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第13話 宿題

 三井先生と共に入った教員室は、横に長い部屋に大量の机が並べられ、それぞれにパソコンや日誌などが積み上げられていた。


 俺のだいぶ色あせた記憶を掘り返して比べてみても、ほとんど変わっていないように見える。


 ただ、少しだけ違うのは、教員室の校庭側に面した窓がいくつか割られており、それをガムテープと段ボールで修繕した痕が残っていた。


「ちょっと待っといてくれよ~」


 そう言葉を残し、三井先生は教員室の一番端、長机の置かれたフリースペースへと向かう。


 そのまま椅子の上からかなりの量になる紙束を長机の上にドンッと乗せると、小分けにして並べて行った。


「三井先生、まさか……」


「おう、手伝ってくれ。まだ冊子に出来てないんだ」


 1人に渡す量では絶対にない紙の束を見た時から嫌な予感はしていたのだ。


 単純作業を大量に一人でこなすのは嫌だから俺にやらせようという腹なのだろう。


「やですよ。なんでそんな事――」


「手伝ってくれたらきちんとバイト代は出すぞ」


 手間賃を貰えるとなれば話は別だ。


 世界がこうなってもお金をもらえるのがうれしいのは変わらない。


 もちろん額にもよるが。


「教師にはな、生徒が来る日数分だけ使い捨てマスクが支給されてるんだ。生徒が来なくて余ったマスクは、生徒に配っていいことになってる。欲しいだろ」


「……何枚くれます?」


 使い捨てマスクなんて市場から消えて久しい。


 時折目の細かいガーゼで作られたものが販売所で売られていたりするが、驚くほど高額に設定されている。


 使い捨てマスクが何枚か詰め込まれたセットともなれば、更に高い値がつけられていた。


「お前だけに渡す訳には行かないから……5枚くらいかな」


「もう一息! 課題は千里の分も持って行くんで!」


「7枚」


「せめて二人で分けられる数で!」


「8枚な」


「うっしゃ、あざっす!」


 俺は思わずガッツポーズをとっていた。


 マスクを転売すれば相当な高額になる。


 5枚売って、3枚を千里に渡せばいいだろう。


 俺が多く取るのは運び賃と手間賃だ。


「史に甘い物買ってやれる……」


「お前な。転売は一応違法なんだから俺の前では黙っとけって」


「はいっ、大事に使わさせていただきますっ」


 現金すぎる俺の行動に三井先生は苦笑しつつ、冊子を作るための準備を手早く進めたのだった。


「それじゃあ、俺がパンチで穴を開けて紐を通すから、お前は紙を順番通りに取って行ってくれ」


「何部くらい作るつもりなんですか?」


 紙の量からいって、一クラス分程度だろうかと目算を立てる。


「そうだなぁ……予備含めて30部。それをそれぞれ全学年分だな」


「あ、意外と楽なんで……す……」


 俺はこの学校に来て、意識的に聞かなかったことがある。


 怖くて聞けなかったというのが正しいかもしれない。


 あまりに先生がいつも通りだったので、このまま帰ればいつかは変わらない学校生活が戻ってくるのかな、なんて淡い期待をしていたのもあった。


 でも、油断していた時に突然飛び込んできたその情報は、そんな俺の夢想を粉微塵(こなみじん)に吹き飛ばしてしてしまった。


「あ~……」


 自分の不注意な発言に気付いたのか、三井先生はきまりが悪そうに呻いている。


「まあ、なんだ。そういうことだ」


 先生側が居なくなってしまったのだ。


 生徒側だって同じ様に減って当然のことだった。


 この南高校には一学年辺り90人ちょっとが在籍していた。


 それなのに、予備を含めて30部。


 生き残っているのは、たったそれだけ。


 3分の2以上が、死んだのだ。


 多分……絶対……俺の友達だった奴らは、誰かしらが死んでしまった。


「……国って、優秀なんですね」


「まあな。配給してるから、その時に誰が生きているかを確認してるんだろ」


 そしてそこで得た情報の内、生徒に関わるものは三井先生のところに流れてきているのだろう。


「じゃあ、やっていきます」


「頼む」


 先ほどまでの浮かれた気分が一気に萎んでしまっていたが、俺たちはそれでも作業を進めて行ったのだった。






 引っ付く紙に悪戦苦闘しつつも俺は最後の紙をまとめ終え、三井先生の正面に置く。


 冊子はひとり一つかと思っていたのだが、実際には主要五教科それぞれを作る必要があったため、合計で450部分もの作業をしなければならなかった。


 これでマスク8枚は安すぎるのではないだろうか。


「終わりました……」


「ご苦労。残ってる紐通しも手伝ってくれ」


 三井先生の目の前にはまだ完成していない冊子の山が築かれている。


 作業を終えるまでにはもう少しかかりそうだった。


「……ちょっとだけ休憩下さい。もう肩凝って肩凝って」


 首を回すと固まった筋肉がゴリゴリと音を立てる。


 確かにこの作業をひとりでやるとなると相当時間と労力を使ったことだろう。


「一分な」


「ふぁい」


 両手を左右に広げ、思い切り伸びをする。


 そのまま何気なく窓から見える校庭へと目を向けた。


「……意外と雑草生えてるんですね」


「誰も使わないからなぁ」


 広い校庭は、かなりの部分を緑が覆い、茶色い顔を覗かせているのは全体の2割程度だろうか。


「雑草を抜かなきゃならないんだが、さすがに鎌一本じゃきつくてな……。放置せざるを得ないって感じだ」


 雑草が酷い所は子どもの背丈ほどまで伸びている個所まである。


 これらも一人でなんとかしようとしたら……想像するだけで眩暈を覚えてしまった。


 つくづく学校というものは、大勢の手が入ってようやく成り立つものなのだと思い知る。


 俺はそのままもっと近くで見ようと窓際にまで足を運ぶと――。


「おっと、その放送設備はまだ生きてるから気を付けろ」


「はい?」


 注意された俺が、教員室の隅に設置されている放送のための機械――長方形の机にマイクが埋め込まれ、その隣や下部に調節つまみやボタンが取り付けられている――をよく見てみると、確かにバッテリーが取り付けられていて使える様になっていた。


「それはこの学区内への緊急放送が出来る様になっててな。地震とかあったらここに逃げて来いと指示を出せって言われてるんだ」


「へー……」


 思ったよりもこの国の政府は色んな事を準備しているらしかった。


 もっとも、たった一人に色々と求めすぎるところは変わっていないみたいだが。


「ところで体育館とかどうなってますか?」


「埃だらけだな……。掃除とか毎日してられん」


 三井先生は掃除なんかは苦手なのだろう。


 それは生活圏にしている事務室がぐちゃぐちゃだったのを見た時から予想がついていた。


「あー……そうだ。科学準備室の劇薬の管理はしなきゃならないんだった」


「や、やることホントに多いですね」


「ああ。だから何時でも手伝いに来てくれて構わんからな」


「それは遠慮します」


 友達の死を知って下を向いていた心を、意識的に上向かせる。


 これは俺が薄情なのではなく、地獄の2カ月で多くの死に触れたからだ。


 死んだ人は運が無かったから諦める。


 いつまでも気にしていたら、生きていくことが難しくなってしまう。


 だから、考えないようにして自分を保つ。


 俺は深い呼吸を一つすると、昏い感情を振り払って自分の生活へと戻って行った。


「先生、結構頑張ったんだからバイト代にもう少し色をつけてくださいよ」


「ん~……マスクは無理だからなんか別のにな」


「じゃあ、ノートパソコンとか借りていいですか? パソコン室にたくさん……」



学業は基本的に通信制のような状態になりますが、収束した後は機械工学と医療に関する人材を優先的に育成しようとすると思われます

学費免除であったり、通うことで少しばかり給料を出すなどの政策が行われる……と予想しましたが、今回の事を見る限り、こういった金を出すようなことはしそうにないなと思い直しました

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― 新着の感想 ―
[一言] 数字関係とか変なところで日本の官僚は優秀ではあるんですよね……。 緊急事態に対処できる優秀さでないのが問題ではありますが。
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