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第15話 感染者と接触した場合の家庭でできる対処方法

 入り口で荷物を下ろし、扉だけ開けると中に向かって声を上げる。


 戦利品だけ母さんにでも預かってもらい、このままの足でお隣の千里に課題を預けようかと思っていたのだが――。


「暦っ! 良かったぁ……あんまり帰って来ないから探しに行こうかと思っていたのよ」


 足音を立てて母さんが家の奥から飛び出して来る。


 母さんはいつも土いじりしている服装ではなく、父さんのトレーナーとスラックスを着ていたため、本気で男のふりをして外に出ようとしていたに違いなかった。


「ごめん、ちょっと三井先生の手伝いしてて……」


 言い訳をしつつ、壁に掛けてある時計へと目をやると、俺が出かけてから5時間以上経過してしまっていた。


 ただ、俺がこうやって外に出てなかなか帰って来ないのは今に始まった事ではない。


 地獄の2カ月の時には、一日二日、帰れなかった時だってある。


 それと比べれば、今日の母さんは少し心配しすぎであった。


「先生いらっしゃったの? なんにせよ良かったわ。すぐ家に入って」


「え、でも俺千里に課題を渡しに行かないと……」


 紙袋の中には学校から貰った課題が入っている。


 すぐにでも千里に渡して喜ぶ顔が見てみたいのだ。


 ……犠牲者は一人でも多い方が俺の溜飲が下がる。


「いいから! もうすぐ外出禁止令が出されるの!」


「えっ!?」


 地獄の2カ月が終わり、完全な外出禁止は既に解除されている。


 今は日本らしく、出来れば不要の外出は控えてくださいという暗黙の強制くらいの規制がかかっているくらいだ。


「隔離施設から患者が逃亡したの。だから、少しでも人との接触を避けるためにってお父さんがっ」


「――っ」


 事情を聞いて真っ先に俺の頭に浮かんだのは、先ほどぶつかったばかりの少女のことだった。


 俺はあの()と時間こそ短いものの話をしたし、かなり近くで接触した。


 なにより、思い切りぶつかられてしまったのだ。


 もしあの娘がその逃亡した患者だったとしたら――。


「その患者って、女?」


「お父さんはそうだって。それから――」


 母さんがその患者の特徴を並べ立てていく。


 そのどれもがまさにあのぶつかった少女のものと一致しており、一気に肌が粟立つのを感じた。


 俺は、ルインウィルスの患者と接触してしまったのだ。


「母さん離れてっ!!」


「え?」


 例え俺が感染してしまっていたとしても、他人に感染させるようになるまでは日数がかかる。


 しかし、俺の体に付着しているルインウィルスが母さんに感染(うつ)ってしまうことを警戒したのだ。


「俺、その娘に会った。曲がり角でぶつかって……話までした」


 今度は母さんの顔から血の気が引いていく。


 それがどれだけ危険な事か、医療現場で働いていた母さんだからよく理解しているのだろう。


「濃厚接触したってこと……?」


 濃厚接触の定義は、だいたい2メートル以内の距離で、一定以上の時間接触することを指す。


 俺の場合、距離は当てはまるが、時間的には一言二言であったためかなり短い。


 そのため、完全に当てはまるわけではないが、かなり近い状況にあったのは確かだった。


「話してた時間は短いけど、ほんの少しだけ、向こうはマスク無しでしゃべった……」


「暦はずっとその恰好!?」


「う、うん。一応ゴーグルとハンカチはズレなかった」


「屋内? 屋外?」


「屋外」


 だからこそ俺はまだ感染していない可能性は高い。


 しかし、今体にべっとりと死のウィルスがついていることは間違いなかった。


「よかった。それじゃあ念のために服をこすり合わせないように注意しながら動いて」


「分かった」


 なるべくゆっくりと荷物を下におろす。


 こんな時にどうするか頭の中で何度もシミュレーションしてきたはずなのに、今は焦りでいっぱいで、母さんの言葉に従うので精いっぱいだった。


「荷物は?」


「私が処理しておくから」


「で、でもたぶんウィルスがついてるよ?」


 中身までは恐らく汚染されてはいない。


 しかし、外側にはべっとりと付着しているだろう。


「ついているのは外側だけでしょうから、なるべく触らないように袋ごとゴミ袋に入れて隔離するわ。一週間も放置してれば確実に死滅するから」


 前に母さんから聞いた話だと、どんなウィルスであろうと相当環境が適していても4日間程度しか生きられない。


 ゴミ袋に包んで一週間も放置していればウィルスは死滅するだろう。


 もっともカビ、真菌などは生きていられるのでそちらを注意する必要はあるだろうが。


 靴も同じ様に処理すれば問題は無いはずだ。


「ありがとう」


 母さんが先導する形で風呂場までの戸を全部開けて行ってくれる。


 俺はそれに礼を言いつつ慎重に歩いて行った。


「服のまま入って」


 俺は言われた通り、防護用のジャンパーや靴下、口元を覆うバンダナやゴーグルをしたまま風呂場へと足を踏み入れる。


「ゆっくり脱いで、ウィルスがついていそうな部分を内側に丸めて洗濯機に入れて。本当はアルコールスプレーを吹き付けてから処理した方がいいんだけど、そんな上等な物なんて無いから……」


「洗濯機って……洗濯機が汚染されない?」


「洗剤を入れておくから大丈夫よ。教えたでしょ? ルインウィルスは脂質の膜に包まれているから基本的に洗剤で不活性化するのよ」


 脂質、つまりは油であるため、洗剤に含まれる界面活性剤で水と混ざってしまうのだ。


 ただし、この時に気を付けねばならないのは、あくまでも不活性化であること。


 つまり、ウィルスはまだ死んではいない。


 洗い流した水などにウィルスが含まれているのだ。


 ほぼ安全だが、しっかりと(すす)いでおいた方がいいだろう。


「そっか、そうだね。そうだった」


 安心したからか、少しだけ頭が冷えて来る。


 きちんとした情報と正しい判断をくれる人が居るだけで気持ちはだいぶ違った。


 俺が服を脱ぎ始めたのを確認した母さんは、部屋の奥へと引っ込んで行く。


 洗濯機を動かすと言っていたので電源装置を取りに行ったのだろう。


 クーラーボックス大の電源装置と変換アダプタがあれば、洗いだけならば洗濯機を動かすことが出来るのだ。


 脱水はモーターを高速回転させるため、残念ながら電源装置では力不足だが。


「母さんが居て本当に助かったな……」


 それから俺は細心の注意を払いながら衣服を脱いでいったのだった。






 風呂場の外では洗濯機が回り始めたのかゴウンゴウンと懐かしい機械音が聞こえて来るが、感涙している暇などない。


 全裸になった俺はやるべきことがあるのだ。


 まずは母さんから教わった正しい手洗いの方法に従って肘まで入念に洗っていく。


 そのついでに手で洗う前に触った場所、風呂場のドアノブ、蛇口、シャワーなども泡まみれにする。


 せっかく洗ったのに、汚染された手で()れた場所を(さわ)ってしまえば完全に元の木阿弥だからだ。


 それらを綺麗に洗い流せば、ようやく頭部の洗浄に入ることができる。


「っと確か最初は……」


 まずはよく泡立てた石鹸を顔の周りに塗りつけ、その後髪の毛になじませていく。


 この時注意すべきことは、頭から水をかぶらない事。


 もちろんシャワーも厳禁。


 髪の毛に付いたウィルスが水に流されて目などの粘膜に入ってしまう可能性があるからだ。


 まず石鹸で不活性化させる。


 そうしておいてから水で洗い流すのだ。


 俺は慎重に髪の毛一本一本に石鹸を馴染ませていき、ウィルスを余すところなく不活性化させられたと確信したところでシャワーを使って丹念に濯いでいく。


 頭部を綺麗に洗い、ウィルスが校内に流れ込む危険が亡くなったところでついでのようにうがいも済ませてしまう。


 コップでゆっくり、なんてしている暇がないからだ。


 喉の粘膜に付着したウィルスは、約20分で細胞の中へと潜り込んでしまう。


 そうなってからではうがいに効果はない。


 俺はシャワーから出るぬるま湯を口に当てて水を含み、何度もうがいをして喉を洗い流した。


 それが終われば最後は体だ。


 こちらは水を弾き飛ばさないように、しかしいつもと同じ様に洗っていけば問題はない。


 そうやってタオルを使って体全体を泡まみれにした後、その状態のまま、浴室そのものも石鹸水で洗っていく。


 俺が触れたところや水が弾け飛んだところ全てを石鹸水や泡で洗い終えれば、シャワーを使って一気に濯ぐ。


 泡の一欠けら、石鹸水の一滴残らず完全に流してしまえば、ようやく洗浄完了だ。


 後はこれから2週間。部屋に籠って自主隔離をすればいい。


 もし2週間後に発熱すれば、ルインウィルスに罹ってしまった可能性が高い。


 それはつまり、俺の死を意味している。


 どうか感染していないでくれよと心の中で必死に祈りつつ、浴室の扉を開けたのだった。

実際の保健所から受ける隔離生活は、マスクをして数メートル以内に入らない事、同じ部屋で寝ない事、換気をこまめにすること、食事は距離を開けて行い絶対一緒に食べない事などを注意されるそうです

もし家にトイレがふたつ以上あるのなら、トイレも分ける様にと言われるそうです

これは、便に大量のウィルスが存在しているため、トイレで感染することがあるからです


ちなみにこれらを守っても普通に感染してしまうこともあるので、もっと完全に隔離した方がいいけれど現実的に不可能だから仕方がない、というものだそうです


今回は家庭内での完全隔離を描写する予定です

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