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第46話 助けを求めて

 澄み切った青空の元、俺と史、桐谷の三人はゴーグルとハンカチを使って完全防備の上、出歩いていた。


 初夏を感じさせる風が、服の上から肌をくすぐって通り過ぎていく。


 世界がこうなってから分かったのだが、全員で一斉にエアコンを使わなければ、気温が数度下がるというのは本当だったらしい。


 そのため、多少厚着をしていても汗ひとつかいていなかった。


「申し訳ないのはわかっているのだけど、風上に行ってもいい?」


「…………」


 俺は夢想へと逃避していた思考を現実に引き戻す。


 認めなければならないだろう。


 俺は……臭かった。


 言い訳をさせてもらうのならば、あそこまで腐敗が進み、得体のしれない汁まで出来ているとは思わなかったのだ。


「どうぞ」


 仕方なく俺は横に避けて桐谷へと道を譲った。


 桐谷は黒いゴーグルに地味目なえんじ色のハンカチを口元に巻き、表情は一見して分からない。


 臭いのにも関わらず、鼻をつまんだりしていないのは、俺への気遣いだろう。


 心の中で、二回目の再会時、臭いとか言ってごめんと謝っておいた。


「ごめんね、お兄ちゃん」


 桐谷だけでなく史までもが俺を追い抜いていく。


 史が装着しているゴーグルの、真っ白なゴムバンドが目に染みる。


 地味にショックだった。


「……史、気道拡張用の薬は何時でも出せるようにしといたか?」


 史が最後に免疫抑制剤を飲んでから24時間以上経過している。


 こうなると、なにがアレルゲンになって発作を起こすか分からない。


 ステロイド剤の吸引を行い予防をしてはいるが、必ずしも完璧ではないのだ。


「それはもちろんやってるよ。桐谷さんから貰った紐で首に()げてあるから」


「なら良かった」


 話が終われば史は正面を向いてしまう。


 俺は少し離れた位置から二人の背中を見つめつつ、後ろを着いて行った。






 いくつかの闇市を回り、バイヤーやヤクザなどが情報収集のために所持しているだろうという情報を得た俺たちは、春日組の取り仕切っている闇市へと足を運んだ。


 個人的には、悪い思い出といい思いでの両方があるために少々行きづらかったのだが、信用度という面から見ても、ここ以上最良の選択肢はないだろう。


 廃工場の入り口を見張っている男に入場料を払って中へと入った。


 闇市は相変わらずにぎわっており、以前見た時よりも随分と客が増えている。


 俺たちはあまり客に近づかない様注意しながら奥の事務所へと向かった。


「待て」


 事務所の入り口を警備しているアロハシャツにサングラスをかけた男が、服装とは真逆の声で警告してくる。


 さすがに本物とあって、その威圧感は俺たちの家に攻め入って来たチンピラどもの比ではなかった。


「申し訳ございません。通信機を使わさせていただけないかと思いまして、お願いしに参りました」


 俺が日和っている間に桐谷が前に進み出ると交渉を始めてしまう。


 桐谷はここのバイヤーと毎日のように取引をしているはずだったが、さすがに女の子を前に立てて男の俺がその後ろに隠れているのは男の沽券に関わる。


 慌てて俺も一歩踏み出し頭を下げる。


「代金の用意はしてきています。お願いします、緊急事態なんです」


「お、お願いしますっ」


 史も俺の後を追ってお辞儀をする。


 だが――。


「悪いがウチはそんなサービスやっちゃいねえんだよ」


 にべもなく断られてしまった。


 確かにお金を払って通信機を使うなんてサービスを始めれば、そこが感染源になりかねない。


 通信を行うためには機械を口元にまで持って行って話すのだから。


「俺たちは、あの解放者たちに襲われて母さんを殺されたんだっ。だから……頼むっ」


 このまま父さんと連絡が取れなくなったら、そのまま生き別れになってしまうかもしれない。


 俺たちにはどうしても通信しなければならない理由があった。


「気の毒とは思うがな、そんなのは今のご時世誰でも会う不幸だ。その程度のことで特別扱いしてもらえると思うんじゃねえ」


「なっ」


 母さんの死をその程度呼ばわりされ、思わず頭に血が上る。


 ありふれた死かもしれないが、大切な家族がつい昨日殺されたのだ。


 それを軽く扱われ、黙っていられるほど俺は大人ではない。


「ふざけ――」


「あなたたちも!」


 俺の声の上から更に被せる形で桐谷が大声を張り上げる。


 落ち着け、ここで喧嘩を売ってもなんにもならない。


 桐谷の横顔はそう言っていた。


「あなたたちも、情報が欲しくはないの?」


「……なんのだ」


「この2人の父親は、隔離施設で働いているの。色々政府の情報を引き出せると思うけど?」


 確かに俺たちは隔離施設へ通信をして、返答をしてもらえる存在だ。


 例えば隔離施設の今後の方針など、何かしらの情報を得ようと思えば得られるだろう。


 それを確認しもせずに交渉に使ってくるあたり、桐谷はだいぶこの世界での在り方になじんでいた。


「……ちょっと待ってろ」


 さすがに政府の情報を得られるとあっては自分の裁量を越えると判断したのだろう。


 アロハの男はそう言い残して事務所の中に入っていった。


「桐谷、助かった。ありがとう」


 目的を見失わずに済んだことに対して頭を下げておく。


 俺がもし喧嘩を始めていれば、つまみ出されて即終了だったろう。


「今度は軽はずみな行動をしないでね」


「すまん」


 桐谷との短いやり取りが終わると同時に、この闇市を取り仕切る春日組のボスであるクマのような大男が姿を現した。


 相変わらず黒いスーツで全身を隙間なく固め、目元はサングラス、口は黒いマスクで防御して、髪の毛をオールバックに整えている。


 身に纏っている雰囲気も手下たちとは比べ物にならないくらい威圧的だった。


「で、お前達が通信機を使わせろって奴らか」


「はい」


 春日はサングラスを貫いてもまだ物理的な圧力を感じるほど強い視線で俺たちを薙いでいく。


「……お前、以前偽薬のことで騒いでたやつか」


「覚えてたんですか!?」


 あの時とは着けているゴーグルが違うし服装も違う。


 それなのに俺だと見破る眼力はさすがと言わざるを得なかった。


「となると、お前達が隔離施設の関係者の子どもっていうのは信憑性があるか……。おい、緊急通信を入れたら一番最初に何を聞かれる?」


 ある程度の確信を持ちつつも、それでもこちらを試して来る慎重さはさすがとしか言いようがない。


 解放者を名乗るチンピラと違い、ヤクザは暴力を使って利益を生む。


 それには相応の頭が必要不可欠なのだが、目の前の男、春日はそれを持ち合わせているようだった。


「……身分証明用のコードです」


 通信機は周波数さえ合えば誰でも連絡が取れる。


 その為家族を名乗るだけでは繋いでもらえないのだ。


「いいだろう。誰かひとりだけ事務所に入れ」


 出来ることなら三人、最悪でも史と二人で通信をしたかったのだが、無理を言って使わせてもらえなくなるのだけは避けたい。


 それに一人だけしか事務所に入れない理由は、保菌者かもしれない相手との密閉、密集、密接、いわゆる三密を避けたいからだろう。


「史」


 俺は視線だけで史と相談し、俺が事務所に入る事を決める。


「失礼します」


 すでに事務所の奥へと引っ込んでしまった春日の後を追って、俺は扉を押し開けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 春日には覚えられていた。 目立つことをやったのだから当然といえば当然だけどやっぱり斬れものなんですね。
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