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第16話 完全隔離

 体の洗浄を完全に終えたことで、俺はルインウィルスに感染する危険から逃れることが出来たのだ。


 得体の知れない何かを取り去った気がして、俺はようやく人心地ついた気がした。


「ああ、置いててくれたのか」


 恐らく母さんが用意してくれたのだろう。


 電源装置の上に置いてあった服を着ると、脱衣所の扉を開ける。


「母さん」


「廊下を踏まないでね」


 廊下では母さんが口元を三角巾で覆い、俺と同じ種類のゴーグルをかけ、レインコートとゴム手袋を纏った状態で、石鹸水を使って床の拭き掃除をしてくれていた。


 念のために俺の衣服から零れ落ちた可能性が無いかを気にしてくれていたのだろう。


 俺一人であればほとんど感染の危険性はないだろうに、本当に頭が下がる思いだった。


「ありがとう」


 廊下の更に向こう側、玄関に視線をやれば、俺の持って帰った荷物と靴がビニール袋に入れられている。


 これは俺が母さんから聞いた時に驚いたのだが、靴は意外に危険性が高いのだ。


 人が話したことで飛び出た唾液はそのほとんどがいずれ地面に落ちる。


 もし感染者が居れば、ウィルス入りの唾液が地面にまき散らされることになるのだ。


 それを靴で踏みつけると、靴底がウィルスで汚染されてしまう。


 すると歩いたところまでもがどんどん汚染されていくのだ。


 海外では靴のまま家に入る文化であるため、そうやって靴が感染源になっていることもあるそうだ。


「外に行くのは全部暦に任せてるんだから、こういう時くらいは母さんが頑張らなきゃね」


 家の中のことをほとんど毎日のようにしてくれるのだから、決して対等というわけではない。


 むしろこっちの方がたくさんやってもらっているのだからもっと積極的に手伝うべきだろうが、まあそれは子どもとしての特権として素直に甘えさせてもらおう。


「それでもありがとう」


「どういたしまして。さ、早く部屋に入りなさい。隔離の準備はしてあるから」


 これから2週間、俺は自室から一歩も出ることが出来ない。


 いわゆる自主隔離という奴だ。


 この間に発熱、咳などの症状が出れば、感染の可能性が高い。


 その場合は隔離施設へ緊急連絡を行い、検査をして陽性が出れば施設へ隔離される。


 そしてその半年後には……俺は死んでしまうだろう。


 ただ、今感染した可能性はかなり低い為、俺の心は比較的落ち着いていた。


 俺は母さんが廊下に置いてくれた雑巾の島を伝って階段へと到達すると、そのまま上って自室に入る。


「あれ?」


 ふと、ベッドの上に見慣れない銀色のボードみたいなものが置いてあるのを見咎めて、それが学校から借りて来たばかりのノートパソコンであることに気付く。


「母さん、このパソコンいいの?」


「拭いといてあげたわよ!」


 階下からはなんともありがたい声が返って来る。


 パソコンはプラスチックで覆われている為、外側を拭けば問題はないのだろう。


 ベッドの足元には史の愛用している足漕ぎ式発電機まで用意してある。


 2週間もの長きにわたる隔離生活において、非常に心強い味方であった。


 何度目か忘れてしまうほどのお礼を怒鳴り返し、俺は自室の扉を閉ざす。


 今日これから、俺の生活は始まった。


「さて、まずは必要なものの点検、か」


 多少ノートパソコンに後ろ髪を引かれつつ、俺は押入れを開ける。


 こんな時のためにきちんと色々用意していたのだが、いざお世話になると緊張が先に立つ。


「トイレは……ある」


 段ボール箱を重ねて作った椅子の真ん中に、スーパーでもらったポリ袋を広げて入れてある。


 袋の端をきちんと段ボールで挟むことで便が漏れてしまわないようにしているかも点検する。


 俺は男だから尿はボトルにしてしまえばいいが、女性の場合は紙おむつなんかをポリ袋の底に敷くといいらしい。


 それから以外に役に立つものが……。


「ペットのトイレ用の砂もオーケーっと」


 SARSやMARS、コロナウィルスは、感染している最中から症状が治まってから一週間後まではウィルスを含んだ便が出続けてしまう。


 もちろんルインウィルスも同様だった。


 する前やした後にこの砂をふりかけた後に袋の口を結べば、臭いを消してくれる上に水分を吸収してくれるので保管や処分がしやすいのだ。


「そしてした後のブツを入れるペダル式のポリバケツっと。よしオーケー」


 下の準備は完璧で、心配する必要はまったくない。


 せいぜい全て終わった時に、これらすべてを俺が処理しなきゃいけないためにその覚悟をしなければならないくらいだ。


 便はトイレに流せばいいが、入れていたビニール袋の類は……国が引き取ってくれるわけではないので、人に迷惑が掛からない場所で焼き捨てるしかないだろう。


 きちんとインフラが整い、トイレをした後にアルコールなどを使って殺菌が出来るのならばここまでする必要はないのだが、今は災害時レベルで物流が滞ってしまっている為、ここまでしなければならないのだ。


 トイレ用品の隣に置いておいた段ボール箱を開けると、体や部屋を清潔に保つ道具、体温計などの器具と、それを記録するための筆記用具も入っていた。


「ウェットティッシュとボックスティッシュ、トイレットペーパーに使い捨てのペーパータオルか……」


 ティッシュなどの使い捨てが出来る紙製品の類は、虎の子と言ってもいいほど貴重なものだ。


 パンデミックが起きる以前は好き放題使い捨てていたのに、今はこんな時にしか使ってはいけない代物にまでなっているのは何となく奇妙な感じがした。


「食料とか紙皿紙コップは一階にあるからいいとして、あと他に必要なものは……」


 洗濯物は部屋の隅に固めて置き、ある程度溜まったら洗剤を溶かした水を入れたバケツを母さんが持ってきてくれる手筈になっている。


 その中に服を入れることで不活性化させ、そのまま洗濯機に放り込んで洗ってしまえば誰かに感染させることは無い。


 俺は他に必要なものが無いか脳内であれこれ想定してみるが、今持って居るもので対応できそうである。


 一応これで衣食住̪シモ、全て何も問題はないはずだった。


「とりあえずはない、かな」


 何か足りないものがあればその都度持ってきてもらえばいいだろう。


 ルインウィルスは空気感染せず、あくまでも飛沫によって感染する。


 換気をして一切喋らず、ドアの前に置いておいてもらうという方法で受け取るならば、なんの問題も無く行えるだろう。


「じゃあまずは検温かな? ……いや、風呂で体を洗ったばっかりだからまだか」


 ぬるま湯とはいえお湯に使っていたのだから体温は上がっているだろう。


 他にもノートパソコンを充電するために足漕ぎ発電機を回せば結構激しい運動することになるためこれも体温が上がってしまうから不可。


 これでは正確な検温など出来はしない。


 つまり、今俺に出来ることは休憩しかなかった。


 俺は荷物を片付けると、空いたベッドに寝転がる。


 俺が学校に行っている間に布団を干してくれていたのだろうか。


 太陽の香りがふんわりと俺の鼻先をくすぐってくる。


 それは非常に抗いがたい眠りへの誘惑となり、それに抵抗する理由を持たなかった俺は、素直に意識を手放したのだった。

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