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第11話 学校

 ゴーグルをつけ、愛用の青いバンダナを口元に巻くと、完全に強盗と間違われてもしかたがない様な外見になってしまう。


 もしくは世紀末にヒャッハーしている様な連中だろうか。


 とはいえ外に出ている人間は全員がそういう格好をしているし、ほとんど出くわすことも無いので気にならないと言えば気にならなかった。


「うっわ、なっつかしっ」


 家から歩くこと20分。


 一年間だけ通学した南高校の校舎を見上げながら呆然と呟く。


 ほとんどの学校、特に小学校が隔離施設として扱われるようになった中で、この南高校だけは変わらず学び舎として残されていた。


「門は……閉まってるか。当たり前だよな」


 予想通りというか当たり前というか、前門は固く閉ざされ、侵入を完全に拒んでいる。


 もちろん門の近くには一切人影どころか人の気配さえなく、不気味なほどに静まりかえっていた。


 どうせダメだろうと思いつつも前門から数メートル横にズレたところにある勝手口のノブを回す。


「あれ?」


 不思議な事に、勝手口には鍵がかかっておらず、力をほとんど籠めずとも簡単に開いてしまった。


 どうしようかとしばらく固まったまま考えていたのだが、どうせなら校舎の入り口が開いているかどうかくらいは確かめてみようかと思い立ち、勝手口をくぐる。


 久しぶりに(・・・・・)いけない事をしている様で、俺の胸は自然と高鳴って行く。


「しつれいしまーす……」


 一応小声で断りつつも歩を進め、校舎の入り口に立つ。


 ウィルスに汚染された世界だというのに、強化ガラス製の扉は傷どころか汚れひとつない。


 それにより、ここは穢してはいけない聖域かなにかであるかのように感じられた。


 俺は固唾を飲みながら扉に手をかけ、静かに引っ張った。


 ガタンと音がして、指先に確かな抵抗が感じられる。


 扉にはしっかりと鍵がかけられていた。


「まあ、そうだよな」


 ひと月に一回課題を提出するなんて、世界がここまで壊れてしまう前に決められた事だ。


 先生も事務員も、誰一人として出勤しているはずがなかった。


 何となく肩の荷が下りたような、それでいて大切なものが無くなってしまったような、そんな相反した感情を抱きつつ扉に背を向ける。


 千里には何も無かったわーとでも言えばいいだろう。


 俺はそのまま帰ろうと足を上げ――。


――ドバンッ。


「おわっ!」


 急に背後の扉が音を立て、俺は驚いて背筋を震わせる。


 慌てて振り向くとそこにはスーツ姿の男性が、息を荒らげガラスに両手を付け、信じられないという驚愕に満ちた表情でこちらを見つめていた。


「――み、三井先生!!」


 糸目かと思うほど横に細い目をして、手入れのされていないボサボサ頭。アゴには無精ヒゲが伸び、少しとぼけた感じの顔つきをしている。


 背は意外と高いのだが筋肉はまるでなく、針金のようにひょろ長い体躯をしていた。


 彼は、俺がこの高校に1年として通っていた頃の担任、三井義友(よしとも)先生だった。


「おまっ……ちょっ……」


 三井先生は慌てた様子で鍵の辺りをガチャガチャといじくって扉を開けようとしているみたいだったが、興奮で手が震えてうまく解錠できないでいる。


「三井先生、待って待って!」


「んあ?」


 その三井先生を、俺は慌てて静止する。


 三井先生にとってはどうか知らないが、これは俺にとっては当たり前のこと。


 顔が見えている、すなわち飛沫感染で菌を貰ってしまう可能性がある。


 このまま会うわけにはいかなかった。


「マスクしてください! 無かったら何かで口元を覆ってくださいよ!」


「……んおぉ、そうかそうか。久しぶりに人に会ったから忘れてた。すまんすまん」


 久しぶりだとか、なぜ三井先生がここに居るのかとか気になる事はいくらでもある。


 しかしそれよりも先に、ウィルスをうつされないように気を付ける。それがこの世界の常識だった。


 三井先生は鍵を開けた後、校舎の奥へと引っ込んで行く。


 俺は空気が落ち着くのを少し待ってから三井先生の後を追ったのだった。






 三井先生が入って行ったのは、入り口近くにある事務室だったので、廊下に立って開け放たれた扉の奥を覗き込む。


 そこでは三井先生が急いで机の引き出しからマスクを取り出して口に装着している所だった。


「マスクって……」


 しかも形を見るに、紙製の使い捨ての物だ。


 マスクは隔離施設などにしか配布されていないはずなのに、なぜ先生が持っているのか不思議でならなかった。


「これでいいだろ。入ってこい、天津」


 ゴーグルとバンダナで顔を覆い隠しているのに名前を呼び当てられて少しドキリとする。


「……三井先生、よく分かりましたね」


「そりゃあ、生徒なら後姿でも判別できるからな。職業病ってやつだ」


 考えてみれば思い当たる節しかなかったので、素直に感心しつつ事務室へと入った。


 事務室はスチール製の机が4つまとめて並べられ、冷蔵庫や電子レンジなどの小型家電や小さなシンクが備え付けられている。


 そこまでは俺の記憶通りだったのだが、机の上にはゴミ袋や服などが放置され、床には布団が敷かれたまんまになっており、非常に生活感あふれる……というより片付けられない独身男の部屋みたいになっていた。


「何故こんな事になってるのかって感じだな」


「ええ」


 俺がキョロキョロ見回していたので気付かれてしまったのだろう。


 ズバリ俺の考えを言い当てて来る。


「まあ、まず何から話したもんか……順を追って説明するからまあ座れ」


「座る所がありません」


 部屋の中にある椅子は、全てゴミ袋や服、図書室から借りて来たと思しき本が占拠している。


 座る場所どころか隙間すら無かった。


「……すまん。まさか生徒が来ると思ってなくてな」


「でしょうね」


 それは最初にあった時の先生の驚きっぷりから想像できるというものだ。


「今片付ける」


「手伝いは出来ませんから」


「分かってる」


 三井先生は荷物を布団の上へと放り投げ、素早く座れる場所を作ると、今度は机の上に置きっぱなしだった霧吹きを取り、椅子に吹き付け始める。


 臭いからすればそれはアルコールで、本来ならば隔離施設へ優先的に送られているはずの代物だった。


 数分後、俺はウィルスなどの心配がなくなった椅子へと体を預け、三井先生と真正面から向き合っていた。


 三井先生はしばらくあーうーと唸りながら頭をひねっていたが、話すことがまとまったのか、ようやく説明を始めた。


「まず……そうだな。学校はまだ生きてる。他の学校にも俺みたいな独り身のヤツが住み込みで常駐している……かもしれん」


「学校に住み込みって……」


 意味が分からない。


 つまり日本政府は未だ学校というシステムを維持しようとしているということだろう。


 だからマスクも用意されていたし、アルコールのスプレーだって持っていたのだ。


 それに何の意味があるのかまったく理解が出来なくなるほど、この世界はルインウィルスによって壊されてしまっているというのに。


「法律で月一登校させるって決めたからだな。日本って国は意外と律儀なんだよ」


「律儀ってレベル越えてると思うんですけど」


「復興を考えてるんだ。教育は絶対に削っちゃダメな代物なんだよ」


「はぁ……」


 そうは言っても日本政府がもうほとんど力を失っているのは俺ですら知っている。


 国会は機能しておらず、一部の役人が方策を勝手に決定し、警察や自衛隊などの武力を持った存在が一方的に命令してくるだけだ。


 表向きは自由経済なんて存在しないし、衣食住も国が全て管理している。


 もちろんそれは日本だけでなく、世界中の国が独裁国家と化しているはずだった。


「今、この国は60%の人間がルインウィルスによって死亡した」


「はい」


 正確には全員が、ではない。


 パンデミックが起きたことで日本全体が混乱し、それによって食料が手に入れられずに餓死したり、暴動などによって殺されてしまった人も多く居る。


 そういったものを全てまとめ上げれば60%程度が亡くなったということだ。


「ここから更に半分が死亡すれば、政府が完全にコントロールできる数になり、かつルインウィルスも根絶できると予想されている」


「…………」


 日本の人口を1億6000万人と仮定すると、その20%は3200万人だ。


 それが多いのか少ないのかは……ちょっと考えたくもない。


「その中の3分の1が子どもになるとの試算が出ててな。そうなれば、優秀な人材を手に入れるためには子どもたちを教育しなくちゃならない。それには学校が必要不可欠ってわけだよ」


 そんなことを言われたところで、俺はその未来を想像できなかった。


 今を生きるのが精一杯というのもあるが、あまりにも……死を見過ぎてしまって、心が以前のように戻れるか分からなかったからだ。


「出来るんですかね、そんな事」


「さぁな」


 三井先生は軽く肩を竦める。


 先生だって半信半疑なのだろう。


「まあ、学校運営を続けようとしてたら現場が頑張ったせいで何故か続いちゃったってだけだろうけどな」


「…………」


 一気に力が抜けてしまう。


 それはそれで日本らしい結論な気がしてならなかった。


「さて、じゃあ教師らしく近代史の勉強をみてやるよ」


「三井先生、担当科目国語でしたよね」


「社会も免許持ってんだよ。いいから、昨今何があったか覚えてるよな?」


「それは、もちろん」


 例え俺がこのまま生き抜くことが出来て、しわくちゃのじいちゃんになったとしても絶対に忘れないだろう。


 この、地獄のような一年のことは。

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