07.急展開に、どうしてこうなった?!と叫んだ
前半、アルフォンス視点です。
R15な表現があります。
アルフォンスの傍らからシュラインが離れたのを見計らい、近付いてきた令嬢達に囲まれた。
彼女達の甲高い話し声ときつい香水の匂いに胸焼けがしてきた頃、フィーゴから「奥様が外へ行かれました」と報告を受け、アルフォンスは周囲に気付かれないように息を吐く。
やはり、元婚約者の新たな婚約を祝福するのは精神的に負担だったかと令嬢達の相手をフィーゴに押し付け、令嬢達の作った輪を抜ける。
「アルフォンス殿下、よろしければわたくしと」
「申し訳無いが、急いでいるので失礼するよ」
出入口扉へ向かう間に近寄る令嬢の誘いをやんわり断り、扉から会場の外へ出た。
衛兵から聞き出した、シュラインが向かった部屋へ行く途中の回廊で彼女の従者と出会い、アルフォンスは眉を顰めた。
「何をしている」
「お嬢様が疲れたから一人になりたいとおっしゃったので、此処にいました」
硬い表情で言うスティーブにアルフォンスは冷笑を浮かべた。
疲れたならば、側にいた自分に一声かけて行けばいいのに。何故、何も言わず従者だけを連れて戻ったのかと、苛立つ反面彼女から信頼されていないからだと納得する。
「今はシュライン一人なのか?」
「いえ、部屋付きの侍女がついております」
「部屋付きの? シュラインの侍女じゃないのか」
王宮の侍女は王妃の息がかかった者だ。先程、挨拶をした時でさえに憎らしそうにシュラインを睨んでいた王妃が、何もしないでいられるわけない。
「お待ちください。お嬢様は休憩したいとおっしゃっています」
「私が居ても休憩は出来るだろう」
引き留めるスティーブを無視してアルフォンスは歩みを進める。
(やはりな)
回廊から先は、王弟夫妻に用意された部屋だというのに衛兵は配置されておらず、普段より照明が抑えられている廊下は薄暗い。
何か仕掛けてくるだろうと踏んでいたとはいえ、シュラインの護りを緩めすぎたかと、アルフォンスは舌打ちした。
部屋の手前まで来て、照明が届かない暗がりに潜む気配を感じ足を止める。
「あ、あの者達は」
「フッ、私の妻に邪な感情を持つ不埒な者たちだろう」
腰へ手を伸ばし、今は帯刀していなかったと気付く。帯刀していなくて良かった。抜刀したら加減などせずに殺めてしまうところだった。
「アルフォンス、さま」
室内へ入ると、ベッドに抱きつくようにしていたシュラインが苦し気な荒い息を吐き、涙で潤んだ瞳と上気した頬でアルフォンスを見上げた。
「王太后様が、用意してくださった薬湯を飲んだら、急に、体が熱くなってきて」
「あれを飲んだのか」
弱々しく頷くシュラインを一旦スティーブに任し、アルフォンスはテーブル上に置かれた空のグラスへ鼻を近づけた。
グラスに残った僅かな液体からは薔薇に似た香りがして、指先で液体を取り舐める。
(これは?! チッ、面倒だな)
独特の甘い味には覚えがあった。かつてアルフォンスも盛られた事があった王家に伝わる強力な媚薬。
抑えきれない体の反応に、少年だったアルフォンスは気が狂いそうになったのを覚えている。
誘惑する女から逃げ切り、鍵をかけた部屋で一晩中衝動に悶えて苦しんだ。
この媚薬をシュラインに盛るように指示した者への怒りで体が震えた。
部屋の外で待機していた男達と逃げようとした部屋付きの侍女は昏倒させている。証拠は揃っていても、狡猾なあの女は認めず彼等を切り捨てるはずだ。
(それよりも、シュラインはどうする? このままでは狂ってしまう)
媚薬の効力を男は発散出来ても、女は子種を受け入れるまで中和出来ない。
媚薬の効力により、全身から男を惑わす色香を漂わせるシュラインの姿は、全てを決着させるまでは清い身のままでいさせてやろうと、彼女を解放する時に自分を受け入れるかどうかを決めさせようと、自制していたアルフォンスの感情を崩すには十分過ぎた。
潤んだ瞳で上目遣いに見上げられ、自戒の鎖は音をたてて崩れ落ちていく。
「び、やく?」
はぁはぁと喘ぐようにシュラインは息を吐く。
涙に潤み上気した表情で見上げられ、アルフォンスの内から抑えようもない欲が沸き上がってくる。
「媚薬? 子、種? なに? では、後処理は、スティーブに頼みます。アルフォンス様は早く、会場へお戻りくだ、ひゃあっ」
全身の血が沸騰した。
自分を求めず従者を頼ろうとしたシュラインが許せない。
彼女をどろどろに蕩けさせてやりたい、彼女の瞳に映るのは自分だけにしてやりたい。
自制心は全て崩れ落ちて、暗い感情が沸き上がっていきアルフォンスの全身へ広がる。
(もう、いい。抱こう)
頭の中で何かが切れる感覚と、舌舐めずりしたくなる興奮に包まれたアルフォンスは、シュラインを腕に抱きながら薄ら笑いを浮かべた。
***
抱き上げるアルフォンスの体温を感じ、シュラインの息はさらに苦しくなっていく。
体が熱くて堪らない。離れてほしいのに、もっと触れてほしいという矛盾した思いが生じる。
「貴女は私の妻だ。他の男の子種を受け入れたら、姦通罪に問われるだろう。王族の伴侶となった者が姦通罪を犯せば処刑、良くて一生牢へ幽閉だ。スティーブ、お前は外にいる者達を片付けておけ。殺さず生かしたまま騎士団へ引き渡せ。母上、王太后への連絡も頼む」
「……かしこまりました」
苦渋に満ちた顔でシュライン見た後、奥歯を噛み締めたスティーブは一礼をして退室する。
扉が閉まる音が聞こえてから、アルフォンスは抱き上げていたシュラインをベッドへ横たえた。
「な、なにを? 止めてください」
今すぐベッドから下りたいのに全身に力が入らない。
涙を浮かべたシュラインは、弱々しい力でドレスへ触れようとする大きな手を押さえる。
「夫妻なのだから、止める必要は無いだろう」
「だめっ、アルフォンス様とわたくしは、偽装の、契約上の夫婦でしょう?」
首を横に振るシュラインの鎖骨をアルフォンスの指先がなぞっていく。
「はぁ」
それだけなのに、くすぐったさに体を揺らしてしまった。
「確かに、私と貴女の間には愛は無いな。だが、」
言葉を切り、アルフォンスは自嘲の笑みを浮かべた。
「欲情して蕩けきった顔をしたシュラインを、従者になど、他の男に抱かせたくないと思うくらいは、私は貴女を気に入っているらしい」
ぎしり、ベッドが軋みシュラインに覆い被さるアルフォンスの瞳は、結婚式で見た無感動の硝子玉では無い、明らかな欲を感じさせる光が宿っていた。
結婚式で作業だと感じた口付けは濃厚なものへ代わり、冷たいと感じた唇はとても熱く、シュラインの思考を蕩けさせていった。
「う、ぅ?」
喉の違和感から、ごほりと咳をしたシュラインは目蓋を瞑ったまま全身の違和感に首を傾げた。
酷く体が怠く、腰と脚に何かが巻き付き身動きが取れない。
何事かと重い目蓋を抉じ開ければ、霞む視界に薄付きながらも筋肉質な胸元が飛び込んできた。
状況が理解できず数秒呆けた後、視線を上げるとそこには実は女性だった、と言われても納得するくらい綺麗な男性の寝顔。
恐る恐る視線を下げて、シュラインの思考は一気に覚醒した。
(ひぃっ! 何で?!)
一糸纏わない裸の自分は、同じく裸で眠っている男性、アルフォンスに腰を抱かれ隙間が無いくらい密着して眠っていたのだ。
全身の倦怠感に、腰と股の間やらいろんな部位の鈍痛。何が起きたのか全く記憶が無くても、前世の経験から体の状態だけで何が起きたのか容易に想像はつく。
自分の胸元に散った無数の紅い痕に気付いてしまい、一気にシュラインの全身から血の気が引いていった。
「ぎゃあああっ!」
「っ、うるさい」
頭上で不機嫌な声と舌打ちの音が聞こえ、シュラインは腰を離そうとしないアルフォンスを睨んだ。
「何で、何で一緒に寝ているの?!」
「何故? 一晩中、まぐわっていたからだろう」
衝撃的な一言に、這って逃げようとしたシュラインの動きが止まる。
「ひ、避妊薬を!」
この世界にも、望まない妊娠をしないための緊急避妊薬はある。ただし、効果があるのは性交後二十四時間以内の投与のみ。
「……私に抱かれたのが、子を孕むのはそんなに嫌なのか」
必死なシュラインの様子に、アルフォンスの声が低くなる。
「わ、わたくし達はそういう関係では無いですから! それに、わたくしの記憶に無いから、これは無効ですっ」
「無効? お前は昨夜の情事は無かったことにする、と言うのか」
くくく、喉を鳴らすアルフォンスの瞳は暗く染まり、シュラインの腰を抱く腕に力がこもっていく。
「む、無効ですわ。してしまったのは媚薬のせいですもの。そ、それにアルフォンス様は女性がお嫌いなのでしょう」
「王妃のような香水臭く、男に媚を売るような女は嫌悪感しか抱けないが、私は女を抱けないわけではない」
「きゃあっ」
至近距離から見詰められることに耐えきれず顔を背けると、べろり耳朶を舐められる。
「シュラインは王妃とは違う。香水臭くも無く、私に愛を乞うことも媚びることもしない」
「アルフォンス様とわたくしは、利害の一致、割り切った関係で夫婦になったのでしょう? それと香水臭くないのは、わたくしも香水が苦手で香油を肌と髪に塗っているからです。甘い匂いはお菓子を作った後とかで、やぁ、くすぐったい」
髪の香りを堪能していたアルフォンスは、次に首筋へ顔を埋め唇で食む。
「だからか、シュラインはどこもかしこも甘い。身体中を舐め回したいくらいだ」
「ひゃあっ?! ど、どこを触っているの! やめてっ貴方には恋人がいるのでしょうっ! 変態ッ」
「くっ、ははははっ」
涙目で抵抗するシュラインの手首を掴み、アルフォンスは堪えきれないと声を出して笑い出す。
「熟れた林檎のように真っ赤に染まって、私の可愛い妻は本当に可愛らしい。やっと本来のシュラインになったな。嫌がっていても、記憶に無くとも、体は覚えているだろう。昨夜は自ら腰を揺らし脚を絡ませて、もっと欲しいとねだっていたのだから」
恥ずかしい情報を耳元へ流し込まれ、シュラインの全身は真っ赤に染まる。
固まり抵抗を止めた胸元へ舌を這わされ、認めたくない感情が体の奥底から沸き上がってくるのが分かり戦慄した。
「やめ、んっ!」
止めて、と叫ぶ声は噛み付くように重ねられた唇によって制止され、拒絶の言葉は最後まで言わせてもらえなかった。
「破瓜の瞬間を覚えていないのならば、今から再現しよう」
「いやあぁ! そんな気遣いはいらないー!」
泣きべそでの抵抗むなしく、「泣き顔もそそる」と舌舐めずりをされてしまい、文字通り貪り尽くされたシュラインは昼過ぎまでベッドから出られなくなるのであった。
(どうしてこうなった?!)
何がアルフォンスの琴線に触れたのか分からない。
頭を抱えて嘆いても、致してしまったのは取り消せない事実。
こうなったら、残り一年八ヶ月の契約期間はアルフォンスに襲われない、流されないようにしなければ。
上機嫌なアルフォンスに抱き抱えられて乗った宮殿へ向かう馬車の中で、ぐったりと倦怠感に苛まれていたシュラインは拳を握り締めて誓った。
次話からは続編分となります。
アルフォンス視点もちょいちょい入るので、彼の考えも分かるかな?