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第31話 秘密のお買い物

 急いで薬局に行った結果、薬の値段はちょうど半額に設定されており、一応値上げはされていなかった。


 胸を撫でおろしつつ、俺はその場で一週間分の薬を買ってから千里と共に薬局を出て、その足で再びスーパーへと歩き始める。


「……薬、本当に買えたんだね」


「まあな。値上がりしてたらどうしようかと思ったけど……マジで安心したよ」


 薬は命に関わる代物なため、さすがに値上げはまずいと踏んだのだろう。


 食料や嗜好品は、多少値上がりしても配給があるから構わないと考えているかもしれない。


 名前も顔も知らないお偉いさんの感覚は、庶民たる俺には計り知れないものがあった。


「そう。…………ちょっと意味が……」


 千里が口の中でもごもご言っていてよく聞こえなかったので、俺は「ん?」と聞き返したのだが、千里は「べつに」と言ってそれ以上なにも話してはくれなかった。


 何故かは分からないが、少々気まずい空気が俺と千里の間に漂い始める。


 いや、気まずいというよりは敵視されている様な雰囲気で、こんな事今まで一度も無かっただけに俺はどうしていいのか分からなかった。


「あ~、えっと……何を買うのかちょっと厳選しないとな。手持ち少なくなっちゃったしさ」


「……そうだね」


「ち、千里は再利用品とか大丈夫か?」


 再利用品とは、ガラスを溶かして新しい瓶に作り直すようなことではない。


 なんらかの要因で一族全員が死亡し、相続する人間すら居なくなってしまった遺産の中からまだ使えるものを洗浄、整備して販売する商品の事を言う。


 父さんと母さんの影響か、安全だと政府がしっかり保証している再利用品に対し、俺や史はあまり嫌悪感を持たないためよくお世話になっているのだが、一般的には忌避感が強い。


 そのため再利用品の値段は通常の半分から十分の一になる物まで存在した。


「やだっ、私はそんなの使いたくないわよ」


「一応、ウィルスは無いみたいだけど……」


 一応ではなく確実に無い。


 あったら流通の段階で、店の売り子や商品を洗浄した人間が発症してしまうからだ。


「もしもがあるかもしれないじゃない」


「ならやめとこう」


 口ではそう言いつつ俺は再利用品も視野に入れて考えるつもり満々だった。


 一万三千円だったお金が半額の六千五百円に減り、薬代を差し引いて五千五十円しか残っていないのだ。


 少ないお金で量を手に入れられるかもしれない再利用品は選択肢として魅力的過ぎた。


「ってなわけで急ごうぜ。史がお土産を待っている!」


 自分でもどういうわけなのかは分からないが、とりあえずノリと勢いで拳を振り上げて歩く速度を速める。


「……もう、このシスコンめ」


 返って来た千里の声は、少しだけ機嫌が良くなっている様に聞こえなくも無かった。






 俺はスーパーについた途端、千里へ向かってそれじゃあと手を上げる。


「俺は砂糖か飴かを悩んでくるから千里は必要なものを選んどいてくれ」


「アンタね……。まだ決めてなかったの?」


「これは究極の選択なんだ。どうすれば史の喜ぶ顔を長いこと見られるのか……」


 ついでに甘い物を堪能できるのか、だ。


 俺にとってはとんでもなく重要なことなのだが、千里からはシスコン馬鹿と一言で切って落とされてしまう。


 もっともそれは俺にとって褒め言葉なので、メンタルに傷はひとつもつかなかった。


 千里はそんな俺を見て軽く肩をすくめてやれやれと言った感じで頭を振る。


「まあ、私もゴーグルの色で悩んでたからちょうどいいんだけどね」


「おう、存分に悩んで来い!」


「はーいはい。ついでにホットケーキミックスも買っといて」


「了解っ」


 千里の機嫌はすっかり直ったのか、ひらひらと手を振ると棚の列へと消えて行く。


 俺は千里の姿が完全に見えなくなったのを見計らってから再利用品のカードが並べられている棚へと急いだ。


「なにがある~?」


 再利用品は規格に沿った商品ではないので、品物ひとつひとつに写真はついていない。


 刃物、電池、などと大きく書かれたカードの下部に小さな字で説明が書いてあるだけなので、実際にどんなものなのかよく分からない事もあった。


 それらの文字に、俺はできうる限りの速度で目を走らせ、目的の物を探していく。


「とりあえず賞味期限が切れてそうなのは止めとくとして……」


 いくつかは本当に大丈夫なのかと思いたくなるほど古いお菓子も売っていて戦慄を覚える。


 そういった物を弾いていくと、残った物は缶詰に入ったパンであったり飴になってしまった。


 そうなると通常の製品と味はほとんど変わらず、量が多いだけである。


 悪くはないのだが今一つ決定打に欠けていた。


 そうやって俺が棚の前でうんうん唸っていると……。


「ちょっとちょっと、あなた再利用品平気なの?」


「え、あ、はい」


 店員と思しきおばちゃんが俺に話しかけて来た。


 手にいくつかカードを持っている所を見ると、品出しなのだろう。


 顔はマスクと水泳ゴーグルで隠れて分からないが、笑いジワが沢山ある所からして、優しそうな人だった。


「食べ物でも?」


「賞味期限が切れてなければ」


「ならいいものがあるわよぉ」


 うふふと笑いながらおばちゃんは棚から一枚のカードを手に取り、俺に手渡して来る。


「……上白糖……1キロ10円!?」


 カードに書かれた製造年月日を見てみると3年以上経過している代物で、本当に危険はないのか疑わしく思えて来た。


 そんな懐疑的な俺の視線に気づいたか、おばちゃんはちょっとちょっとと顔の横で招き猫の様に手を動かしながら説明してくれる。


「砂糖ってね、賞味期限ないでしょ? でも袋が薄いからウィルスが染み込んでるんじゃないかとか、古すぎだとか言われたりしてぜんっぜん売れないのよぉ」


 確かに再利用品の上、時間が経ってカチカチになったの塊が入った砂糖の袋を持って来られたらちょっとためらってしまうのも頷ける。


 しかも近くにはもっと安全そうな缶詰の類が並んでいるのだ。


 まずこの砂糖に手を伸ばす人は居ないだろう。


「もちろんそんな事あるはずないのよ? だってウチでは良く使ってるもの。カラメルソースをサツマイモにかけてあげたりするとウチの子喜ぶのよぉ」


「なるほど、そんな手が」


 普通の大学芋でも美味しそうだが、カラメルソースで風味を変えたりしたらもっと色々と楽しめそうだった。


「そうそう、だからおススメよぉ」


 砂糖一キロ。


 もう俺の中にはこれしかないという位の解答で、買ってもいないのに脳裏には史の笑顔が走馬灯のように流れて行った。


「……買いますっ」


「毎度ありがとうございます」


 俺は迷うことなくおばちゃんの手からカードを受け取る。


 これは決して不良在庫を押し付けられたとかいう話ではないはずだ。


 みんなが幸せになれる優しい選択なのだ。


「あ、でも連れは再利用品があまり好きじゃないので、こっそり荷物に紛れさせる感じで渡してもらえませんか?」


「それなら背中のリュックを貸してもらえれば一番奥底に隠してあげるわよ」


「なるほど」


 財布や薬はお腹に巻いてあるポーチの中にしまってある。


 リュックの中身はからっぽなので、持ち逃げされる様な危険も無いだろうと判断した俺は、素直に背中からおろしておばちゃんに手渡した。


「じゃあ後は彼女さんのお買い物が終わればそれで全部?」


「……幼馴染ですからそういうのじゃないですよ。ちなみに買い物はそうです」


「そーお? 早めに捕まえておかないとどこか行っちゃいそうよ、あの子」


 千里がどこかに行く。


 俺にはそれが想像もできなかったが、確かにずっとこんな関係に甘んじて良いわけもない。


 しかしどういう関係になりたいのかも意識していないのだ。


 俺は千里の事をどう考えているのだろうかと、答えのない疑問と共に頭を抱えるしかなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] ウィルスは細菌と違って生物の中以外だとあっという間に死んでしまうので砂糖に危険はないはずですけど、心情的な問題か知識的な問題か。 加熱すれば問題ないはずですしね。
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