にあがってマイクなどの準備をしたり、全校集会時の教師よろしく体育館の端に整列したりし始めた。


 なにかが始まる事を期待して、体育館に押し込められた人々が更にざわつき出す。


 それを、


『黙れっ! 旧人類どもっ!!』


 マイクで増幅された叱責が打ち据える。


『いいかっ。お前たちは旧来のシステムによって常識という枷をつけられている。まずはそれを外すことから始めるっ』


 体育館の前方に設けられたステージの中心に立っている男が、マイクを通してがなり立てている。


 男は祭司が着るような白い着物に紫の輪袈裟を首に巻くという奇妙な格好をしているのだが、その声は春日の事務所で聞いた放送のものと同じだった。


 放送をした男はこの南高校に居ると踏んでいたが、その読みは当たっていたらしい。


 かつて三井先生から教えてもらったのだが、この高校には災害発生時に備えて付近一帯に放送を行うシステムが備わっている。


 そのため、ここは発信するのに都合がいいのだろう。


 その後も男は立て板に水とばかりに自分たちがいかに素晴らしく、政府が愚かであるかをつらつらと並べ立てていく。


 男がスポークスマンである可能性も捨てきれなかったが、解放者たちを操るという重要なポストについていると見て間違いないだろう。


『政府の連中は無能でしかなかった! だからここまで日本が衰退してしまったのだ! 我々はこの日本を立て直すべく立ち上がった勇士である!!』


「そうだ! 無能な政府を許すな!!」


「俺たちにもっと還元すべきだ! 何のために税金を払ってたんだ。こういう時のためじゃないのかっ!?」


 男の弁に熱が入るにつれ、それを聞いている人々のボルテージも上がっていく。


 奴らに対して恨みのある俺ですら、政府に対する不満をくすぐられて、そうだと納得しそうになってしまったこともあるくらいだ。


 自粛を続け、ルインウィルスの恐怖に怯えながら日々を過ごす人たちにはさぞや甘い言葉に聞こえる事だろう。


 ただ、不満が同意できるからといって、後に続く解決法は実現不可能な絵空事なのだが。


「……なるほど、ね」


 世間から隔離して情報を遮断し、考える暇を与えさせず、一方的に自分たちの主張こそが正しいと教え続ける。


 どうやら解放者たちは、かつてのカルト宗教がやったことと同じ方法で俺たちを洗脳しようという腹らしい。


 実際、その術中に半ばハマりかけている者がこうも居るのだから、相応に効果的なのだろう。


「さあ、お前たちも声を出せ!」


 いつの間にか近くに来ていた解放者が大声で指示を出す。


『我らに平等を! 犬どもには死を!』


「我らに平等を! 犬どもには死を!」


 熱狂の渦に飲まれ、口元のハンカチをかなぐり捨てて人々が叫び声をあげる。


 俺もそんな周りに合わせて適当に演技しつつ拳を突き上げておいた。


 そうやって暑苦しい洗脳会が進んでいったのだが、ふいに冷たい外気が吹き込んでくる。


 誰かがドアを開けたのかと、風が吹いてきた方向に視線をやって――。


「なっ」


 慌てて顔を隠した。


 入って来たのは、忘れもしない。


 俺に向かって矢を射かけて来た男と……千里だった。


 いや、千里に関しては、入って来たという表現は正しくないだろう。


 生気を失った顔をした彼女は、腕を引かれて無理やりこの場所に連れてこられたのだ。


「呆けてんじゃねぇっ。お前はまだ啓蒙が足りないからそんな風になるんだっ」


 千里は怒鳴られるままに歩き始める。


 その足取りは酔っ払いのようにふらふらと揺れて定まらず、明らかに正常な状態ではない。


 理由は考えたくも無かったが、恐らく千里の家が焼けたり、俺の母さんが死んだことと無関係ではないだろう。


「最前列だ、いいな? 最前列でしっかり聞いてこいっ」


 男の声が千里の背中に突き刺さったのだが、彼女の様子は変わる所がない。


 そのまま俺の真横を通り過ぎていったのだが、俺のことに気付いた様子はなく、それどころか「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」と念仏のように唱え続けることに必死な様子であった。


 俺は千里に対して怒りしか持っていなかったし、彼女がどんな謝罪をしても許すつもりはないと思っているし、謝罪を聞いた今だってそうだ。


 しかし、千里が懺悔しているその言葉が、鼓膜にこびりついて離れなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 千里もここまでひどい状況になるとは思ってなかったんだろうけど……もうどうにもなりませんよね。
[一言] 謝って暦の母親が帰ってくるのかよ、と思ってしまう
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