09.火花散るお茶会
昼ドラみたいな戦いを目指しました。
雲一つ無い晴天の下、王宮へ向かう馬車の中は暑く、扇で扇いでも生温い風が顔に当たるだけ。
久し振りに締めたコルセットが苦しくて、シュラインは溜め息を吐いてしまった。
「大丈夫か?」
隣に座られるのは暑苦しいからと向かい側に座るように頼み、渋々といった体で向かいの席に座ったアルフォンスもさすがに「暑い」とジャケットを脱ぎシャツの釦を外していた。
「母上もこんな時期に茶会など開かなくてもよいのにな」
「えぇ、っと、王太后様のご都合もあるのですよ。きっと」
同意しかけて、シュラインは首を横に振る。
王太子ヘンリーの婚約発表時、避暑のため離宮で静養されていた王太后は王都へ戻ると直ぐに、アリサの王妃教育の手配を始めたとアルフォンスから聞いた。
今回開かれる茶会は、何か思惑があってのものだろう。
だが、参加者はシュラインの他に王妃とアリサだけということで、楽しいお茶会にはならないだろう。
そして、もう一つシュラインには納得出来ないことがあった。
「アルフォンス様こそ大丈夫なんですか?」
何故、王宮からの迎えの者がアルフォンスなのか。
彼の仕事は大丈夫なのかと心配してしまう。
「可愛い妻が心配で、朝から政務に集中出来なくてね。側近達に執務室から追い出されたんだ」
「もうっ」
爽やかな笑顔で言われてしまい、シュラインは恥ずかしくなり横を向いてしまった。
頬が熱いからきっと真っ赤になっているだろう。ただでさえ暑いのに、さらに体温が上がり暑くなる。
(心配とかじゃなくて、これは仲睦まじい姿を見せるためのパフォーマンスなのよ)
速くなる心臓の鼓動を抑えようと、シュラインは必死で自分に言い聞かせる。
王太后と王妃の手前、仲良くしていると見せたいのだと思いつつ、嬉しいと思っている自分もいて、どうしたらいいのか分からなくなるのだ。
「不安ならば、体調不良で欠席ということにしてもかまわない」
「大丈夫です。今回のお茶会は王太后様にも何かお考えがあって開くのでしょうから」
確かに茶会は不安だけれど、不安の半分は対応に困るアルフォンスの言動のせい。
少しずつ、シュラインの中でアルフォンスの存在が大きくなっていく。でも、それを覚らせてはいけない。
馬車が王宮の敷地内へ入り、覚悟を決めるためシュラインは扇を持つ手に力を込めた。
王太后宮の手前まで付いてきたアルフォンスに見送られ、シュラインは門をくぐる。
使用人に案内されたのは、応接間やホールではなく庭園に面した部屋だった。
開け放たれた窓から吹き抜ける風と、庭園に設置された噴水が涼しさを演出してくれている。
「随分遅かったじゃないの。待ちくたびれましたわ」
「シュライン様、私はともかく王妃様を待たすことはよくないわ」
「申し訳ありませんでした」
先に到着していた王妃は口元を歪め、アリサは嘲笑を浮かべる。
離宮は離れていますからと、言いたくなるのを抑えてシュラインは頭を下げた。
「皆さんよく集まってくださったわ」
部屋へやって来た王太后は、自然な動作でシュラインの隣へ座る。
メイドがティーカップへ紅茶を注ぎ、見た目だけは華やかな茶会は開始された。
「王家に嫁す女性同士、交流を持ちたくて思い付いたのです。特にアリサ嬢とお話をしたくて、急にお呼びしてごめんなさいね」
やわらかな口調とは違い、アリサを見る王太后の目は全く笑ってはいない。
シュライン相手に嫌味を言っても、王太后には何も言えずに愛想笑いを返したアリサの表情が強張る。
「ヘンリーとの婚約発表は、わたくしは全く関知していなかったので驚きましたわ。まさか、わたくしの不在時に夜会を開催するなんて。一言相談して欲しかったわね」
「申し訳ありませんお義母様。陛下にお任せしてしまい、お義母様へのご報告を怠ってしまいましたの」
王太后と王妃の表情は笑顔だが、二人の間に見えない火花が散っているのを感じ、シュラインのティーカップを持つ手が震えた。
「女性の招待者への連絡調整は王妃の役目ですよ」
「嫌だわぁお義母様ったら、私からよりも陛下から伝えられた方がお義母様も良いでしょう?」
ウフフッ、可愛らしく笑う王妃の頬がピクピク動いているのを見てしまい、シュラインの背中を冷や汗が流れる。
わざと苛つかせる態度で答える王妃に、王太后は怒気ではなく冷気を感じさせる冷笑を浮かべた。
(うわぁ、怖い)
長年蓄積された嫁姑の関係が垣間見えてしまい、シュラインは口を挟めずに二人のやり取りを見守る。寒々とした空気の中、アリサも無言で紅茶を飲んでいた。
「アリサ嬢は男爵令嬢でしたわね。慣れない王宮での王妃教育は負担では無いかしら?」
「お義母様、ご心配ありませんわ。アリサの身分について煩く言う者達もおりますが、アリサは懸命に次期王妃として学んでいますわ。それに、とても心優しい子ですの。ヘンリーのためにと、毎日菓子を作り持ってきてくれています。ねぇ、アリサ」
話を振られたアリサは、満面の笑みで頷く。
「はい、ヘンリー様はいつも喜んで食べてくださっています。シュライン様は手作りの贈り物はしてくれなかったと、おっしゃってましたわぁ」
目を細めて言うアリサの言葉の端々に、自分に対する侮蔑の響きが含まれているのを感じたシュラインは、顔に無表情の仮面を貼り付けて内心では「べぇっ」と舌を出した。
(あらまぁ、わたくしが作った物は拒否されたのにアリサ嬢はいいのね。というか、この王妃に王妃教育なんてやれているのかしら?)
過去の記憶となった元婚約者とのノロケ話をされても、今更だ。嫉妬も落胆も感じずお幸せに、としか無い。ただ、分かりやすく敵意を向けてくるアリサが未来の王妃、国母となれるのか心配になった。
「まぁ、それは仲睦まじいこと。王妃教育の合間にお菓子作りが出来るだなんて、余裕があるのね。素晴らしいわね。では、教師を追加するように言っておきましょう。ルフハンザ伯爵夫人にも淑女教育の依頼をしておきますね」
「ルフハンザ伯爵夫人、ですか?」
一瞬にして王妃の顔色が変わる。
厳しい淑女教育で有名なルフハンザ伯爵夫人からは、貴族社会のルールとマナー、王妃に必要とされる品格について学び、彼女の厳しい指導にシュラインは何度も泣かされた記憶があった。
(あの様子では、王妃はルフハンザ伯爵夫人のご指導を受けたけれど耐えられなかったのね。アリサ嬢も、無理だろうなぁ)
顔色を悪くした王妃が口を閉じてしまい会話が途切れる。
横を向いたシュラインと王太后の視点が合い、彼女は悪戯を思い付いた子どものように笑った。
「そうだわ。シュラインもアルフォンスに毎日お菓子を作ってあげているのでしょう? 昨日もシュラインが作ってくれたと、執務室で嬉しそうにチェリーパイを食べていたと聞いたわよ」
「アルフォンス様が?」
アルフォンスの話が出るとは予測していなかったため、シュラインの口から上擦った声が出てしまった。
嬉しそうに食べる彼の姿が容易に想像出来て、シュラインの顔は真っ赤に染まる。
「今朝も、シュラインのことを気にしてわたくしへ挨拶に来ましたし、そのうち此処へ顔を出すかも知れませんね」
「失礼いたします」
言い終わったのを見計らい、近付いた侍従が王太后に耳打ちをする。
「あらあら、噂をすれば。来ましたわ」
カチャリ、扉が開く。
メイドに先導され入室した人物を見て、シュラインは目を見開いた。
「ア、アルフォンス様? どうして此処に?」
「シュラインに逢いたくて、息苦しいだけの会議を抜けて来た」
蕩けるような微笑みをシュラインへ向けたアルフォンスは、王妃とアリサには目もくれずに、優雅な足取りで真っ直ぐ彼女の元へ向かった。
目指したけど、昼ドラみたいな女の戦いは怖くて無理でした。