08.変わっていく関係
一夜の過ち、もとい、媚薬を盛られたシュラインの救済処置とはいえ、アルフォンスと体を重ねてしまってから一ヶ月経った。
王家秘蔵の媚薬をシュラインが盛られたことは、王家にとって醜聞に成りかねないと、秘密裏に処理されたらしい。
「全て任せろ」と言うアルフォンスに後処理を任せたため、その後の動きは全く分からない。ただ、宮殿の外へ出掛けるのに必ず護衛を付けるように約束させられ、警護のために二人の女性騎士も付けられてしまった。
その上、困ったことに政務を終えたアルフォンスが毎日帰って来るようになってしまい、シュラインは毎日夕食を彼と共にすることとなり困惑する日々を送っていた。
妻宅と恋人宅を通う二重生活は大変だろうと、毎日来なくてもいいと破れたオブラートに包んで伝えても、アルフォンスは笑うだけで翌日の夕刻に帰って来る。
そんな生活を一ヶ月近く続けていれば、相手をするのが面倒でも慣れてしまうものだ。
毎日不安だった月のものも先日来て、妊娠の可能性は無くなりシュラインは胸を撫で下ろした。だが、妊娠の心配は無くなっても別の問題がある。
「アルフォンス様の恋人はどんな方ですか?」
夫婦の部屋、実質シュライン一人で使っている部屋で、食後のフルーツタルトを食べ終わり、二人きりになったタイミングでアルフォンスへ問う。
「急にどうした? 嫉妬か?」
「嫉妬は全く無いけど、ええっと、美少年だと聞いて気になっただけです。知り合ってお付き合いを始めた切っ掛けとか、今後の参考にしたいと思いまして」
嫉妬は無いとはっきり言うと、器用にアルフォンスは片眉を上げた。
「リアムは、確かシュラインと年齢は同じだったかな。甘え上手で、子猫のような可愛らしさを持っている。雰囲気と顔立ちはシュラインとは真逆だな。特殊な性癖を持つ貴族の男娼をさせられていて、その貴族邸のサロンで自慢のために見せられたのがリアムとの出会いだ。痛め付けられていたのを憐れに思い、賭けの代金代わりに貰ったのが切っ掛けか」
「だ、代金代わりって、それに特殊な性癖って」
嫌な予感にシュラインの口元がひきつる。
「興味が湧いたか? 女装させた上に道具を使い苦痛を与えながら抱くという、なかなか歪んだ趣味だったよ。体が治ったら職を与えて解放してやるつもりだったのだが、捨てないでくれと泣き付かれてしまってね。囲っている恋人、ということにしてしまえば鬱陶しい女避けにもなるし、リアムに可愛らしく甘えられるのは癒される。一人立ち出来るまで、屋敷を与えて世話することにしたのだ」
女装に道具を使ったプレイは、前世の記憶からみてもなかなかハードルが高い。
男娼だったという少年の治療を受けさせたなら、そっちの病も大丈夫だろうと思いつつ握り締めた手のひらに汗をかく。
ゴクリ、唾を飲み込み覚悟を決めてシュラインは口を開いた。
「リアム様とは、その、体の関係はあるのですか?」
妊娠の不安が消え、残ったのは病気の不安である。
少年を恋人にしていてもいなくても、アルフォンスは幼い頃から女性に大変モテて様々な女性と浮き名を流してきた。何らかの病気を持っていたら、と思うと怖くて堪らない。
「私は男と交わるつもりは無いよ。妊娠のリスクは無いとはいえ、体の関係まで結ぶ相手は王族として選ばねば、余計な火種となりうるからな。甘えさせて可愛がってはいるが、伴侶にする気もリアムを抱きたいとも思ってはいない」
憮然とした表情でアルフォンスは答える。彼はシュラインが何を心配しているのか分かっているのだろう。
「でも、それは恋人というより……」
世話を焼いて癒されるというのは、恋人というより愛玩動物に近い気がする。
(この世界でも、価値観の違いは離婚理由になるのかしら?)
偽装とはいえ、夫との価値観のズレを実感してシュラインは眉を寄せて彼を見た。
微妙な空気のまま、椅子に座ったアルフォンスはシュラインの手首を掴む。
「私が妻にしたいと思うのは、後にも先にもシュラインだけだ」
「はいはい、あと一年半の間はアルフォンス様の妻でいますからね」
「一年半、だけか?」
乞うように見上げるアルフォンスの声に含まれる拗ねた響きに、可笑しくなったシュラインはクスクス声を出して笑ってしまった。
「シュライン」
掴んだ手首を引かれ、よろめいたシュラインの体をアルフォンスが自分の方へ抱き寄せる。
「ちょっと、アルフォンス様!」
抗議の声を無視して、アルフォンスは膝の上へ座らせたシュラインの首筋に顔を埋める。
「はぁ、疲れているんだ。貴女の香りを堪能させてくれ」
「もうっ」
国王よりも有能な王弟の方へ多くの仕事が、それも難しい案件が回されていると最近知った。
さらに、嵐による水害で田畑を流された地方の復興のため、寝る間を惜しんで駆け回っていると護衛騎士から聞いた。
(疲れているなら、毎日会いに来なくてもいいのに)
突き放してしまえばいいのに、それが出来ない。時折見せる疲れた表情、乞うように甘えられると、断りきれず好きに甘えさせてしまう。
絆されて、面倒だと思いつつも、毎日アルフォンスのためにシュラインはお菓子を作ってしまっていた。
「アルフォンス様、暗くなってきたことですし、そろそろお帰りください」
背中を軽く叩いて帰宅を促せば、アルフォンスは埋めていた顔を上げた。
「私は幼子ではないし、護衛もいるから夜道でも大丈夫だ。それに、遅くなったら此方で寝るつも「お帰りください!」りだ」
(甘えさせても、夜は絶対に帰って貰わねば。最近やたらくっついてくるし、泊まられたら私が危ない)
疲れているアルフォンスの癒しになればと好きにさせていても、同衾は嫌だ。
眉を吊り上げるシュラインに肩を竦めたアルフォンスは、腕の中へ閉じ込めていた彼女の体を解放した。
「昼間、焼いておいたクッキーをお土産にどうぞ。リアム様と食べてくださいね」
「……分かった」
可愛らしく包装されたクッキーを受け取り、アルフォンスはクッキーとシュラインを交互に見る。
「シュライン」
シュラインの後頭部へ手を伸ばし、アルフォンスはそっと彼女の額へ口付けた。
「なっ、なに、なにして」
不意討ちで口付けされたシュラインは、顔を真っ赤に染めて動揺のあまり口をパクパクと開閉させる。
「おやすみ」
真っ赤なシュラインの頬を一撫でして、笑いを堪えながらアルフォンスは馬車へと乗り込んだ。
***
上機嫌で可愛らしい包装のリボンを片手で弄るアルフォンスを、フィーゴは残念なものを見るような視線を送った。
「あのー、殿下」
「っ、動きはあったか」
声をかけられて、ようやくフィーゴの存在を思い出したアルフォンスは、緩んだ表情を見られないよう片手で顔を覆う。
「はい。王太后様からの叱責、王太子殿下の婚約の件で元老院の意見を無視したことから反発を受け、苛立つ事が増えていらっしゃるようです」
顔を覆った手のひらを外したアルフォンスからは緩んだ表情は消え、フィーゴが知る冷徹な王弟へと戻っていた。
「ふん、このまま自滅への道を進むか。国王と王妃は臣下を、元老院をないがしろにしすぎだったからな。引き続き、宮殿周囲の警護を強化しろ」
激昂した王妃が次に考えそうなことなど予測出来る。
王妃に逆らえない国王は、情けないことに彼女の抑止力にはならない。国王には、次、王妃と王太子が問題を起こした場合、それなりの処罰を受けさせることを無理矢理承諾させた。
「殿下」
「何だ?」
「いくら仕事が溜まっているとはいえ心配でしたら王宮へ戻らないで、殿下が奥様の側にいらっしゃればよいのではないでしょうか」
フィーゴに指摘され、アルフォンスは膝の上の包装されたクッキーを見詰める。
「……シュラインは私を信用していないからな」
「そりゃあ、まぁ自業自得でしょうね」
求婚した理由が、利用するためだと言われて割り切って結んだ婚姻。今更、シュラインを護ろうとしても信用されるわけがない。
お土産を渡される度に、デレデレしているアルフォンスを知っているフィーゴも、こればかりは同情心は抱けなかった。
アルフォンス様は甘えん坊の臭いフェチらしい(°∀°)