第51話 女性差別
ヤクザの手下たちの内、身内が居ない者だけ協力するという事になり、頭数としては俺と春日を入れて12人となった。
三桁以上の集団とやりあうにはいささか心もとない数字だったが、それでも彼らは暴力に精通した集団なのだから、数以上の力を発揮してくれることだろう。
参加しない者たちは、泣く泣く春日組の資産を持って隣町へと移動するらしい。
そう決まって散っていく彼らをしり目に、俺は史の肩を叩いた。
「史、あと桐谷。2人は一緒に行ってくれ」
2人は確実に生き延びられる。
そう思って声をかけたのだが……。
「天津くん、本気で言ってるの?」
「お兄ちゃん、私は逃げないよ」
二人そろって拒絶されてしまった。
「でもなぁ……」
俺としては史を巻き込むなど論外であるし、桐谷の方はそもそも他人なのだから関わる必要が無い。
その事を必死に説明したのだが、何か言えば言うほど二人の視線が冷たくなっていく。
特に桐谷の視線は南極で吹きすさぶ風の方がまだぬるいんじゃないかと思うほど、鋭く、冷え切っていた。
「関係ない……へぇ、そう」
実は、今すぐ背中を向けて逃げ出したいくらい震え上がっているのだが、そんな事をして桐谷が参戦されてしまっても困るため、俺は気合を入れて桐谷の目を見つめ返す。
「こ、ここまで心配してついて来てくれたことは感謝してるけどさ。これ以上は悪いから逃げてくれって意味だよ」
「なんで心配してついて来たのか分かってる?」
もちろんその理由は想像がつく。
桐谷には色々と援助してきたし、彼女が今住んでいる場所を見つけたのも俺だ。
彼女は見た目からして生真面目な感じがするし、そういったことを恩義に感じてくれているのだろう。
「俺と史を助けてくれたので貸し借りは無しになったからもういいんだよ。っていうか、これから史のことを……たの……みたい、から……あー……」
桐谷に続いて史の瞳にも殺意が混じり始めた気がしたため、だんだん尻すぼみになっていき、最後は黙らざるをえなくなってしまった。
「お兄ちゃん」
「はい」
妹とその背後に居る桐谷の圧力に圧され、俺はなんとなく角ばった返事をしてしまう。
「私はお兄ちゃんがそうやってなんでも背負ってやっちゃおうとするの、嫌なの。私の知らないところで傷ついて泣いてたら、死んじゃいたくなるくらい辛いの」
「でも、こういうのは史にやってほしくないっていうかな? 史には知らないでいて欲しいんだよ」
「そうやって見せかけだけ綺麗でいても意味なんてないのっ」
史の言いたいことも分かる。
例えばスーパーで牛肉を買って食べる時、その牛を殺した責任は買った人に無いのだろうか。
誰かが買おうとしなければ、牛は殺されなかったはずだ。
なら牛の命を奪った責任は、間違いなく買った人にもある。
俺が誰かから盗んだり、人を殺したのは史のためでもあるのだから、史自身も既に汚れている、と言いたいのだろう。
「……でも、やっぱり直接それをするのと、した人から貰うのは違うんだよ」
俺は昨日、人を殺した。
逼迫した状況の中で、そうしなきゃならなかった。
人を殺した感覚は、正直よく分からない。
きっと死んだかどうか最後まで確認していないことや、深く考える余裕が無いから、わざと意識しないようにしていることも理由としてあるのだろう。
でも、史はどうだろうか。
兄の欲目を除いたとしても、史は優しい性格をしている。
そんな史がもし人殺しをしてしまったら、人殺しまで行かなくとも、罪の意識に押しつぶされてしまうだろう。
それを史にどう説明したものかと悩んでいると、折よく春日がやって来て援護射撃を始めてくれた。
「おい、べつにコイツの肩持つわけじゃねえがな。荒事は昔っから男の仕事だ。女は引っ込んでろ」
その筋の人の中でも特別威圧感たっぷりな春日の言葉は、とても乱暴で理論とか気遣いはまったく感じられない。
もっともそれは表面上だけで、言葉の裏側には俺と同じような想いがあるはずだ。
「お言葉ですけど、今の時代、男も女も無いと思いますけど」
「はっ」
桐谷の反論を、春日は鼻で笑い飛ばす。
「タイタニックだって、女子どもを先に逃がして男は残っただろう。何故か分かるか?」
「それは……」
「可能性に差があるからだ。男10人に女ひとりが生き残っても、子どもはひとりしか生まれない。逆なら10人生まれるがな」
あまりに露骨な表現に、桐谷と史は顔をしかめる。
だがそんなの知った事ではないとばかりに春日は続ける。
「男女差別だとか思ってそうなツラしてやがるな。だが男女差別して何が悪い。もうそういったことで差別しないと、もたない位に追い詰められてんだよ、人類ってヤツはな」
この国が沈みゆく船だとしたら、状況的には同じだろう。
違うのは、俺と史たちは一緒に逃げられるはずなのに、俺だけわざわざ死地に向かうということか。
「それとこれとは話が別です。責任を天津くんだけが背負おうとすることに問題があると言ってるんです」
「違わねえよ。どっちも男の意地だ。四の五の言わずに守られてやれ。それが女の仕事だ」
感情を理由にされては否定し辛いのか、桐谷は押し黙ってしまった。
「俺も死ぬつもりはねえし、コイツを死なせることもしねえ。だから大人しく待ってろ」
さすがの貫禄と言うべきだろうか。
俺があんなに手こずっていたのに、一瞬で場を収めてしまった。
「ただし、下準備は手伝ってもらう」
その上配慮も忘れないとなると、なぜ春日がああまで手下に慕われていたのか、その理由が分かった気がした。
「……ところでタイタニックって恋愛映画ですよね。春日さんそういうの見てたんですね。ちょっと意外」
俺が知っているのは隔離生活中に父さんのDVDをひたすら見ていたからだ。
「…………」
一瞬で春日が押し黙る。
そのまま体を揺すったり視線をさまよわせたりした後で、なにごとかぼそりと呟く。
「はい?」
「こんな顔とガタイして似合わねえとか思ってんだろ!? うっせえいいじゃねえか、映画視んのが趣味なんだよ!」
「いやいや別に思ってないですから!」
ちょっとしか、と心の中だけで付け加えておく。
「いいから早くなにするか決めるぞっ。遊んでんな、時間はねえんだっ」
そう言われて俺の心は一気に引き締まる。
解放者たちは着々と襲撃の準備を整え、この世界の破壊を進めているのだ。
一分一秒だって無駄には出来なかった。




