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第47話 疑惑

 招き入れられた事務所は、非常に小さい部屋な上、様々な物資と思しきものが乱雑に積み上げられており、足の踏み場もないほど雑然としている。


 部屋の奥には春日が仕事をするためか、スチール製のデスクがくの字になるように設置されており、壁に面しているデスクの上にはなにやらスイッチやつまみが大量に付いた大小さまざまな機械が置いてあった。


「足元に注意して進め。壊れたら弁償してもらう」


「は、はあ……」


 春日はなかなか難儀な事を要求してきた後で、返事を待たずに歩きだす。


 俺は彼が踏んづけた跡をそのまま辿り、機械の下にまでたどり着いた。


 近づいて分かったのだが、その機械の中に通信機があるのではなく、その機械全てが通信機らしい。


 春日は手慣れた手つきで配線を繋ぎ、装置のスイッチを入れ、通信機に息を吹き込んでいく。


「凄いですね」


「まあな。昔趣味で免許を取ってて……」


 こういう男心をくすぐる機械群を前にして、素直に称賛の言葉を口にすると、春日は誇らしそうに語り始め……ようとしたが、我に返ったのか咳ばらいをして話を途中で切り上げる。


「それよりも緊急用の周波数を言え。まあ、言わなくても分かるがな」


 医療従事者の家族が緊急時に使う専用の周波数帯というものが存在し、それは俺たちの様な一部の人たちにしか教えられていなかったのだが、春日は知っているらしかった。


 彼は機械についたつまみをあれこれ弄ったりしていたのだが、やがて調整が終わったのか、マイクの付いたヘッドフォンを手渡して来る。


「ゴーグルは外してもいいが、ハンカチは絶対に取るなよ」


「あ、はい」


 受け取ったヘッドフォンを、言われた通りゴーグルだけ外して装着した。


「緊急連絡用の周波数に合わせている。まず警察に無事を伝えた後、隔離施設への通信許可を貰え」


「はい――――あっ」


 俺は言われた通りに通信機へ語り掛けようとして、大切な事に気づく。


「どうした」


 春日に問いかけられるのも無視して、固まったまま思考にふける。


 家に攻め込んで来た解放者たちは、やけに余裕しゃくしゃくとしていた。


 緊急連絡は、既に母さんが行った後だった。


 連絡先は警察に繋がる。


 派出所は解放者たちに占拠されている。


 何より桐谷が様子を見に行った時、母さんの首は道路の真ん中に置かれたまんまだった。


 つまり、警察が来ていない可能性が高い。


 それらの情報が示すことはひとつ。


 警察は既にやつらの手に落ちている、という最悪の結論だった。


「おい、聞いてるのか、お前」


 否定する材料を探していくら思考を巡らせてみても、最悪を示す材料しか思いつかない。


 結局、俺はヘッドフォンを外してマイクの部分を握りしめて音が入らない様にするしかなかった。


「すみません。緊急用のものではなく、隔離施設に直接通信を繋げることは出来ますか?」


「なんでそんな事をする必要がある?」


「警察が、解放者たちに制圧されているかもしれません」


「んな馬鹿な。一週間前にわい……会ったばかりだぞ」


 春日は最初あり得ないと首を振っていたのだが、俺の瞳を見て嘘や冗談ではない事を悟ったのだろう。


 一旦通信機の電源を落とすと俺の方へと向き直った。


「その根拠はなんだ?」


「はい、それは……」


 あまり口にしたい事ではないが、事件のあらましを始めから説明していく。


 春日はそれら全てを黙って聞いてくれた。


「……ということなんです」


「……可能性としては考えられるが、可能か? 連中は全員素人だぞ。それが武装した警官や自衛官たちを襲って制圧できるか?」


 その答えは俺の中には無い。


 ただ、もしも人数差で圧殺するのならば可能かもしれないという、想像だけだった。


 春日は、押し黙った俺の手からヘッドフォンを剥ぎ取ると、通信機の電源を入れる。


 再び操作をした後、今度は自身がヘッドフォンを装着して通信を始めてしまった。


「もしもし、これは緊急用のチャンネルだろう? 聞こえていたら返事をしてくれ、どうぞ」


 理由は分からないが、春日は何かしら警察と連絡を取ろうとしている様だった。


 その後も何度かしつこく続けていると、ノイズが走った後で、


『なんだ?』


 男のものと思しき野太い声が返って来た。


 それに春日は、わざとらしくふーっとため息をマイクに吐きかけると、それまでとは雰囲気が全く違う調子で話しかける。


「ようやく出たか、小林。俺だ、宮田(・・)だ。この時間なら大丈夫だったよな?」


 ここで俺はようやく春日のしたいことに気付く。


 彼は緊急連絡を受ける通信士と親しいふりをして、情報を引き出すつもりだったのだ。


 当然、小林だの宮田だのは全てでっちあげだろう。


 大切なのは相手がどういう反応を返すのか。


 俺は出来る限り息を殺し、耳をそばだててヘッドフォンから漏れ聞こえる音に意識を集中する。


『……なんの用事だ』


「用事って事はねえけどよ。お前がどうしてるか気になってな。ちっとだべるくらい構わんだろう?」


『こちらは仕事中だ。切るぞ』


 その後も春日がなんとかして絡もうとしたのだが、結局通信を一方的に遮断されてしまう。


 ただ、春日は既に目的を達成しているため、なんの問題も無い。


 むしろ正体を教えてくれてありがとうといったところだろう。


 春日がマイクのスイッチを落とし、ヘッドフォン外したところで俺は口を開く。


「……否定しませんでしたね」


「まあな」


 小林という適当に呼んだ名前を否定せず、春日を適当にあしらい、あまつさえ通信機の電源を落としてしまった。


 正規の通信士なら絶対にやらない行為だ。


 それの意味するところはひとつ。


 俺の推測が正しかったという事。


「……何時だ? 何時そんなことになった? 派出所が襲撃されたっつー情報は掴んでた。だが、警察署そのものが落とされたなんて……。そんな情報はいってねぇ。そんなでけえこと、どうやったら隠せる!?」


 春日は相当焦っているのか、隣に俺が居るというのにも関わらず、ブツブツとひとり呟き続ける。


「一部だけとかそういう事は考えられますか? 例えば昔の城攻めみたいに周囲だけ包囲して機能不全に陥らせてるとか……」


「そんなでけえことを見逃すかっ。いっつも馬鹿やってやがる連中だがな、目ぇくらいついてんだぞ」


 主語が無いため、誰の事を言っているのか分かりかねるが、話の前後から想像するに、春日のヤクザな部下たちのことだろうとあたりをつけておく。


「くそっ。ここじゃ埒があかねぇっ」


 春日は毒づくと、事務所の入り口へと体を向ける。


「ま、待ってください。隔離施設に通信を……」


「現状確認が先だっ」


 確かに警察が制圧されてしまっているのならば現状確認の方が優先される。


 しかし、通信機の周波数をセットする程度の猶予くらいはあるはずだ。


 その事を頼もうと口を開いた瞬間――。


『我々は新世界を生きる者、解放者である!』


 仰々しい言い方をする男の声が、通信機から聞こえて来た。

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― 新着の感想 ―
[一言]  あっちゃー……、暴力革命を起こしちゃったよ。  せっかくパンデミックを乗り越えれたのに、何が不満なんだろう。革命なんかより、復興を考えようよ。  それか、ソ連の歴史について考えようよ(笑)…
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