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06.王太子の婚約発表どころではない

加筆しています。

 夜会へ向かうため迎えに来たアルフォンスを見て、不覚にもシュラインは見とれてしまった。


 最近は、服も髪も崩してお菓子を食べるリラックスした姿ばかり見ていたせいだろうか、金髪を後ろに撫で付けて濃紺色の燕尾服を着たアルフォンスは大人の余裕と色気を感じさせて、近寄られるとシュラインは落ち着かない気分になった。


「綺麗だな」

「あ、ありがとう、ございます?」


 毛先を巻いて左側に纏めて結った髪に触れられ、しどろもどろで答えた。貴方の方がずっと綺麗、と言いかけて音として口から出る前に止める。


「シュライン、渡したい物がある」


 背後へ回ったアルフォンスが目配せすると、従者が小箱の蓋を開けて彼へ手渡す。

 何かと振り向こうとする「目を瞑って」と囁くように言われ、恥ずかしさで素直に従った。

 首筋に冷たい金属の感触と重みを感じ、次いで結った髪に何かが差し込まれる。


「思った通り、よく似合う。目を開けてごらん」


 満足そうな声が耳元で聞こえ、シュラインは閉じていた目蓋を開いた。


「え、これは」


 目を開いたシュラインの前に立った侍女が持つ鏡には、エメラルドの首飾りと髪飾りを付けた自分が映っていた。


「わたくしに? ありがとうございます」


 アルフォンス自らの手で贈り物を渡してくれたのも、彼の色を身に付けたのも初めてかもしれない。

 彼の瞳の色だと思うと世間体のためだと分かっていても胸が高鳴っていく。


(どうしよう。胸がドキドキする)


「では、行こうか。お手をどうぞ」


 早鐘を打つ心臓の鼓動に気付かれないか、緊張しながらシュラインは差し出された手のひらへ自分の手を重ねた。




 アルフォンスにエスコートされて馬車へ乗り込んだシュラインは久し振りに王宮へ向かった。

 パートナーであるアルフォンスの濃紺色の燕尾服に合わせ、紺色のイブニングドレスを身に纏ったシュラインを見て、華やかなドレス姿の令嬢達は扇で隠した口元で嘲笑う。

 紺色のドレスは、以前のシュラインだったら考えられないシックな装いで、華やかな色合いを好む王妃に合わせたと思われる、招待された令嬢達が着ている色とりどりのドレスに比べて地味だった。

 華やかな色合いは綺麗だが、シュラインの前世だった黒髪黒目の女性の好みには合わない。彼女の記憶が甦ったからなのか、ここ数ヶ月で落ち着いた色合いを好むようになった。


(ドレスのことだけじゃないわね。アルフォンス殿下の妻の座を得たわたくしへの妬み、かしらねぇ。華やかなドレスと装飾が全てじゃないのよ。元々のわたくしは落ち着いた、シンプルな服装が好きだったし、人妻なんだから夫に合わせてもいいじゃない)


 一見地味に見えるドレスだが、側仕えの侍女達総出でカーテンを刺繍した際に余った銀糸とビーズを縫い込み、動きに合わせて煌めくよう工夫を凝らしたドレスだった。


「シュライン、もっと私に掴まりなさい」


 腕にそえるだけだった手のひらを引かれ、しっかりとアルフォンスの腕に手を絡ませると体が密着する。

 互いの体が密着しているため、令嬢達の視線は見えなくなった。


(視線を遮る盾になってくれた? まさか、ね)



 国王と王妃へ挨拶を済ませ、顔見知りの貴族夫婦と談笑を交わしていると、侍従が王太子とアリサの登場を告げる。

 軍服に似た正装姿のヘンリーと、ピンク色のフリルとダイヤモンドで飾り立てられたドレスを着たアリサが登場し、国王夫妻の隣へ座った。


「ヘンリー、婚約おめでとう。運命の相手と結ばれて良かったな。君が手放してくれたお陰で、私は可愛らしく聡明な女性を妻に迎えられた。感謝しているよ」


 祝いの言葉なのか嫌味なのか、どちらか分からない台詞を言うアルフォンスに、隣で聞いていたシュラインはぎょっとしてしまった。

 動揺を顔には出さないよう必死で抑える。


「ヘンリー殿下、アリサ様、ご婚約おめでとうございます」

「あ、ああ、叔父上も、シュラインも」


 戸惑い混じりに言うヘンリーとは違い、射殺さんばかりに睨むアリサの視線をシュラインはさらりと受け流す。


「アルフォンス殿下、ありがとうございます」


(あら、睨んでいたわたくしは無視かしら?)


 シュラインを睨んでいた表情を一変させ、頬を赤らめてアルフォンスを上目遣いで見詰めるアリサの態度は、あからさま過ぎて笑いそうになった。

 腰にそえられたアルフォンスの手の感触が無ければ、吹き出してしまったところだ。




 楽団の演奏が始まり、隙有らば近付こうとする貴族令嬢に囲まれるアルフォンスからシュラインは離れ、そっと会場を抜け出した。

 王太子から婚約を破棄された事は気にしていないけれど、シュラインの粗を探し嘲笑しようとする者達の中に居るのは気疲れする上に、アルフォンス目当てで近寄って来る令嬢達の香水が混じり合い、気分が悪くなったのだ。



「はぁ。疲れた」


 王宮に用意された一室でシュラインは息を吐いた。待機していた部屋付きの侍女に手伝ってもらい、きつく結い上げられた髪を解く。


「こちら、王太后様からの疲労回復効果がある薬湯でございます」

「ありがとう」


 侍女は水差しからグラスへとろみのある薬湯を注ぎ、シュラインの前へ置く。

 少し甘味がある薬湯をゆっくり飲み干したのを確認し、侍女は部屋の外へ下がって行った。


(あれ?)


 部屋の外から微かに聞こえる夜会の音楽を聞きながら、視界が揺れたのを感じてシュラインは目を瞬かせる。

 侍女を呼ぼうとして顔を上げた瞬間、ぐらぐらと視界が揺れて両手で顔を覆った。

 体温も上がり出したのか、体が火照り息苦しさに呼吸も荒くなっていく。

 力が入らない体を何とか動かしベッドまで歩くと、ベッドへ掴まるように上半身を沈めた。



(何かを盛られた? 何故? スティーブ、気が付いて。アルフォンス様、私は此処に)


 荒い呼吸を繰り返し意識を保とうとするシュラインの耳へ、部屋の外から言い争っているような複数の男性の声と、何かが倒れるような音が聞こえた。

 暴漢かもしれない。早く逃げなければと心は焦るのに、体が動いてくれない。



 バンッ!


「シュライン、大丈夫か!」


 勢い良く扉が開き、髪を乱したアルフォンスが部屋へ入ってくる。


「お嬢様っ!」


 血相を変えたスティーブの声も聞こえ、シュラインは緩慢な動きで首を動かし振り向いた。


「アルフォンス、さま」

「何をされた?」


 苦し気な荒い息を吐くシュラインの、涙で潤んだ瞳と上気した頬に気付いたアルフォンスは眉間に皺を寄せる。


「王太后様が、用意してくださった薬湯を飲んだら、急に、体が熱くなってきて」

「これを飲んだのか」


 頷くシュラインを一旦スティーブに任し、アルフォンスはテーブル上に置かれた空のグラスへ鼻を近づけた。グラスの縁を一舐めして、眉間に皺を寄せた。


「チッ、王妃にしてやられたな。これは、王家に伝わる媚薬だ」

「びやく?」


 身動ぎして横へ倒れそうなったシュラインをスティーブの腕が支える。


「政略結婚で嫌がる花嫁をその気にさせるためや、初夜の恐怖を和らげるため使用するらしい。シュラインが飲んだ媚薬は、性交により胎へ子種を注がれなければ中和されずに苦しみ悶えることになる」

「なっ」


 シュラインを支えるスティーブは、動揺のあまり肩を揺らす。


 とんでもないことを言われている気がするのに、靄かかかったようにシュラインの思考が追い付いていかない。


「媚薬? 子、種? なに? では、後処理は、スティーブに頼みます。アルフォンス様は早く、会場へお戻りくだ、ひゃあっ」

「駄目だ」


 眉を吊り上げ険しい表情となったアルフォンスは、スティーブの腕から奪うように荒々しくシュラインを抱き上げた。



次話で短編分が終わります。

アルフォンス視点も入れます。


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