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英雄の堕落 その1

 秋の陽気な陽の光が傾き始めもうすぐ日没となるような時刻、デレク・クラウプトは礼服がしわになるのも構わず自室のベッドに寝転がり、つい二時間前に授与されたとある勲章を、部屋に差し込む夕日に透かしていた。


 その勲章は陽に透かすと七色に光る宝石でできていた。

 その勲章は『英雄勲章』という勲章だった。

 

 エォ・リン皇国が建国されて二千年、たったの八人しか授与されたことのない幻の勲章だ。これは皇国に対し特別大きな功労を立てた者に授与される。デレクはその九人目の保有者だった。


 彼は『第十六次ダンジョン群最終ダンジョン攻略』の功労を称えられたのだった。


 二百年毎に出現するダンジョン群。それはデレクの暮らす世界に何事もないように溶け込み、財宝と言う名の『技術』を世界にもたらしている。言ってしまえば、彼の暮らす世界はダンジョンによって成り立っていると言っても過言ではない。


 どういうことか簡単に説明すると、人々はダンジョンの最深部に眠る『金属の精錬方法』や『火力を用いた発電方法』と言ったテクニカルな『財宝』から、『魔法の詠唱の簡略化』や『魔素の貯蓄方法』と言ったマジカルな『財宝』を持ち帰ることで、社会を発展させてきたということである。


 それら技術の由来は全くの不明であるにも関わらず、人々は『技術』を求めて数々のダンジョンを攻略しているのだ。


 このような世界であるからして、この世界の『国』が持つ『国力』とは、即ちダンジョン群をどれだけ攻略できたかに依存している。

 より多くのダンジョンを攻略した国が大国と見倣され、いくら軍事力や人口、領土の広大さに秀でていようと、ダンジョンを攻略していなければ大国ではない。


 その点、デレクの暮らすエォ・リン皇国は大国と言えた。ダンジョンを攻略した数は建国以来百を越え、数々の技術を持つ皇国は周辺国に技術を貸し与えることで優位性を保ち、大陸の覇者とまで言われている。


 デレクが攻略したダンジョンは、皇国が二百年かかって攻略できずにいた悲願のダンジョンだった。つまり彼が持つ勲章は、大陸の覇者の威信が込められたものなのである。


「平民の僕なんかがこんなものを持っていていいのだろうか」


 誰もいないからこそ呟ける本音だ。

 しかし、彼の本音を誰かが聞いていたとしたら、それは真っ向から否定されるであろう。英雄はあなたしかいないのです。あなた以外あり得ないのです。と、懇願されることが目に見えていた。


 それでも彼が卑屈なのは、単に彼の達成した偉業が彼だけの力によって成されたものではないと知っているからだった。とはいえ、その偉業はやはりデレクの力によるところが大きいのだが。


 腰の低いデレクは、どうしても貢献した人々の顔が脳裏にちらついてしまうのだ。あの窮地を脱したのはあの人の機転のお陰だった――とか、あそこで自分が頑張れたのはあの人の言葉があったからこそだった――などと考えてしまう。


 これはもうデレクの性と言ってもいい。

 よく言えば謙虚。

 悪く言えば卑屈。

 平民出身だからだと言ってしまえばそれまでなのだが。


「少し喉が乾いたな」


 デレクはベッドから身を起こし、枕元の小さな机に盛られたフルーツの盛り合わせの中から一つを取ると、ナイフを出そうと引き出しを引いた。


「あれっ? ナイフがない」


 デレクには朝と夜、起きた直後と就寝の直前にフルーツを食べる習慣があった。故にナイフと皿を机の引き出しに入れている筈なのだが、今日はそれがなかった。

 不審に思いつつも、手に取ったフルーツがリンゴだったので、彼は子供の頃リンゴの木に上ってしていたように丸齧りした。


 そのとき、慌ただしい足音と共に、部屋の扉が激しく叩かれた。デレクが何事かと扉を開けると、そこには老齢の執事が肩で息をしながら一点を指差している。


「旦那様……お外に憲兵の方々がお見えです……如何なさいましょう?」


「憲兵? 僕に何の用だろう?」


「用件を聞いても旦那様を出せの一点張りでして……」


 窓の外を見ると、デレクの住む屋敷を取り囲んでいるように憲兵たちがいる。


「そうか。なんだかただならぬ様子だから僕が直接行くことにするよ」


「畏まりました。でしたら旦那様、新しいお召し物に着替えた方がよろしいかと」


「んん?」


 デレクが自身の姿を姿見に映してみると、シャツはしわだらけになっており、所々リンゴの汁が垂れていた。


「ああ、確かに」


 そのとき、廊下から喧騒がこちらに向かってきた。召し遣いたちの制止する声と鎧特有の耳障りな金属音が混ざり合い、デレクは思わず顔をしかめる。


「早く着替えた方がよさそうだね。お客人は相当短気みたいだから」


「着替える必要はありませんぞ、英雄デレク殿」


「…………」


 デレクの皮肉が聞こえていたのか、喧騒の主である憲兵長が自慢の髭を捻りながら、丸められた書状を片手に大股でやってきた。


「憲兵長、どうかされましたか? その様子だとかなり切迫している様ですが」


「はっはっはあ! これはこれは、流石は英雄デレク殿であられる。まるで何も知らない無垢な羊のようなことを言いますな」


「どういう意味です?」


「この書状をお見せした方がいいですかな? その方が自覚できますかな?」


 憲兵長は意地の悪い笑みを浮かべて丸められた書状の封を解くと、デレクに見やすいように彼の眼前にそれを大きく広げて見せた。書状に次のことが書かれていた。


『デレク・クラウプトを国家反逆罪及び国家転覆罪の容疑で逮捕する』


 デレクは一度ならず、二度三度その文面を読んだ。憲兵長は彼が納得するまで見せてくれるようで、デレクが顔を上げるまでずっと彼の眼前へ書状を掲げていた。


「これは……どういう冗談ですか? 僕にはまるで身に覚えのないことなのですが」


「ほう、白を切る気ですか?」


「そういう意味では……」


「ではどういう?」


「どういう意味も何も……僕にはこの書状に書かれていることが一言も理解できないんです」


「ほほう! 国家反逆罪に国家転覆罪をご存じない! それはそれは、また随分稚拙な言い訳ではございませんかな?」


「いやっ、だから、本当に知りません! 僕がどうしてそんなことをしなければならないのですか?」


「我々に聞かれても困りますな。我々の仕事はこの国の治安維持であって、容疑者の身柄を確保こそすれ、貴殿の犯した罪の動機を探るのは我々の仕事ではありません。そういうのは尋問官のところですべきでしょう」


 憲兵長は冷ややかに言い放った。彼の背後からは続々と憲兵たちが増え続け、気がつけばデレクは周囲を完全に取り囲まれていた。若い使用人たちは怯え、老齢の執事も額に玉の汗を浮かべている。


「本当に知らないんだ……」


「まだ認めませんか……では、もっと直接的に言ってあげましょうか?」


「何を?」


「罪状を」


「だから――」


「――惚けるなと言っているのだ、デレク・クラウプト! 貴殿はシルヴァ・マクスヴェリウス・リン・サージェント陛下を暗殺した!」


「待ってくれ! どういうことだ!? 僕が陛下を暗殺? おい! あんた、それは僕だけでなく、陛下を侮辱していることになるぞ! あんたたち本当の憲兵じゃないな!?」


「いいえ、我々は間違いなく本物の憲兵です」


 憲兵長は書状のサインを指差した。そこには検事総長のサインとバーズ皇太子のサインが並んでいた。


「言い訳は終わりましたかな?」


「ですから言い訳では――」


「――おい、確保しろ!」


「ちょっと! 待ってくれ! どういうことか説明し――」


 デレクは後ろから来た憲兵の一人に猿轡を噛ませられた。更に頑丈な手枷を嵌められ、その頭にはボロボロの頭巾を被せられた。


「連れていけ!」


 この間、召し遣いも執事も動くことができなかった。というより、彼らもまた拘束されていた。憲兵たちはこの屋敷にいる者すべてを捕縛するつもりらしく、デレクが捕まったのを引き金に、屋敷に雪崩れ込んで動く者にすべて手枷をつけた。


 後日、新聞が英雄デレクの皇帝暗殺を一面で報道したことは言うまでもない。

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