第35話 新世界の摂理
彼らの言葉を聞いた時、俺は思わず吐いてしまいそうなほどの嫌悪感を覚えてしまう。
彼らの表情からして罪悪感など欠片も抱いていないことは簡単に予想がつく。
三井先生が悪そのものであり、自分たちが正義の鉄槌を下したとでも思っているのだろう。
「……おいおい、どうしたその反応はよ」
態度に出てしまわない様に努力していたのだが、それでも漏れてしまっていたらしい。
ヒゲ面の男が爬虫類めいた笑みを浮かべながら馴れ馴れしく肩を叩いてくる。
首のすぐ横で動く男の手が方向を変えて自分に向かってくるかもしれないなんて考えると、思わず背筋が寒くなってしまった。
「いや、その……」
何を言うのが正解で、何を言ったら彼らの地雷を踏みぬいてしまうのか想像もつかなかったため、俺は二の句を継げないでいた。
「確かに殺人っつーのはビビるかもしれねえがな、あいつは死んで当然の奴なんだぜ」
「そうですよ。彼は薬やマスクといった、様々な物資を独占していましたからね。許されるはずがない」
「この世のゴミは排除するに越したことは無い、だろう?」
三者三葉の言葉で俺に同意を求めて来る。
それを否定することなど出来るはずがなかった。
否定などすれば、間違いなく俺はこの場で殺されてしまうだろう。
「物資の独占は許せないですね」
俺は笑みめいたものを顔に張り付け、適当に同意を表す。
どうやら俺の選択は正しかったようで、あれほどひしひしと感じていたプレッシャーが、すっと軽くなった。
「だろ? お前は見込みがあるじゃねえか」
肩に置かれていたヒゲ面の男の手が、称賛と同時に離れていく。
「ありがとうございます」
礼こそ言ったものの、欠片も嬉しくなかった。
俺はどうにかしてこの場を逃げる手段がないかを探るために、三人それぞれに頭を下げつつ辺りの様子を探る。
正面にヒゲ面の男が立っていて、右手に筋肉質の男が勝手口を塞ぐように立っている。
眼鏡の男は一歩離れた位置に立っているが、俺の左側を塞がないのはそもそも出口などがないからだ。
そして俺の背後にはコンクリートの壁があり、完全に塞がれている。
まさに八方ふさがりだった。
「お前も俺らの仲間にならねえか?」
「はい?」
唐突に筋肉質の男からそう提案され、俺は思わず聞き返してしまった。
だが他の連中にとってそれは意外でもなんでもなかったようで、それぞれが頷いて同意を示している。
「そうですね。我々は全てを平等に分け与える。仲間になるチャンスも同様に分け与えねば」
「俺らの仲間になれば、食料、薬、物資、女。全てが平等に手に入るぜ。もちろんきちんと働いてもらうけどよ」
「……女?」
俺はヒゲ面の男の言っている意味が分からず、再び問い返す。
食料などの物質ならば共産主義的な意味だと理解できる。
だが、女まで平等に分けるというのは想像もできなかった。
「……糸井さん、子どもには少し刺激が強い話ですよ」
眼鏡の男が咎めるような口調になるが、彼の顔はにやけが止まらないといった感じに醜く歪んでいた。
「大丈夫だろ。高校生……三年だったか? なら十分大人だ」
そう前置きされて話された内容は……俺には理解できないほど常識の埒外にあった。
それは、多夫多妻とでも言うのだろうか。
全ての男女が仲良く関係を持ち、家族を営むのだという。
彼らは物資だけでなく、愛情だとか家族関係すら平等に分配してしまっていた。
ふいに思う。
千里はどうなのだろうかと。
千里は今日に至るまで、俺たちの家に帰って来てくれていた。
まだ戻れる可能性はあると信じたかった。
「分かったか? こうすればもう争いなんて起きねえんだよ」
「これこそ真に素晴らしい平等な世界ですよ」
「ま、ババアを抱くのはちとキツイのもあるがな」
「違いねぇ」
そう言って彼らは仲良く下劣な笑み浮かべる。
――これがまったくタイプの違う彼らが共に行動している理由なのだ。
俺にはこれから先未来永劫理解したくない考え方だった。
「え、えっと……俺はまだそういうのしたことないんでちょっと怖いかな~なんて思いまして……」
「別にそういうことを絶対しないといけないわけじゃないさ。実際拒んでいる人も大勢居るし、こちらも無理強いはしない。したい人だけがすればいいのさ。仲間だからね」
無理強いはしないけれど、それは仲間に対してだけで、それ以外には強制しかしないだろう。
三井先生が命を奪われたように。
新世界に生きる新たな摂理を気取ったところでやってることはただの強盗だ。
結局彼らは他人に自分たちの意見を押し付け、気に入らなければ殺していく迷惑極まりない存在で、大昔に存在したような盗賊の類と変わりが無かった。
「怖がるなって。良い目見させて――」
「ちょっとそこのあなた達。向こうで用事があるから手伝ってほしいって……」
ふいに声が割って入る。
その声は、俺にとっては非常に慣れ親しんだ声で、聞き間違えるはずも無い。
浦木千里。
俺の探していた幼馴染の声だった。
そして俺が間違えないという事は、向こうも同じこと。
ゴーグルとバンダナで顔を隠していようと、千里が俺の事を見間違えるはずはなかった。
「……暦。なんであんたがここに居るのよ」
千里は家を出て行った。
それは安全に住むことが出来る場所が確保されているから出ていけたのだ。
なら、千里がこの学校に居るのは気付くべきだった。
「暦? コイツは本宮宗一だろ?」
「私がそいつを見間違うはずないでしょ」
千里がアゴで俺を指す。
「そいつは天津暦。さっき私が逃げ出して来た家に住んでいた、上級国民よ」
もう一刻の猶予も無かった。
俺は身を翻すと同時に、口元のバンダナを剥ぎ取って筋肉質の男の顔面に叩きつける。
「止まれっ!!」
怒鳴りつけて来る声を無視して筋肉質の男の脇をすり抜け、勝手口から道路に出て扉を閉める。
これで一瞬俺は奴らの視線を切る事に成功した。
普通ならばこのまま走って逃げ出すのだろうが、俺はそうせず180度体を回転させると身を沈めて力を溜める。
何故こんなことをするかというと、走って逃げた場合、何もしなければ圧倒的に負いかける方が有利だからだ。
逃走を成功させたければ、逃げながら攻撃を行い、追跡の足を鈍らせなければならない。
それを俺はこの半年間で学んでいた。
俺が待ち構えていると、男たちはバタバタと足音を立てて勝手口に殺到してくる。
彼らはなんの警戒もせず、扉を開けるためにドアノブを捻り――その機を逃さず、俺は俺は全身全霊の力を込めて、扉に体当たりをぶちかます。
虚を突かれた男たちは扉に突き飛ばされ、あるいは倒れる仲間の体に巻き込まれる形で地面に転がる。
そんな彼らを最後まで確認することも無く、俺は今度こそ本当に逃げ出した。
「クソガキッ」
「待てっ」
男たちの悪態だけが俺の後を追ってくる。
このまま近くの住宅街に逃げ込めば間違いなく撒けるだろう。
だが――。
「私がアイツの家知ってるから案内するっ」
そう。幼馴染である千幸は俺の家を知っている。
どれだけ俺の姿を見失っても、俺が最終的に表れる場所を知っているのだ。
最悪だった。
三井先生のような、ただの平教師ですら簡単に殺すような奴らだ。
しかも奴らが言うに、罰を受けさせて殺したらしい。
千里から上級国民だなんて呼ばれている俺らがどんな目に合わされるかは想像に難くなかった。
「なんで……なんでこうなるんだよっ」
誰よりも速く家に帰らなければならない。
俺は涙で歪む視界の中、必死に家族の下へと走ったのだった。




